二十九章 隠し通路
陸路をおぼつかない足で歩くより、泳いだ方がいいと男は考えたらしい。
しかし、キズが癒えていないクラウディアにはかなり酷な試練になってしまう。
「クラウディア様は大丈夫ですか?」
「痛み止めが効いているから平気よ。行きましょう。霊安室に出られるなら好都合でょう?」
そういって、先に飛び込んだのはクラウディアだった。
続いて男が、最後にタリアが飛び込み、男が泳ぐあとに従った。
※※※
水の流れはほとんどなかったが、体力がない男が自力で泳ぐことが困難になり、タリアが引っ張る形になる。
そうなるとクラウディアはなにがなんでも自力で泳ぎ切らなくてはならない。
水に浸かることで体力が奪われ、痛み止めの効力が切れかかっているような気さえしながらも、なんとか陸にあがることがてぎた。
そこは霊安室。
ひんやりとしてどこか神聖な場のようにも感じる、とても不思議な空間だった。
いくつか棺が置かれている。
クラウディアは「まさかね」と思ったのだが、
「あら、昔の棺桶はそのままなのね」
さらりとタリアがいう。
つまり、昔はここに歴代の王の棺が安置され、そのままなのだということ。
「そう怖がらなくていい。ただの屍だ。それに、今ではそれをよしとしない風習に変わり、外の墓地に埋葬することになっている」
それは低くよく通る声で、聞いていて聞き心地のよいものだった。
声の主があの男であったことに驚く。
「娘、そう露骨に驚くな。カーラの帝王は怖いか? まあ、あの男にあんなことをされたのだ、恐怖心が勝ってもいたしかたあるまい。だが、余はそなたに危害は加えないと誓える。マリアンヌの子をなぜ余がどうこうできようか」
そうなのだろう? と同意を求める視線をタリアに向ける。
「お初にお目にかかります。ルモンド・カーラ二世帝王、帝王のことはマリアンヌ様からお伺いしておりました。なんどか無線でやりとりをいたしましたが」
「ああ、あの時はマリアンヌが迷惑をかけたな」
「いいえ、とんでもございません。そのおかげで、今回、いろいろ役立ちましたので」
「ああ、さきほどの。タリアという名を聞き、もしやと思ったが」
「お声が発せられるようになったのですね」
「水路を通ったのがよかったのだろうな。乾きがなくなり頭の中もはっきりとしておる。全面的にそなたたちの協力をしよう。なにより、マリアンヌとそちらの……」
「リリシア様です。わけあって、クラウディア様と名乗られております」
「ふむ、承知している。では余もクラウディアと呼ぶことにしよう。そなたは母に会う権利がある」
「そのマリアンヌ様ですが」
「どこに囚われているのかは余にもわからぬ。あの日、抵抗する間もなくあの場所に入れられたっきりでな、監視の者の会話から察することしかできなかった。あの男が彼女を殺すとは考えられぬ」
「はい。囚われ場所はおおむね判明しております。帝王には、あの男も知らない隠し通路を教えていただき、それを使い逃げたいと考えております」
「構わぬ。世継ぎにしか教えるとっておきの通路がある。余は分家の出故、教えてはもらえなかったが」
「……え? 大丈夫なんですか?」
うっかり、思わず思ったことが口から出てしまったクラウディア。
しかしこのクラウディアの何気ない本心がカーラ二世の纏っていた何者も寄せ付けないようなオーラが剥がれていく。
「ふっ、正直な娘だな。そんなところもマリアンヌに似ておる。余が教えてもらえなかったことはほかにもある。本家としての意地があったのだろうな。だが、どこにでも味方はおるものだ。偽りではない、安心せよ。余が自身で確認済みだ」
その返答を聞き、クラウディア以上に胸をなで下ろしたのがタリアだった。
「タリア、それっとわたしより失礼じゃない?」
「あら、わたくしとしたことが」
と三人に笑いがこぼれた。
「なんとどれくらいたろうか、このように笑ったのは。笑うとはよいな。力がわいてくる」
「帝王、もうしばらくのご辛抱を。食料と水、着替えはのちほど」
「いや、構わぬ。だてにあの中で二十年生き延びていたわけではない。策を聞こうか」
タリアは信用ある医者から仮死状態にする薬を手に入れ済みであること。
仮死状態になってもらい、死亡したことにして囚われ場所からでる。
すると死者は一旦、この霊安室に保管されることになっている。
マリアンヌ様の遺体ならば、邪険に扱ったりしないだろうという考えであることを伝えた。
「ふむ、確かにあの男でもマリアンヌのことであればそれなりに丁重に扱うだろう。ここに運ばれた彼女の意識が戻り次第、水路や隠し通路を使い城外にでるのだな」
「はい、左様です」
「それならば、余はここで時を待とう」
「……え? ここで?」
またまた心の声が口から出たクラウディア。
しかし今度はタリアも思っていることを声にする。
「クラウディア様と同じく、賛同しかねます。まずは体力をつけていただき……」
「いや、その心配は無用だ。あの男の知らない隠し通路は幾多もある。それを使えば食料の調達も苦ではない。そなたたちは余の心配より、計画の成功だけを考えなさい」
それだけを言うと、もうなにも聞かないと言う態度のあらわれなのか、この霊安室からクラウディアがいた部屋にいける最短ルートの説明をはじめたのだった。
しかし、キズが癒えていないクラウディアにはかなり酷な試練になってしまう。
「クラウディア様は大丈夫ですか?」
「痛み止めが効いているから平気よ。行きましょう。霊安室に出られるなら好都合でょう?」
そういって、先に飛び込んだのはクラウディアだった。
続いて男が、最後にタリアが飛び込み、男が泳ぐあとに従った。
※※※
水の流れはほとんどなかったが、体力がない男が自力で泳ぐことが困難になり、タリアが引っ張る形になる。
そうなるとクラウディアはなにがなんでも自力で泳ぎ切らなくてはならない。
水に浸かることで体力が奪われ、痛み止めの効力が切れかかっているような気さえしながらも、なんとか陸にあがることがてぎた。
そこは霊安室。
ひんやりとしてどこか神聖な場のようにも感じる、とても不思議な空間だった。
いくつか棺が置かれている。
クラウディアは「まさかね」と思ったのだが、
「あら、昔の棺桶はそのままなのね」
さらりとタリアがいう。
つまり、昔はここに歴代の王の棺が安置され、そのままなのだということ。
「そう怖がらなくていい。ただの屍だ。それに、今ではそれをよしとしない風習に変わり、外の墓地に埋葬することになっている」
それは低くよく通る声で、聞いていて聞き心地のよいものだった。
声の主があの男であったことに驚く。
「娘、そう露骨に驚くな。カーラの帝王は怖いか? まあ、あの男にあんなことをされたのだ、恐怖心が勝ってもいたしかたあるまい。だが、余はそなたに危害は加えないと誓える。マリアンヌの子をなぜ余がどうこうできようか」
そうなのだろう? と同意を求める視線をタリアに向ける。
「お初にお目にかかります。ルモンド・カーラ二世帝王、帝王のことはマリアンヌ様からお伺いしておりました。なんどか無線でやりとりをいたしましたが」
「ああ、あの時はマリアンヌが迷惑をかけたな」
「いいえ、とんでもございません。そのおかげで、今回、いろいろ役立ちましたので」
「ああ、さきほどの。タリアという名を聞き、もしやと思ったが」
「お声が発せられるようになったのですね」
「水路を通ったのがよかったのだろうな。乾きがなくなり頭の中もはっきりとしておる。全面的にそなたたちの協力をしよう。なにより、マリアンヌとそちらの……」
「リリシア様です。わけあって、クラウディア様と名乗られております」
「ふむ、承知している。では余もクラウディアと呼ぶことにしよう。そなたは母に会う権利がある」
「そのマリアンヌ様ですが」
「どこに囚われているのかは余にもわからぬ。あの日、抵抗する間もなくあの場所に入れられたっきりでな、監視の者の会話から察することしかできなかった。あの男が彼女を殺すとは考えられぬ」
「はい。囚われ場所はおおむね判明しております。帝王には、あの男も知らない隠し通路を教えていただき、それを使い逃げたいと考えております」
「構わぬ。世継ぎにしか教えるとっておきの通路がある。余は分家の出故、教えてはもらえなかったが」
「……え? 大丈夫なんですか?」
うっかり、思わず思ったことが口から出てしまったクラウディア。
しかしこのクラウディアの何気ない本心がカーラ二世の纏っていた何者も寄せ付けないようなオーラが剥がれていく。
「ふっ、正直な娘だな。そんなところもマリアンヌに似ておる。余が教えてもらえなかったことはほかにもある。本家としての意地があったのだろうな。だが、どこにでも味方はおるものだ。偽りではない、安心せよ。余が自身で確認済みだ」
その返答を聞き、クラウディア以上に胸をなで下ろしたのがタリアだった。
「タリア、それっとわたしより失礼じゃない?」
「あら、わたくしとしたことが」
と三人に笑いがこぼれた。
「なんとどれくらいたろうか、このように笑ったのは。笑うとはよいな。力がわいてくる」
「帝王、もうしばらくのご辛抱を。食料と水、着替えはのちほど」
「いや、構わぬ。だてにあの中で二十年生き延びていたわけではない。策を聞こうか」
タリアは信用ある医者から仮死状態にする薬を手に入れ済みであること。
仮死状態になってもらい、死亡したことにして囚われ場所からでる。
すると死者は一旦、この霊安室に保管されることになっている。
マリアンヌ様の遺体ならば、邪険に扱ったりしないだろうという考えであることを伝えた。
「ふむ、確かにあの男でもマリアンヌのことであればそれなりに丁重に扱うだろう。ここに運ばれた彼女の意識が戻り次第、水路や隠し通路を使い城外にでるのだな」
「はい、左様です」
「それならば、余はここで時を待とう」
「……え? ここで?」
またまた心の声が口から出たクラウディア。
しかし今度はタリアも思っていることを声にする。
「クラウディア様と同じく、賛同しかねます。まずは体力をつけていただき……」
「いや、その心配は無用だ。あの男の知らない隠し通路は幾多もある。それを使えば食料の調達も苦ではない。そなたたちは余の心配より、計画の成功だけを考えなさい」
それだけを言うと、もうなにも聞かないと言う態度のあらわれなのか、この霊安室からクラウディアがいた部屋にいける最短ルートの説明をはじめたのだった。
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