ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

星の髪飾りに導かれて

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: 柘榴アリス
目次

幼き頃の約束

「にいに、行っちゃやだ。行かないで。」
波瑠は泣きながら兄に縋りついた。
「波瑠。俺だってお前とは離れたくないよ。けど、しょうがないんだ。俺達はいつまでも一緒にいられるわけじゃないんだから。」
「やだやだ!だって、このままお別れしちゃったら…、にいにははるのこと忘れちゃう。そんなのやだよお。」
グスッ、グスッと泣きながら駄々をこねる波瑠の姿に兄は言った。
「泣くな。波瑠。今は一緒にはいられないけど…、それでも、俺は絶対に波瑠の事は忘れない。大きくなったら、絶対にお前に会いに来るから。だから、それまでいい子で待っていろ。」
彼はそう言って、頭を優しく撫でた。
「本当?嘘じゃない?」
確認するように聞き返すと彼は笑って答えた。
「ああ。約束する。…その証にこれをやるよ。」
少年は女の子の手に何かを握らせた。手を開いてみると、それは星の形をした髪留めだった。
「波瑠。俺はこの髪飾りを目印にお前を見つける。だから…、お前もそれをなくさずに持っていて欲しい。…約束だ。」
そう言って、指を絡ませてくる彼。小さい頃の約束…。子供の戯れに過ぎない些細な口約束だ。けれど、その約束は波瑠をずっと支えにしてきたものだった。今でも…、波瑠はその言葉を忘れていない。
波瑠は目を覚ました。ぼんやりとした頭で天井を見上げる。ゆっくりと起き上がり、眠たい目を擦る。ふと、机の上に置いた髪飾りに目を向ける。星の形をした可愛らしいデザインの髪飾り…。それは彼がくれたものだった。波瑠はそれをギュッと大切に胸の前で抱いた。
「兄様…。」
波瑠は記憶の中の兄の姿を思い浮かべた。幼い頃に離れ離れになった兄を波瑠は忘れていない。もうずっと会ってないが兄の記憶は波瑠の中で色濃く残っている。会いたいな…。波瑠は兄を思い出しながら顔を綻ばせた。
「はあ…。」
波瑠は溜息を吐いた。憂鬱だなあ。そう思ってしまうのは、これから行かなければならないことが原因だった。
「お嬢様。どうされたのですか?これから、パーティーに行かれるというのに溜息など吐かれて。」
メイドの言葉に波瑠はぎこちなく笑った。
「少し緊張しちゃって…、」
「大丈夫ですよ!お嬢様。今のお嬢様はどこからどう見ても立派なレディーなのですから!今日のドレスアップも完璧な仕上がりですわ!」
メイドの美晴は自信満々に誇らしげにそう言った。波瑠は鏡に映る自分を見つめる。藤色のドレスを着た自分が映っていた。
「折角のパーティーなのですよ。楽しまなきゃ損ですよ!もしかしたら、素敵なイケメン御曹司との出会いがあるかもしれませんよ?」
いつも、明るく元気な美晴は波瑠の専属のメイドだった。波瑠は美晴の言葉にくすりと笑った。
「そうそう。お嬢様はそうやって、笑っている顔が一番可愛いんですから!あたしが男だったらお嬢様にベタ惚れします!」
「フフッ…、ありがとう。あたしも美晴みたいに一緒にいて、楽しい人が相手だったら好きになってるかも。」
「あら、じゃああたし達両想いですわね!」
メイドとお嬢様という主従関係だが立場も性格も正反対の二人の仲は親しかった。波瑠は、美晴の存在にいつも救われていた。
「お嬢様!もし、パーティーでいい人がいたら教えてくださいね!」
噂好きでミーハー好きな所はあるが一緒にいて楽しい存在だった。美晴のお蔭で少しだけ心が軽くなった波瑠だったが…、
「相変わらず…、何を着ても野暮ったいわねえ。如何にも庶民が精一杯虚勢を張っているとでもいうかのよう。」
螺旋階段を降りて、玄関に降り立つと、そこには真っ赤なドレスを身に纏った美女が立っていた。赤茶色に染めた巻き髪、長い爪に綺麗に塗られたネイル、長い睫毛、グロスが塗られた蠱惑的な唇、白い肌、凹凸のある女らしいスタイル…。波瑠は表情を強張らせた。
「お義姉様…。」
義姉は汚い物でも見たかのようにフン、と鼻で笑い、
「全く…。何であんたまで一緒に行く羽目になるわけ?こんな家の恥さらしになるような子…、」
「お嬢様。そろそろお時間が…、」
「ああ。そうだったわね。」
波瑠を目にして不本意甚だしい表情浮かべて文句を言ってた義姉だったが執事に促され、玄関に足を向ける。
「いいこと?パーティーでは私の邪魔はしないで。恥も掻かせないでよ。まあ、あんたみたいな地味な女、行った所で誰にも相手にされずに壁の花になってるのが関の山でしょうけど。」
そう言って、彼女は車に乗り込んだ。波瑠は俯き、キュッと唇を噛み締めた。
「お嬢様。お手をどうぞ。」
「あ、ありがとう…。篠崎。」
先程、姉を促してくれた執事が波瑠に手を差し出した。波瑠はお礼を言って、彼の手に自分の手を重ねて、車に乗り込んだ。
「お飲み物は如何ですか?」
「ありがとう。」
パーティー会場に着いた波瑠だったが義姉の江利香はさっさと波瑠を置いて、目当ての男性にアプローチをしに行ってしまった。ぽつん、とその場に佇んでいた波瑠は給仕係の男に勧められ、グラスを手に取ってぼんやりとパーティー会場を見渡した。上流階級の人間だけに許された社交の場…。けれど、波瑠は昔からこういった場が苦手だ。元々、人見知りで口下手で大人しいタイプの波瑠はパーティーで着飾ったり、談笑するよりも部屋で本を読んだり、お菓子を作ったり、刺繍をしたりするのが好きな内気な少女だった。人が大勢集まるこの空間は波瑠にとっては息苦しく感じてしまう。それに、どうしても自分はこの場にふさわしくない人間であることを実感させられる。元々、波瑠は庶民だ。縁あって、この御堂家に運よく引き取られただけの話だ。生粋の令嬢ではない自分は所詮は張りぼてで本物のセレブには馴染めなかった。自分には江利香のように生まれながらの気品や高貴な血筋にふさわしい輝かしいばかりのオーラを持っていない。江利香のような上流階級の令嬢は皆、美しく、見ているだけできらきらしていて、目を奪われる。自分にはないものだ。ぼんやりとグラスに映る自分を見つめる。地味で凡庸な顔つきの自分…。義姉の言う通り、容姿は平凡で人目を引かない部類の顔だ。大人しく、自信なさげな表情を浮かべる自分が映っている。波瑠ははあ、と溜息を吐いた。
―もう、帰りたいな…。
目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。