第26話
「姉妹? カヤ様には姉妹などいらっしゃらないはずでしょう?」
「アンネローゼ、ヒルデ、シャルロット。……それに王妃はどこです!」
「アンネローゼとヒルデ、王妃は死にました」
ヌイは視線を通路に走らせた。
カヤはその通路を駆け出した。
途中に王国の兵士たちの死体が散乱している。盾を構えて、何かを守ろうとした姿で……。
まだ血も新しい。どこかに隠れてチャンスを窺っていたのだろう。
兵士が現れたのは間違いなくアンネローゼたちを守るためだ。
小さめの広間に出た。
そこにいたのは十人ほどのスーラ族と、アンネローゼとヒルデとシャルロットと王国の兵士たちだった。
アンネローゼは脇腹を押さえて血の出血を抑えようとしているらしいが、血は流れ続けていた。おそらく《風(ヴィント)》によって脇腹の肉をごっそりと奪われたのだろう。立っているのが信じられないほどの深い傷だ。
アンネローゼはフードを外して片手で剣を持っている。
ヒルデは倒れていた。
そのヒルデにシャルロットが抱きついていた。
ヒルデの首から大量の血が流れていた。即死だ。
死んでいるヒルデに抱きついたシャルロットが「ヒルデ! ヒルデ!」と叫んでいる。いつものようにお姉様と呼ばず錯乱して泣き叫んでいた。
王国の兵士たちの数は想像よりもずっと多い。王女となったばかりのカヤにはまだ知らされていなかった隠し部屋や隠し通路でもあったのだろう。
「加勢に来て頂けたのですか、カヤ様」
他のスーラ族よりも威圧感のあるスーラ族が穏やかな声でカヤに言った。おそらく族長のヌイとともに先頭を歩いていたスーラ族だろう。
その声は穏やかで丁寧な言葉遣いだったが、このときになって初めてスーラ族のカヤに対する憎悪の深さを思い知った。尊敬すべきカーでありながら、エーヴィヒの王族になったカヤに複雑な憎悪を抱いていたのだ。考えてみればヴァールの不可解な行動もそれで納得がいく。
スーラ族が話したのは王国の言語だった。
シャルロットにだってわかる言葉。むろん、アンネローゼも王国の兵士たちも知っている。アンネローゼはカヤを見て、多少安心したようだったが、対峙しているスーラ族が親しげにカヤに声をかけたのを見て愕然とした。
シャルロットはヒルデを揺り動かすのをやめてカヤを凝視した。そのショックは計り知れない。
「ち、ちがいます!」
カヤは叫んだ。
アンネローゼはゆっくりと片膝をついた。もしかしたらカヤが加勢に来てくれるまでと思って、持ちこたえていたのかもしれない。
そのアンネローゼの瞳は憎悪一色だった。その瞳はまっすぐにカヤに向けられている。
何か言おうと口を開いたアンネローゼは泡の混じった血を吐き出した。「どうして」と言ったように思えた。そのままゆっくりと倒れた。
剣は最後まで手放さなかった。
シャルロットが今度は「アンネローゼ! アンネローゼ!」と叫んで、アンネローゼに駆け寄った。揺り動かす。もうアンネローゼは動くことはなかった。
カヤはアンネローゼとシャルロットに駆け寄ろうとした。
が、立ち止まった。
視線を上げたシャルロットの目は、カヤの知るシャルロットの目ではない。アンネローゼそっくりの――カヤを敵視し、流浪の民を侮蔑していたアンネローゼにそっくりの目だった。
その目のままで、シャルロットは虚ろな声でつぶやいた。
「死んだの。お姉様はみんな。……お母様も。お父様も。家族はみんな、みんな……」
ローレンツ二世もエディタ王妃も、アンネローゼもヒルデも、死んだ。
けど、シャルロットの義理の姉であるカヤはまだ生きていた。
「シャル……」王妃のようにシャルロットを愛称で呼んだ。「私はまだ生きてる。あなたの姉である私は……」
「だったら――殺して!」
シャルロットの口から出たとは思えない言葉。
「だったら殺してよ! こいつら、みんなみんな!」
シャルロットはスーラ族を指差して叫んだ。
カヤは力なくスーラ族を見つめた。
スーラ族はシャルロットの絶叫もカヤの戸惑いにも無頓着だった。
ただ《風(ヴィント)》を放った。
十人ほどのスーラ族の放つ《風(ヴィント)》。
数え切れないほどの無色透明の刃。
もしこれがカヤを狙ったものだったら、今の腑抜けていたカヤは抵抗もできずに殺されていただろう。
けど、スーラ族たちが狙ったのは、立ち尽くしているエーヴィヒ王国の兵士たちだった。
兵士たちはまるで立ち木に斧を入れたかのように、傷を負い、次々に倒れていった。
シャルロットの絶叫がこだまする。
兵士たちが果敢にも攻め込もうとする靴音がする。
が、大多数の兵士たちはシャルロットを守るために身を挺して、剣をスーラ族に振りかざすこともできずに倒れていった。
数に勝る兵士たちは敗北した。
カヤはやっとスーラ族たちがアンネローゼやヒルデを殺したのに、シャルロットを生かしていた訳に気づいた。
「アンネローゼ、ヒルデ、シャルロット。……それに王妃はどこです!」
「アンネローゼとヒルデ、王妃は死にました」
ヌイは視線を通路に走らせた。
カヤはその通路を駆け出した。
途中に王国の兵士たちの死体が散乱している。盾を構えて、何かを守ろうとした姿で……。
まだ血も新しい。どこかに隠れてチャンスを窺っていたのだろう。
兵士が現れたのは間違いなくアンネローゼたちを守るためだ。
小さめの広間に出た。
そこにいたのは十人ほどのスーラ族と、アンネローゼとヒルデとシャルロットと王国の兵士たちだった。
アンネローゼは脇腹を押さえて血の出血を抑えようとしているらしいが、血は流れ続けていた。おそらく《風(ヴィント)》によって脇腹の肉をごっそりと奪われたのだろう。立っているのが信じられないほどの深い傷だ。
アンネローゼはフードを外して片手で剣を持っている。
ヒルデは倒れていた。
そのヒルデにシャルロットが抱きついていた。
ヒルデの首から大量の血が流れていた。即死だ。
死んでいるヒルデに抱きついたシャルロットが「ヒルデ! ヒルデ!」と叫んでいる。いつものようにお姉様と呼ばず錯乱して泣き叫んでいた。
王国の兵士たちの数は想像よりもずっと多い。王女となったばかりのカヤにはまだ知らされていなかった隠し部屋や隠し通路でもあったのだろう。
「加勢に来て頂けたのですか、カヤ様」
他のスーラ族よりも威圧感のあるスーラ族が穏やかな声でカヤに言った。おそらく族長のヌイとともに先頭を歩いていたスーラ族だろう。
その声は穏やかで丁寧な言葉遣いだったが、このときになって初めてスーラ族のカヤに対する憎悪の深さを思い知った。尊敬すべきカーでありながら、エーヴィヒの王族になったカヤに複雑な憎悪を抱いていたのだ。考えてみればヴァールの不可解な行動もそれで納得がいく。
スーラ族が話したのは王国の言語だった。
シャルロットにだってわかる言葉。むろん、アンネローゼも王国の兵士たちも知っている。アンネローゼはカヤを見て、多少安心したようだったが、対峙しているスーラ族が親しげにカヤに声をかけたのを見て愕然とした。
シャルロットはヒルデを揺り動かすのをやめてカヤを凝視した。そのショックは計り知れない。
「ち、ちがいます!」
カヤは叫んだ。
アンネローゼはゆっくりと片膝をついた。もしかしたらカヤが加勢に来てくれるまでと思って、持ちこたえていたのかもしれない。
そのアンネローゼの瞳は憎悪一色だった。その瞳はまっすぐにカヤに向けられている。
何か言おうと口を開いたアンネローゼは泡の混じった血を吐き出した。「どうして」と言ったように思えた。そのままゆっくりと倒れた。
剣は最後まで手放さなかった。
シャルロットが今度は「アンネローゼ! アンネローゼ!」と叫んで、アンネローゼに駆け寄った。揺り動かす。もうアンネローゼは動くことはなかった。
カヤはアンネローゼとシャルロットに駆け寄ろうとした。
が、立ち止まった。
視線を上げたシャルロットの目は、カヤの知るシャルロットの目ではない。アンネローゼそっくりの――カヤを敵視し、流浪の民を侮蔑していたアンネローゼにそっくりの目だった。
その目のままで、シャルロットは虚ろな声でつぶやいた。
「死んだの。お姉様はみんな。……お母様も。お父様も。家族はみんな、みんな……」
ローレンツ二世もエディタ王妃も、アンネローゼもヒルデも、死んだ。
けど、シャルロットの義理の姉であるカヤはまだ生きていた。
「シャル……」王妃のようにシャルロットを愛称で呼んだ。「私はまだ生きてる。あなたの姉である私は……」
「だったら――殺して!」
シャルロットの口から出たとは思えない言葉。
「だったら殺してよ! こいつら、みんなみんな!」
シャルロットはスーラ族を指差して叫んだ。
カヤは力なくスーラ族を見つめた。
スーラ族はシャルロットの絶叫もカヤの戸惑いにも無頓着だった。
ただ《風(ヴィント)》を放った。
十人ほどのスーラ族の放つ《風(ヴィント)》。
数え切れないほどの無色透明の刃。
もしこれがカヤを狙ったものだったら、今の腑抜けていたカヤは抵抗もできずに殺されていただろう。
けど、スーラ族たちが狙ったのは、立ち尽くしているエーヴィヒ王国の兵士たちだった。
兵士たちはまるで立ち木に斧を入れたかのように、傷を負い、次々に倒れていった。
シャルロットの絶叫がこだまする。
兵士たちが果敢にも攻め込もうとする靴音がする。
が、大多数の兵士たちはシャルロットを守るために身を挺して、剣をスーラ族に振りかざすこともできずに倒れていった。
数に勝る兵士たちは敗北した。
カヤはやっとスーラ族たちがアンネローゼやヒルデを殺したのに、シャルロットを生かしていた訳に気づいた。
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