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恋って、多分こんな感じ。

原作: その他 (原作:アイドルマスターSideM) 作者: 和久井
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大人の階段、第一歩。

気がつけば、窓の外は夕焼けに包まれていた。
今日一日で道夫や次郎、雨彦という大人三人からアドバイスを受けられた事に龍はとても満足していた。

「よし!」

両手をぎゅっと握りしめ、龍は小さくガッツポーズをする。
レコーディングまで日にちはないけれど、自分なりに大人というものに向き合えた気がする。
小さいけれど確実に、大人の一歩を踏み出せたと思っていた。

「他に大人と言えば……。 あ!」

事務所で一人、龍はパチンと小さく手を叩く。
今度はDRAMATIC STARSの誰かに教えを乞いてみよう。
あの誰もが憧れる決め台詞を今の自分が言えば……。
龍の心は逸り始めていた。

目を閉じ、背筋を伸ばす。
次に右腕を持ち上げて、指で顎のラインをなぞる。
掌に乗った花びらを優しく飛ばすように、ふっと息を吹きかける。
花びらが舞うのを見守るように視線を送る。

そのまま腕を伸ばし――。

「おいで」

龍の声が短く響き、壁に吸い込まれた。
想像よりも低い声が耳に入って、不思議と心地が良かった。
ポーズも決まっている気がする。
まだ自分の物に出来ているという感覚はなかったが、もっと自主練を続ければ洗礼されたポーズになりそうだ。
これと同じような心持ちでいけば、きっと新曲もかっこよく歌いこなせるだろう。

そう思った瞬間だった。

「りゅうくん、ぜんぜんかわいくない!」

玄関から子どもの声がした。
事務所で聞ける子どもの声には数人しか聞き覚えがない。
驚いて声の方を見ると、片腕でうさぎのぬいぐるみを抱きしめ、もう片方の手は龍を指差す姫野かのんが居た。

「へ?」

思わず素っ頓狂な声が出た。
ドラスタの真似を見られたことはもう忘れていた。

「りゅうくん、どうしたの? イメチェンしちゃうの?」

パタパタとかのんが龍の元へ早足で近づく。龍は頭をかいた。

「イ、イメチェンと言うか。俺、大人になりたいんだ!」
「そうなの?」

目線を合わせるように膝に手をついてしゃがむと、近くなったエメラルドグリーンの瞳がパチパチと瞬く。
今まで大人と喋っていた龍に9歳の瞳は眩しかった。
間違ったことは何もしていないはずなのに、なぜか気まずくて目を逸らしてしまう。

かのんはそんな龍をじっと見つめたあと、にっこりと笑った。

「かのん、今までのりゅうくんもかっこいいとおもうけどな」

芸能界の先輩からの言葉に、龍は目を瞬く。

「か、かっこいい? 俺が?」
「うん!」

キラキラとした笑顔でかのんは大きく頷いた。

「せのびしてるりゅうくんもがんばっててすごくステキだけど、かのんは、いつものニコニコえがおのりゅうくんをライブでいっぱい見たいな~」

そう言ってかのんは事務所の入り口を見る。

「きょうじくんも、そう思うでしょ?」
「鷹城!」

そこには恭二の姿があった。
意外な組み合わせだなと龍は思ったが、それを察したように、「きょうもふもふえんはね、Beitとこんどのライブのうちあわせだったんだよ!」とかのんが教えてくれた。
朝の事を思い出して謝らなければと龍は恭二の元に歩み寄ろうとしたが、恭二のほうが早く事務所の扉を閉め、そのまま龍の元へ近づいた。

「木村」
「はい」

低く通った声で名前を呼ばれ、龍はまた背筋を正す。
消防士時代に、上司に呼ばれた緊張感を思い出した。

「かわいさって、色々あるよな……」
「は、はい……?」
「俺も今日もふもふえんを見て学んだよ。そういうのってピエールやノリノリにこなすみのりさんのほうがぴったりだと思ってた」

少しやつれたように恭二が話す。
龍にはさっぱりだったが、光景を知っているかのんはふふふとぬいぐるみを抱きしめながら思い出すように笑った。

「けど、俺たち、いや俺には俺でしかできない表現があるんだって思ったんだ」
「鷹城にしかできない表現……?」
「かのんにしか、りゅうくんにしかできないことも!」

言われてみればそうだ。
今自分は落ち着いた大人2人に挟まれてFRAMEというユニットを組ませてもらっている。
ファンのみんなに笑顔に、元気になってもらいたくて、今まで全力で一生懸命パフォーマンスをしていた。

「確かに、今まで意識していなかったけれど、俺でしか、FRAMEの中で俺しかできない表現ってあるかも……?」
「ちょっとは答え出たか?」

もちろん、今日一日が無駄だったわけではない。意識しなければ知り得なかった大人の魅力、アイドルたちの心構えを知ることができた。
今は無理でも、これから自分の財産になっていく。道夫や次郎、雨彦から話を聞く度、龍はそう考えていた。

そして、恭二の言葉に龍は1つ光を見出した気がした。

「答え……出たかも」
「そっか」
「鷹城」

龍に呼ばれ、恭二は龍の方に顔を向けた。
扉の向こうから階段を上る複数の足音が聞こえてきて、かのんは「みんなかえってきた~!」と喜んだ様子で事務所の外へと飛び出した。
それを2人で見送り、改めて恭二はどうしたという風に龍に視線を送り、龍は口を開く。

「ありがとな」
「……どういたしまして」

薄く笑う恭二に、龍は満面の笑みで応えた。
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