同い年の大人
木村龍は気づいていた。
自分には、大人の魅力が足りない事を。
そして、今まさに、その問題と向き合うべきだと。
確かに、今まで歌やライブ以外にもたくさんの仕事を経験してきたが、動物と無邪気にはしゃいだり、ドラマで高校生の役を演じたり、フレッシュさや元気さを求められる事が多かった。
それは龍にとって全く苦な事ではなく、むしろ自分らしさを出す事が出来て楽しい仕事ばかりだった。
それが、今回はどうだろう。
これが俗に言うアダルトアイドルというものなのか。
言ってしまえば、自分は「はたち」だ。
20歳の自分が、恋の歌など歌えるのだろうか?
いや、20歳でもアダルトな人は居るじゃないか。
鷹城とか、北斗さんとか。
もしかして、20歳なのに、大人じゃないのは自分だけ……?
龍は今までにない焦りを感じていた。
プロデューサーから新曲が出ると聞かされた時、英雄がCDを受け取った時、レッスンスタジオに3人で入った時、誠司がCDデッキを棚から引っ張り出している時。
龍の心は歓喜に舞い上がっていた。
龍だけではなく、2人も同じ気持ちだっただろう。
しかし流れてくる音楽と紙に印刷された歌詞を見て龍の動きは止まった。
クリアファイルから紙を取り出して2人に配った時、太字で装飾されたタイトルが目に入った。
「へー、今度のタイトルは英語なんですね」
その時はそんな感想しか出てこなかった。
「愛」や「恋」という文字が目に入り、実際に耳にし、誠司ほどではないが眩暈がした。
思わず隣を見ると、いつもは怖い顔のリーダーまでもが口をぽかんと開けて微動だにしなかった。
屈強な大人3人を振り落とすほどの楽曲。
俺たちが知らない大人の世界。
自分だけも食らいつこうと紙を持つ指に力を入れた。
身体が熱くなってきた気がする。
そういえばクーラーの電源入れたっけ。
額から汗が滲み出た。
龍はあの時のように手に力を入れた。
掌に爪が食い込む。
「鷹城、俺どうしたら良いかな!」
龍の気合いは拳だけでなく声にも表れていた。
まだ昼にもなっていない平日の315プロダクションのミーティングルームは閑散としていた。
その中で龍の声は大きく響く。
今日は窓を閉めていたので、外に漏れる事はなく全て壁に吸い込まれた。
「声がでかい」
向かいに座っていた鷹城恭二は気だるそうに返事をした。
大声で呼ばれたにも関わらず、龍には目もくれずスマートフォンを触っている。
龍の大声に一瞬眉間に皺を寄せたが、アプリゲームが良い所で手が離せず、耳をふさぐ事が出来なかったようだ。
「俺、大人になりたい」
その言葉を聞いて恭二は顔を上げた。
タイミングよく、ゲームがリザルト画面を表示する。
これまで「背が高くなりたい」や「演技が上手くなりたい」といった願いを言っている場面には何度も遭遇してきた。
その度に「牛乳を飲めばいい」「一緒に映像見て研究するか?」などと言えたが、今回のような抽象的な願い事を、恭二は初めて聞いた。
恭二は龍と目を合わせようとしたが、目の前の同い年は俯き加減で恭二から目をそらしていた。
女子か。
恭二はストレートに言葉を吐き出しそうになったが、すんでの所で飲み込んだ。
告白に緊張する女子か。
「……酒、飲めるだろ」
「そうじゃなくて!」
取り繕うように出た言葉は予想以上に的外れだった。
間髪を入れずに龍が返事をする。
代赭(たいしゃ)色の瞳と、瑠璃紺と浅葱色のオッドアイがお互いを見つめる。
「俺、このままじゃダメなんだ。新曲の為にも変わらないといけないんだ!」
恭二はもう一度スマートフォンの画面に目をやる。
設定したキャラクターがトップページで喋っている。
体力を使い切っているのを確認すると、そのままポケットにしまった。
そして、「らしくないな」と小さく呟いた。
「木村らしくない」
恭二の言葉に龍は一瞬きょとんとした顔をしたが、否定された事に気づくと更に焦るように言葉を重ねる。
「俺、英雄さんや誠司さんと約束したんだよ。自分たちの物にしてみせるって。レコーディングまでの日にちもないしさ、流石に焦るよ」
龍の表情は二転三転する。
恭二は口を開けたがすぐに噤んだ。
「レコーディングだけじゃない、ダンスレッスンだって、その先にはライブだってある。今の俺じゃ――」
龍の言葉を遮るように恭二は椅子から立ち上がった。
つられて龍も首を上にあげる。
ドアノブを握る恭二の瞳は、冷たく龍を見下ろしていた。
「悪いけどパス」
恭二は音を立てずにドアノブを捻った。
「これから仕事なんだ」
「鷹城!」
そのまま恭二は扉を開ける。
龍は恭二を追いかけようとしたが、勢いよく立ち上がった衝撃で机に膝をぶつけた。
痛みに悶えている間に、恭二はミーティングルームから、そして事務所から出て行ってしまった。
ガチャン、という音は小さかったが龍はショックだった。
龍の目に涙が滲む。
膝の痛みなのか、友人に冷たくされたショックなのか分からなかった。
なんなのだろう。
龍は心の中で嘆く。
同じ二十歳なのに、この差は一体なんなのだろう。
自分には、大人の魅力が足りない事を。
そして、今まさに、その問題と向き合うべきだと。
確かに、今まで歌やライブ以外にもたくさんの仕事を経験してきたが、動物と無邪気にはしゃいだり、ドラマで高校生の役を演じたり、フレッシュさや元気さを求められる事が多かった。
それは龍にとって全く苦な事ではなく、むしろ自分らしさを出す事が出来て楽しい仕事ばかりだった。
それが、今回はどうだろう。
これが俗に言うアダルトアイドルというものなのか。
言ってしまえば、自分は「はたち」だ。
20歳の自分が、恋の歌など歌えるのだろうか?
いや、20歳でもアダルトな人は居るじゃないか。
鷹城とか、北斗さんとか。
もしかして、20歳なのに、大人じゃないのは自分だけ……?
龍は今までにない焦りを感じていた。
プロデューサーから新曲が出ると聞かされた時、英雄がCDを受け取った時、レッスンスタジオに3人で入った時、誠司がCDデッキを棚から引っ張り出している時。
龍の心は歓喜に舞い上がっていた。
龍だけではなく、2人も同じ気持ちだっただろう。
しかし流れてくる音楽と紙に印刷された歌詞を見て龍の動きは止まった。
クリアファイルから紙を取り出して2人に配った時、太字で装飾されたタイトルが目に入った。
「へー、今度のタイトルは英語なんですね」
その時はそんな感想しか出てこなかった。
「愛」や「恋」という文字が目に入り、実際に耳にし、誠司ほどではないが眩暈がした。
思わず隣を見ると、いつもは怖い顔のリーダーまでもが口をぽかんと開けて微動だにしなかった。
屈強な大人3人を振り落とすほどの楽曲。
俺たちが知らない大人の世界。
自分だけも食らいつこうと紙を持つ指に力を入れた。
身体が熱くなってきた気がする。
そういえばクーラーの電源入れたっけ。
額から汗が滲み出た。
龍はあの時のように手に力を入れた。
掌に爪が食い込む。
「鷹城、俺どうしたら良いかな!」
龍の気合いは拳だけでなく声にも表れていた。
まだ昼にもなっていない平日の315プロダクションのミーティングルームは閑散としていた。
その中で龍の声は大きく響く。
今日は窓を閉めていたので、外に漏れる事はなく全て壁に吸い込まれた。
「声がでかい」
向かいに座っていた鷹城恭二は気だるそうに返事をした。
大声で呼ばれたにも関わらず、龍には目もくれずスマートフォンを触っている。
龍の大声に一瞬眉間に皺を寄せたが、アプリゲームが良い所で手が離せず、耳をふさぐ事が出来なかったようだ。
「俺、大人になりたい」
その言葉を聞いて恭二は顔を上げた。
タイミングよく、ゲームがリザルト画面を表示する。
これまで「背が高くなりたい」や「演技が上手くなりたい」といった願いを言っている場面には何度も遭遇してきた。
その度に「牛乳を飲めばいい」「一緒に映像見て研究するか?」などと言えたが、今回のような抽象的な願い事を、恭二は初めて聞いた。
恭二は龍と目を合わせようとしたが、目の前の同い年は俯き加減で恭二から目をそらしていた。
女子か。
恭二はストレートに言葉を吐き出しそうになったが、すんでの所で飲み込んだ。
告白に緊張する女子か。
「……酒、飲めるだろ」
「そうじゃなくて!」
取り繕うように出た言葉は予想以上に的外れだった。
間髪を入れずに龍が返事をする。
代赭(たいしゃ)色の瞳と、瑠璃紺と浅葱色のオッドアイがお互いを見つめる。
「俺、このままじゃダメなんだ。新曲の為にも変わらないといけないんだ!」
恭二はもう一度スマートフォンの画面に目をやる。
設定したキャラクターがトップページで喋っている。
体力を使い切っているのを確認すると、そのままポケットにしまった。
そして、「らしくないな」と小さく呟いた。
「木村らしくない」
恭二の言葉に龍は一瞬きょとんとした顔をしたが、否定された事に気づくと更に焦るように言葉を重ねる。
「俺、英雄さんや誠司さんと約束したんだよ。自分たちの物にしてみせるって。レコーディングまでの日にちもないしさ、流石に焦るよ」
龍の表情は二転三転する。
恭二は口を開けたがすぐに噤んだ。
「レコーディングだけじゃない、ダンスレッスンだって、その先にはライブだってある。今の俺じゃ――」
龍の言葉を遮るように恭二は椅子から立ち上がった。
つられて龍も首を上にあげる。
ドアノブを握る恭二の瞳は、冷たく龍を見下ろしていた。
「悪いけどパス」
恭二は音を立てずにドアノブを捻った。
「これから仕事なんだ」
「鷹城!」
そのまま恭二は扉を開ける。
龍は恭二を追いかけようとしたが、勢いよく立ち上がった衝撃で机に膝をぶつけた。
痛みに悶えている間に、恭二はミーティングルームから、そして事務所から出て行ってしまった。
ガチャン、という音は小さかったが龍はショックだった。
龍の目に涙が滲む。
膝の痛みなのか、友人に冷たくされたショックなのか分からなかった。
なんなのだろう。
龍は心の中で嘆く。
同じ二十歳なのに、この差は一体なんなのだろう。
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