僕は好きだとは言ってない
祈りは天に通じて、物事は良い方向へと転がっていくハズだった。
「よっ」
赤提灯が、懐かしい飲み屋に連れてこられた俺は、相変わらず飄々としている結城の顔を睨み付ける。
「なに?老けた?お互い様っしょ?」
ケタケタ笑う笑い方は、昔のままだ。逃げおおせると思っていた、数分前の自分にいってやりたい。徹夜しろ。宵の口ぐらいじゃ、あきらめないバカが、職場に張り込んでるぞ。逃げるなら徹底的にやりきるんだ、いけ。深夜残業ドンとこい、逃げるんだ。脳内で、過去の自分にいくら、エールを送っても、残念だが変わらない。マズイ安酒が、テーブルにあるだけだ。
「で」
口に出してみたけれど、なかなか思いは、形にならないものだ。特に、あのハガキを追及されるのはばつが悪いし、気がのらない。
あぁと、古典的に手を叩く。結婚報告のハガキについて、結城は知ってか知らずか、あまり気にしてない素振りを見せながらニヤニヤと顔を近づけてくる。
「電話の話?お前のことだから面倒だとか言い出すんだろ?」
よく、わかってらっしゃる。
「でもさ、やっぱ。俺ら全員集まれるのってこんなときぐらいじゃん?なんだよ。どうせ、また女みたいだ、とか言いたいんだろ」
言わなくてもわかるよと、したり顔の友人が憎らしい。図らずとも遠からず。その通りだ。結城の言うことは、微妙に違うが、ヤツには関係のないことだ。
「アイツは……」
元気でやっているのか?思わず言葉を飲み込んでしまった。不意に、口に出して良かったものかどうか、思い出せない。あの頃の淡い記憶が胸をざわつかせる。
アイツこと直樹は、大学生のときに知り合った。当時は、同じ学部同じ専攻科目を選択している気の合う仲間のひとりだったと思う。話しかける前は、おな高出身の結城とツルんでいるところを、よく見かけたものだ。たぶん、そのことが、話しかけるきっかけになったのだろう。他愛もない内容だったためか、話しかけたときのことは全く覚えてない。ただ、話しかけたとき、弾けるような笑顔を向けられたことだけが記憶に残っていた。
結城と堀。それから俺と直樹で遊ぶようになったのもこのころからだ。いつの間にか結城とツルんでいた直樹が、俺と一緒に過ごすことが増えた。立ち位置を考えると、気が合う友人というやつだろうか。遊びまくった2年生の前期、夏休み前の浮かれた気分が懐かしい。3年にもなると内々定をもらって悠々自適なヤツらも出てくるし、インターンだっていそがしくなるころだ。俺には全く縁のない優秀なヤツらのことなのだろうなとは思ってはいたが……。みごとに、3年になれたものの、バイトと大学のみで手一杯。就活なんて余裕は、考えられなかった。
「そういや、アイツらどうしてるんだろ」
アイツらと、言いながら頭にはひとりしか思い浮かばない。学科や専攻が違うと広い校内で会うことはほとんどなくなった。それでも、仲の良い友だちのひとり。そう、自分に言い聞かせていた。いや、思い込んでいたのかもしれない。きっと、人恋しくなっただけに違いない。
半月以上、連絡を取り合っていなかったからか、変に意識するようになった。走ってもないのにインターバルをしたあとみたいに、苦しくなる。なんだろうか、上手いこと会話がつづかない。今までどうしてたのか全く思い出せなくなっていた。チラリとみえる、日焼けのあとがやけに艶かしくて気になる。直樹の日焼けのあとが気になるだなんて、自分じゃないみたいで、ソワソワして落ち着かない。身体中がソワソワした症状に急き立てられるように、たまらなくなってしまう。まるで、酸素がない空間に放り出されたような、息苦しさと胸の雑音。でも、キライじゃない。不思議だ。せっかく、話しかけてくれているのに、やけに口が重たくて上手く動かない。
「元気だった?」
ようやくでてきた言葉はあまりにも陳腐で、白々しくて空しかった。あー、それな。聞きたいのはそこじゃない。なんというか、そうじゃないんだ。気持ち的には焦っているものの、いいようもない恥ずかしさともどかしさで、そっけない態度をとってしまった。
「ほんと、久しぶりだよね。そっちは?うまくいってんの?」
ぎこちない俺に気が付いたのかさりげなく、話題をかえてくるあたり、さすがだと言わざるをえない。自分にはない、直樹のコミュ力の高さを感じる。
「なんだよ。お前も知ってたのか。ボチボチだよ。これから、また忙しくなるだろうな」
遠い未来の就活よりも、身近な生活費や単位。先が見据えてなくて、我ながら情けない。
「まぁ、充実してるって、いえなくもないだろ?羨ましいぐらいだよ」
羨ましい?なんだかバカにされているようで、腹立しい。悪いのは、要領の悪い自分。わかりきっているはずだ。
「だな」
忙しさのあまり、立ち話も惜しいくらいだ。答えながらも、少し気分が軽い。ただ、こいつとはなしているだけなのに。
「なぁ、直樹」
ちょっと息抜きにと誘おうとして、振り返るとそこにはもう、直樹はいなかった。
【続く】
「よっ」
赤提灯が、懐かしい飲み屋に連れてこられた俺は、相変わらず飄々としている結城の顔を睨み付ける。
「なに?老けた?お互い様っしょ?」
ケタケタ笑う笑い方は、昔のままだ。逃げおおせると思っていた、数分前の自分にいってやりたい。徹夜しろ。宵の口ぐらいじゃ、あきらめないバカが、職場に張り込んでるぞ。逃げるなら徹底的にやりきるんだ、いけ。深夜残業ドンとこい、逃げるんだ。脳内で、過去の自分にいくら、エールを送っても、残念だが変わらない。マズイ安酒が、テーブルにあるだけだ。
「で」
口に出してみたけれど、なかなか思いは、形にならないものだ。特に、あのハガキを追及されるのはばつが悪いし、気がのらない。
あぁと、古典的に手を叩く。結婚報告のハガキについて、結城は知ってか知らずか、あまり気にしてない素振りを見せながらニヤニヤと顔を近づけてくる。
「電話の話?お前のことだから面倒だとか言い出すんだろ?」
よく、わかってらっしゃる。
「でもさ、やっぱ。俺ら全員集まれるのってこんなときぐらいじゃん?なんだよ。どうせ、また女みたいだ、とか言いたいんだろ」
言わなくてもわかるよと、したり顔の友人が憎らしい。図らずとも遠からず。その通りだ。結城の言うことは、微妙に違うが、ヤツには関係のないことだ。
「アイツは……」
元気でやっているのか?思わず言葉を飲み込んでしまった。不意に、口に出して良かったものかどうか、思い出せない。あの頃の淡い記憶が胸をざわつかせる。
アイツこと直樹は、大学生のときに知り合った。当時は、同じ学部同じ専攻科目を選択している気の合う仲間のひとりだったと思う。話しかける前は、おな高出身の結城とツルんでいるところを、よく見かけたものだ。たぶん、そのことが、話しかけるきっかけになったのだろう。他愛もない内容だったためか、話しかけたときのことは全く覚えてない。ただ、話しかけたとき、弾けるような笑顔を向けられたことだけが記憶に残っていた。
結城と堀。それから俺と直樹で遊ぶようになったのもこのころからだ。いつの間にか結城とツルんでいた直樹が、俺と一緒に過ごすことが増えた。立ち位置を考えると、気が合う友人というやつだろうか。遊びまくった2年生の前期、夏休み前の浮かれた気分が懐かしい。3年にもなると内々定をもらって悠々自適なヤツらも出てくるし、インターンだっていそがしくなるころだ。俺には全く縁のない優秀なヤツらのことなのだろうなとは思ってはいたが……。みごとに、3年になれたものの、バイトと大学のみで手一杯。就活なんて余裕は、考えられなかった。
「そういや、アイツらどうしてるんだろ」
アイツらと、言いながら頭にはひとりしか思い浮かばない。学科や専攻が違うと広い校内で会うことはほとんどなくなった。それでも、仲の良い友だちのひとり。そう、自分に言い聞かせていた。いや、思い込んでいたのかもしれない。きっと、人恋しくなっただけに違いない。
半月以上、連絡を取り合っていなかったからか、変に意識するようになった。走ってもないのにインターバルをしたあとみたいに、苦しくなる。なんだろうか、上手いこと会話がつづかない。今までどうしてたのか全く思い出せなくなっていた。チラリとみえる、日焼けのあとがやけに艶かしくて気になる。直樹の日焼けのあとが気になるだなんて、自分じゃないみたいで、ソワソワして落ち着かない。身体中がソワソワした症状に急き立てられるように、たまらなくなってしまう。まるで、酸素がない空間に放り出されたような、息苦しさと胸の雑音。でも、キライじゃない。不思議だ。せっかく、話しかけてくれているのに、やけに口が重たくて上手く動かない。
「元気だった?」
ようやくでてきた言葉はあまりにも陳腐で、白々しくて空しかった。あー、それな。聞きたいのはそこじゃない。なんというか、そうじゃないんだ。気持ち的には焦っているものの、いいようもない恥ずかしさともどかしさで、そっけない態度をとってしまった。
「ほんと、久しぶりだよね。そっちは?うまくいってんの?」
ぎこちない俺に気が付いたのかさりげなく、話題をかえてくるあたり、さすがだと言わざるをえない。自分にはない、直樹のコミュ力の高さを感じる。
「なんだよ。お前も知ってたのか。ボチボチだよ。これから、また忙しくなるだろうな」
遠い未来の就活よりも、身近な生活費や単位。先が見据えてなくて、我ながら情けない。
「まぁ、充実してるって、いえなくもないだろ?羨ましいぐらいだよ」
羨ましい?なんだかバカにされているようで、腹立しい。悪いのは、要領の悪い自分。わかりきっているはずだ。
「だな」
忙しさのあまり、立ち話も惜しいくらいだ。答えながらも、少し気分が軽い。ただ、こいつとはなしているだけなのに。
「なぁ、直樹」
ちょっと息抜きにと誘おうとして、振り返るとそこにはもう、直樹はいなかった。
【続く】
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