三十一章 カーラ帝国から脱出せよ
決行の知らせはまさに突然だった。
お昼間近になると、なぜか使用人の動きに変化が出始める。
さらに、ふたりにも部屋から出ないよう注意される。
そこにタリアが姿を見せた。
「タリア、ちょうどいいところに。なにがあったの?」
クラウディアが訊ねるが、いつもの様子と違うタリアを見たクラウディアはそれ以上聞けなくなる。
それをいいことに、タリアはせっせと荷造りをはじめだした。
「ちょっとタリア、なにをしているの?」
「見ての通り、荷造りですわ。すぐにここを出ましょう」
「待って、まだやり残したことが……!」
「いいえ、すでに動いております。マリアンヌ様が急死されたとさきほどカーラ二世の耳に入りましたの。報告は、毎日マリアンヌ様を診察されていますお医者様だったそうですわ」
タリアから聞かされる情報はまるだ他人事。
仮死状態にするという案を採用、実行したのはタリア自身のはずである。
「わたくしがするはずがありませんわ。わたくし、信用できる医師に頼んだといいましたでしょう?」
「その医者は本当に信用できるのか?」
ダジュールは医者が手を下したことに疑問視する。
「医者にもいろいろございますのよ。誰だって、枷となるものをお持ちなのでは?」
「つまり、その医者にも偽帝王を裏切るだけの覚悟があったということか」
「はい。まあ、いずれわかってしまうかと思いますので先にお話しておきますが、捕らえられたマリアンヌ様を二十年間お世話してくださっていた方がおりますが、その方は目と耳が不自由です。ようするに、マリアンヌ様がどんな方なのか、どんな声をされているのかがわかりません。捕らえた他国の王妃を閉じこめているなどと、外に知られるわけにはいきませんので。ただし、目と耳が不自由であれば誰でもいいというわけではありませんでした」
「まさか、医者の娘か!」
タリアは意味深な笑みを見せるだけにとどまる。
否定をしないことは肯定しているのと同じこと。
「くそったれが!」
とても一国の王が口にする言葉とは思えない粗末な言葉がダジュールの口からこぼれる。
しかし、それを咎める者はいなかった。
誰もが同じ気持ちになり、そしてその感情をどう言えばいいのか、適切な言葉が見あたらない。
そんな中、ダジュールが吐き捨てるようにいった汚い言葉に同調することで、怒りにも似た感情を共有したのだった。
「でもタリア。マリアンヌ様……えっと、母の存在は知られたくないのよね? でもこの騒ぎって……」
「本当の帝王が脱獄したと知ったからでしょう。あの男は元帝王ということは言わず、凶悪犯が脱獄したと告げていました。顔には面を付け、両足の枷は外せないはずだからついていると風貌の説明をしておりました。その捜索を任せ、本人はマリアンヌ様のご遺体を霊安室に移動する方をやるようです」
「ということは、見つけられたら……」
「はい。凶悪犯なので見つけ次第射殺も許可するとしていました。マリアンヌ様が亡くなられたことで元帝王を生かしておく必要もなくなったのでしょう。となれば、霊安室ではち合わせしてしまう可能性もあります。その前にわたくしは元帝王と接触します。おふたりはその間に港で身を隠していてください。そこに力強い味方が待っていると思いますので」
いつそこまで準備していたのか、港で味方が待っているなど教えてはくれていない。
「ねえタリア。せめて誰が味方なのか教えて」
「クラウディア様ならすぐにおわかりになりますよ? そういうことですのでダジュール王、お願いいたします」
と、まとめた荷物を押しつけた。
ふたり分の荷物が持ち歩けるくらいのカバンにまとめられている。
「すみません、お持ちになったお衣装のほとんどを残していくことになってしまって。でも、クラウディア様、黒ダイヤがきっとおふたりを守ってくださいますので。では、ご武運を」
ざわつく廊下を歩くが、誰もふたりに気をとめる者はいない。
「ここから繋がる道をまっすぐ行ってください。真の王だけが知る港に通じる秘密の抜け道です」
廊下を歩き、中庭にてると、古井戸の蓋をあけ、縄梯子をおろした。
「おふたりが下に下りましたら数回この縄梯子を引っ張ってください。それを合図に切り離します。ここから追っ手が迫ることはないでしょうし、あったとしても下に下りるための縄を用意する時間で時間稼ぎができます」
別れを惜しんでいる時間はない。
「行くぞ、クラウディア。タリアの好意を無駄にしてはならない」
タリアも一緒にと粘るクラウディアの腕を引っ張り、どこにそんな力があったのだろうか、ダジュールは彼女を肩に担いで縄梯子を下りていった。
タリアは彼からの合図を受け、括り付けてあった縄梯子の端を切り、下へと落とす。
さらに古井戸に蓋をしてから、別の隠し通路を使い霊安室へと向かった。
霊安室にはすでに亡骸と対面している囚われていた帝王の姿があった。
「あの男は?」
「余がここにいることにも気づかずに出て行ったよ。マリアンヌの棺に寄り添ってはいたが、置かれた棺の中を見ることもなく、別れを悲しんでいる様子もなかった」
いったいなにがしたかったのか、彼はそう言いたかったのだろう。
お昼間近になると、なぜか使用人の動きに変化が出始める。
さらに、ふたりにも部屋から出ないよう注意される。
そこにタリアが姿を見せた。
「タリア、ちょうどいいところに。なにがあったの?」
クラウディアが訊ねるが、いつもの様子と違うタリアを見たクラウディアはそれ以上聞けなくなる。
それをいいことに、タリアはせっせと荷造りをはじめだした。
「ちょっとタリア、なにをしているの?」
「見ての通り、荷造りですわ。すぐにここを出ましょう」
「待って、まだやり残したことが……!」
「いいえ、すでに動いております。マリアンヌ様が急死されたとさきほどカーラ二世の耳に入りましたの。報告は、毎日マリアンヌ様を診察されていますお医者様だったそうですわ」
タリアから聞かされる情報はまるだ他人事。
仮死状態にするという案を採用、実行したのはタリア自身のはずである。
「わたくしがするはずがありませんわ。わたくし、信用できる医師に頼んだといいましたでしょう?」
「その医者は本当に信用できるのか?」
ダジュールは医者が手を下したことに疑問視する。
「医者にもいろいろございますのよ。誰だって、枷となるものをお持ちなのでは?」
「つまり、その医者にも偽帝王を裏切るだけの覚悟があったということか」
「はい。まあ、いずれわかってしまうかと思いますので先にお話しておきますが、捕らえられたマリアンヌ様を二十年間お世話してくださっていた方がおりますが、その方は目と耳が不自由です。ようするに、マリアンヌ様がどんな方なのか、どんな声をされているのかがわかりません。捕らえた他国の王妃を閉じこめているなどと、外に知られるわけにはいきませんので。ただし、目と耳が不自由であれば誰でもいいというわけではありませんでした」
「まさか、医者の娘か!」
タリアは意味深な笑みを見せるだけにとどまる。
否定をしないことは肯定しているのと同じこと。
「くそったれが!」
とても一国の王が口にする言葉とは思えない粗末な言葉がダジュールの口からこぼれる。
しかし、それを咎める者はいなかった。
誰もが同じ気持ちになり、そしてその感情をどう言えばいいのか、適切な言葉が見あたらない。
そんな中、ダジュールが吐き捨てるようにいった汚い言葉に同調することで、怒りにも似た感情を共有したのだった。
「でもタリア。マリアンヌ様……えっと、母の存在は知られたくないのよね? でもこの騒ぎって……」
「本当の帝王が脱獄したと知ったからでしょう。あの男は元帝王ということは言わず、凶悪犯が脱獄したと告げていました。顔には面を付け、両足の枷は外せないはずだからついていると風貌の説明をしておりました。その捜索を任せ、本人はマリアンヌ様のご遺体を霊安室に移動する方をやるようです」
「ということは、見つけられたら……」
「はい。凶悪犯なので見つけ次第射殺も許可するとしていました。マリアンヌ様が亡くなられたことで元帝王を生かしておく必要もなくなったのでしょう。となれば、霊安室ではち合わせしてしまう可能性もあります。その前にわたくしは元帝王と接触します。おふたりはその間に港で身を隠していてください。そこに力強い味方が待っていると思いますので」
いつそこまで準備していたのか、港で味方が待っているなど教えてはくれていない。
「ねえタリア。せめて誰が味方なのか教えて」
「クラウディア様ならすぐにおわかりになりますよ? そういうことですのでダジュール王、お願いいたします」
と、まとめた荷物を押しつけた。
ふたり分の荷物が持ち歩けるくらいのカバンにまとめられている。
「すみません、お持ちになったお衣装のほとんどを残していくことになってしまって。でも、クラウディア様、黒ダイヤがきっとおふたりを守ってくださいますので。では、ご武運を」
ざわつく廊下を歩くが、誰もふたりに気をとめる者はいない。
「ここから繋がる道をまっすぐ行ってください。真の王だけが知る港に通じる秘密の抜け道です」
廊下を歩き、中庭にてると、古井戸の蓋をあけ、縄梯子をおろした。
「おふたりが下に下りましたら数回この縄梯子を引っ張ってください。それを合図に切り離します。ここから追っ手が迫ることはないでしょうし、あったとしても下に下りるための縄を用意する時間で時間稼ぎができます」
別れを惜しんでいる時間はない。
「行くぞ、クラウディア。タリアの好意を無駄にしてはならない」
タリアも一緒にと粘るクラウディアの腕を引っ張り、どこにそんな力があったのだろうか、ダジュールは彼女を肩に担いで縄梯子を下りていった。
タリアは彼からの合図を受け、括り付けてあった縄梯子の端を切り、下へと落とす。
さらに古井戸に蓋をしてから、別の隠し通路を使い霊安室へと向かった。
霊安室にはすでに亡骸と対面している囚われていた帝王の姿があった。
「あの男は?」
「余がここにいることにも気づかずに出て行ったよ。マリアンヌの棺に寄り添ってはいたが、置かれた棺の中を見ることもなく、別れを悲しんでいる様子もなかった」
いったいなにがしたかったのか、彼はそう言いたかったのだろう。
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