その六 カン十郎が描いた登り龍の場合
錦えもんら侍達による討ち入りの計画のさ中、トラファルガー・ローは自分の仲間の身代わりに牢屋敷に捕らえられていた。今は激しい尋問によってたくさんの傷を負い、牢獄の中で床にぐったりと座りこんでいる。
そんな時、廊下の辺りから何かが近づいてくる気配があった。ローは目を開いた。
「…?」
ローが気配のする方を伺っていると、何かがのっそりと姿を現した。
「お前は…」
ピンク色の長い胴体に、ちょっと間が抜けたタラコ唇と豚のような鼻。つぶらな瞳。長細い風船で出来ているような角とひげ。それはゾウに上陸する時にカン十郎が描いた登り龍だった。
(こいつは象の足を登った後、絵に戻ったはずだ…。とっくに消えちまってるかと思ってたぜ…)
登り龍は大きかった。長い廊下を身を縮めながら這ってきた龍は、ローが閉じこめられている独房の前で止まって中を覗き込むと、か細い声で鳴いた。
「りゅー…」龍は人懐こそうに笑った。
「お前…、ここに何しに来たんだ?」
(こいつはただの絵のはずだが…。絵のくせに、与えられた使命をやり遂げる以外にも、自分の意思で何かをしようとしているのか?そもそも、ゾウからどうやってここに来たんだ?飛ぶのはあまり得意でなさそうだったが…)
「…りゅー」
登り龍はただ笑っているだけだった。敵意がないことと、自分に興味を持っていることは分かるが、それ以上何をする訳でもなくただ笑ってそこにいるだけなので、登り龍がここに来た理由や目的はいっこうに分からない。もしかしたら、通りかかっただけなのかもしれない。
(こいつを使わねえ手はねえが、果たして意思の疎通が可能なのか…)
「おい」
ローは登り龍によく見えるように、両手を前に付き出した。その両手には、海楼石でできた手枷がはめられていた。
「この手枷を噛み砕けるか?」
登り龍はちょっと困ったような顔をしたが、まずローが閉じ込められている牢屋の木製の檻をガジガジと齧り始めた。
確かに、まず檻を壊さないと檻の中にいるローの手枷を齧ることもできないから、登り龍がしていることは間違ってはいない。
しかし、登り龍がどんなに一生懸命齧っても、檻はいっこうに壊れる様子がなかった。木製の檻でさえも噛み砕けないなら、海楼石でできた手枷など噛み砕ける訳がない。
「パワー不足か…」ローはため息をついた。
「りゅー…」
登り龍は申し訳なさそうに小さく鳴いた。
「気にするな。じゃあ、これの鍵を探し出して盗んでくることはできるか?」
登り龍の顔がぱっと明るく輝いた。龍は低い位置でふわりと浮かび上り、長い体をするりと滑らせるようにして廊下を通り抜けていった。
(一応飛べるんだな)
飛んでいる時は音もしない。だからここまで誰にも見つからずに入ってこられたのかもしれない。
しかし、サイズ的に廊下でUターンができるのかはちょっと気になる。
ローは登り龍が帰って来るのを待った。
「りゅー…」
登り龍はローが予想していたよりも早く戻ってきた。なんと手に鍵を持っている。
「でかしたぞ!登り龍!」
「りゅー…(にこっ)」
ローは立ち上がって檻のそばに行こうとしたが、手枷の鎖が短くて、それ以上前に進むことはできなかった。
「鍵をこっちに投げてくれ」
ローが頼むと、登り龍は手に持っていた鍵をポイとローのほうに向かって投げた。
しかし、鍵は檻に当たってはねかえり、カランと廊下の床に落ちた。
「り、りゅーーー…」
「…」
登り龍は眉をつり上げた。そして鍵を拾い上げて、もう一度牢の中に向かって放り投げた。
カラン
しかし、鍵はまたも檻に当たって床に落ちた。
登り龍の手は肩の辺りに付いていて、しかも短い。そして頭部が大きいので、檻に正面を向いた状態で鍵を放ると、どうしても距離があるのだ。
「りゅーーっ!(怒)」
「ま、待てっ。そこからだと何回投げても無駄だ。もっと檻に近いところから投げろ」
登り龍は必死で鍵を持った手を伸ばした。
「ぜい…ぜい……」
しかし、頭が大きいし手は短いしで、どうしても檻の近くまで手が届かない。
「体を檻に対して横に向けるんだ」
「りゅ?」
ローは登り龍の体を檻に対して横の方向に向かせようとした。そうすれば、檻のすぐそばから鍵を投げることができる。
ローは言葉で登り龍にどう動けばいいかを指示したが、それは龍にとって簡単なことではなかった。野生の動物等は目標物に真正面に向かい合うものだから、横向きになれないのはしょうがないことなのかもしれない。
長い時間をかけて、やっと登り龍は体の左側を檻につけた。
しかし、鍵を持っているのは右手だった。
「…。しまった…」
「りゅー………」
「右手に持ってる鍵を、左手に持ち替えろ」
ローは登り龍に向かって指示を出したが…。
「??」
(…無理か)
この指示は、登り龍には難しかったらしい。
その時、登り龍は鍵を口にくわえた。
(ん?! )
そして、檻の中にぷっと吹き出すようにして鍵を落とした。
「お前…、良くやった!!」
「りゅー…」
ローは鍵を拾い、顔を上げて登り龍を見た。満足そうに笑っていた登り龍の姿が、ぼんやりとかすみ始めていた。
「…絵に戻るのか」
きっと使命を果たして満足したのだろう。絵に戻っていく登り龍の表情は安らかだった。
ローはその様子を最後まで見届けた。
「茶番だなんて言って悪かったな…」
ローは牢屋敷を後にした。
その廊下には、誰が描いたか分からない登り龍の下手な絵が残った。
そんな時、廊下の辺りから何かが近づいてくる気配があった。ローは目を開いた。
「…?」
ローが気配のする方を伺っていると、何かがのっそりと姿を現した。
「お前は…」
ピンク色の長い胴体に、ちょっと間が抜けたタラコ唇と豚のような鼻。つぶらな瞳。長細い風船で出来ているような角とひげ。それはゾウに上陸する時にカン十郎が描いた登り龍だった。
(こいつは象の足を登った後、絵に戻ったはずだ…。とっくに消えちまってるかと思ってたぜ…)
登り龍は大きかった。長い廊下を身を縮めながら這ってきた龍は、ローが閉じこめられている独房の前で止まって中を覗き込むと、か細い声で鳴いた。
「りゅー…」龍は人懐こそうに笑った。
「お前…、ここに何しに来たんだ?」
(こいつはただの絵のはずだが…。絵のくせに、与えられた使命をやり遂げる以外にも、自分の意思で何かをしようとしているのか?そもそも、ゾウからどうやってここに来たんだ?飛ぶのはあまり得意でなさそうだったが…)
「…りゅー」
登り龍はただ笑っているだけだった。敵意がないことと、自分に興味を持っていることは分かるが、それ以上何をする訳でもなくただ笑ってそこにいるだけなので、登り龍がここに来た理由や目的はいっこうに分からない。もしかしたら、通りかかっただけなのかもしれない。
(こいつを使わねえ手はねえが、果たして意思の疎通が可能なのか…)
「おい」
ローは登り龍によく見えるように、両手を前に付き出した。その両手には、海楼石でできた手枷がはめられていた。
「この手枷を噛み砕けるか?」
登り龍はちょっと困ったような顔をしたが、まずローが閉じ込められている牢屋の木製の檻をガジガジと齧り始めた。
確かに、まず檻を壊さないと檻の中にいるローの手枷を齧ることもできないから、登り龍がしていることは間違ってはいない。
しかし、登り龍がどんなに一生懸命齧っても、檻はいっこうに壊れる様子がなかった。木製の檻でさえも噛み砕けないなら、海楼石でできた手枷など噛み砕ける訳がない。
「パワー不足か…」ローはため息をついた。
「りゅー…」
登り龍は申し訳なさそうに小さく鳴いた。
「気にするな。じゃあ、これの鍵を探し出して盗んでくることはできるか?」
登り龍の顔がぱっと明るく輝いた。龍は低い位置でふわりと浮かび上り、長い体をするりと滑らせるようにして廊下を通り抜けていった。
(一応飛べるんだな)
飛んでいる時は音もしない。だからここまで誰にも見つからずに入ってこられたのかもしれない。
しかし、サイズ的に廊下でUターンができるのかはちょっと気になる。
ローは登り龍が帰って来るのを待った。
「りゅー…」
登り龍はローが予想していたよりも早く戻ってきた。なんと手に鍵を持っている。
「でかしたぞ!登り龍!」
「りゅー…(にこっ)」
ローは立ち上がって檻のそばに行こうとしたが、手枷の鎖が短くて、それ以上前に進むことはできなかった。
「鍵をこっちに投げてくれ」
ローが頼むと、登り龍は手に持っていた鍵をポイとローのほうに向かって投げた。
しかし、鍵は檻に当たってはねかえり、カランと廊下の床に落ちた。
「り、りゅーーー…」
「…」
登り龍は眉をつり上げた。そして鍵を拾い上げて、もう一度牢の中に向かって放り投げた。
カラン
しかし、鍵はまたも檻に当たって床に落ちた。
登り龍の手は肩の辺りに付いていて、しかも短い。そして頭部が大きいので、檻に正面を向いた状態で鍵を放ると、どうしても距離があるのだ。
「りゅーーっ!(怒)」
「ま、待てっ。そこからだと何回投げても無駄だ。もっと檻に近いところから投げろ」
登り龍は必死で鍵を持った手を伸ばした。
「ぜい…ぜい……」
しかし、頭が大きいし手は短いしで、どうしても檻の近くまで手が届かない。
「体を檻に対して横に向けるんだ」
「りゅ?」
ローは登り龍の体を檻に対して横の方向に向かせようとした。そうすれば、檻のすぐそばから鍵を投げることができる。
ローは言葉で登り龍にどう動けばいいかを指示したが、それは龍にとって簡単なことではなかった。野生の動物等は目標物に真正面に向かい合うものだから、横向きになれないのはしょうがないことなのかもしれない。
長い時間をかけて、やっと登り龍は体の左側を檻につけた。
しかし、鍵を持っているのは右手だった。
「…。しまった…」
「りゅー………」
「右手に持ってる鍵を、左手に持ち替えろ」
ローは登り龍に向かって指示を出したが…。
「??」
(…無理か)
この指示は、登り龍には難しかったらしい。
その時、登り龍は鍵を口にくわえた。
(ん?! )
そして、檻の中にぷっと吹き出すようにして鍵を落とした。
「お前…、良くやった!!」
「りゅー…」
ローは鍵を拾い、顔を上げて登り龍を見た。満足そうに笑っていた登り龍の姿が、ぼんやりとかすみ始めていた。
「…絵に戻るのか」
きっと使命を果たして満足したのだろう。絵に戻っていく登り龍の表情は安らかだった。
ローはその様子を最後まで見届けた。
「茶番だなんて言って悪かったな…」
ローは牢屋敷を後にした。
その廊下には、誰が描いたか分からない登り龍の下手な絵が残った。
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