第二話「結果」
――休憩時間終了後。どことなく不穏な空気が流れるフロアの中で、俺たち応募者メンバーはプリントアウトされた台本を必死に見つめていた。
「それじゃあ今からペアになって、その台本を読んでもらいます」
ざわりと周囲が沸き立つ。嫌そうに俺の方を見る者も居た。しかし面接官の言葉は続く。
「組み合わせはこちらで決めます。ええと……まずは伊月君」
「はい」
「キミは鷹野君と組んで」
伊月というのは俺の名前だ。鷹野というのは俺の記憶が正しければ……
‴鷹野‴は返事もせずに立ち上がった。相変わらずの無表情。
そうこうしている間にペアの組み合わせが次々と決まっていく。
「それでは30分間話し合う時間を設けます。はじめて」
俺は鷹野と向かい合わせになって、軽い打ち合わせをすることにした。初めて見る台本は、文字が書いてあるのは分かるが、形式が独特で内容が全く頭に入って来ない。
「ロミオとジュリエットだな」
「へ」
「見れば分かるだろ。有名な例のシーンじゃないけど、そんなことも知らないのかよ」
俺はさすがにカチンと来る。だがここは一緒に協力しなければならない仲間だ。腹を立てている場合ではない。
「で、お前どっちやる」
「え?」
「ロミオとジュリエット」
「ロ、ロミオと……??」
「だからジュリエットだよ。分かってるよな? ロミオが男で、ジュリエットは女」
――女!!
その言葉に俺の心は過剰反応してしまう。小さい頃から女みたいだとイジメられて来たから、出来れば女の役なんてやりたくない。
「お……男がやりたい……」
「台詞多いぞ。いいのか?」
「ま……待って、今考える」
「お前ホントに優柔不断だな。時間がないんだよ」
「……だって……」
「もういい、俺がロミオをやる。お前に長台詞なんて任せられない」
そうこうしてると先ほど一度出て行った面接官が戻って来た。
「最後の部分はアドリブで演じてもらうから。それぞれどんな演技するか考えて」
「はあい」
俺は頭が真っ白になった。
「大丈夫。アドリブ部分は俺が引っ張る」
鷹野は射るように俺を見上げ、俺はその視線に肩を竦めるしかなかった。
そして時間がやってきて、いよいよ面接官の前で演技をすることになる。
「ああ……なんと美しい。この透き通るような肌。亜麻色の髪。薔薇色の唇が、私を狂わせる」
鷹野の台詞に、周りの応募者がおお……と息を呑む。
俺も負けないように声を張り上げた。
「見知らぬ仮面のお方。私を誘うその声は、なんと甘く優しいの」
「キミに愛を囁くために生まれた。どうか、その時間を永遠に私に下さい」
その後鷹野の長台詞が続き、大立ち回りのアドリブもこなして、無事に俺たちの番は終わった。
胸を撫で下ろしていたら、軽い事件が起こった。
なんと他のペアが、鷹野のアドリブ部分を丸パクリしたのである。
ロミオの敵であるティボルトとの大立ち回り。
よくは知らないが、原作をアレンジしている。
俺たちの打ち合わせを盗み聞きしていないと、出てこない発想だった。
「あっ……あの!」
思わず手を上げようとした俺の手を、隣の鷹野が遮る。
「!」
俺の手を押さえるように握った熱い手から、静かな怒りが伝わってくるのが分かった。据えるような瞳で他のペアの演技を見ている。
その横顔に、自分の怒りが段々冷えていくのを感じた。
他のペアの演技が続いていく間、俺たちはずっと手を握っていた。
× × ×
オーディション終わり。
連絡先の交換は禁止だと言われていたのに、スマホを重ね合う他の応募者たちを見ながら、俺は知らず知らずに鷹野の姿を探していた。
横掛けのバッグを背負い、鷹野が後ろの方からやってくる。
無視して通り過ぎるのかと思ったら、振り返りもせず声を投げた。
「さっきの演技、悪くなかったな」
「え?!」
予想外の言動に、俺の心臓が跳ねあがる。
「女役が向いてるんじゃね? ‷ヴェローナの妖精‷さん」
そう言うと、鷹野は振り返って笑った。
「!!」
ヴェローナの妖精とはジュリエットのことで、ロミオの鷹野が考えた呼称である。
「そんな顔してると狙われるぞ。芸能界なんて怖い世界なんだからさ」
「! よ……余計なお世話だ! セクハラだぞ!!」
いったい俺がどんな顔をしていたと言うんだろうか。
何とか我に返って言い返したけど、立ち去る鷹野に俺の叫びが聞こえたかどうかは分からない。
誰かに思いきり怒ったり、声を上げたりするのは初めての事だった。
× × ×
――数日後。
郵便受けを開けて中を覗いてみると、オーディションの通知が来ていた。結果は――合格。
「!!」
俺は拳を上げてガッツポーズし、リビングに居る母の元へ飛んで行った。
「あのさ、俺オーディション受かった!」
「は? なんて?」
「とにかく、進学はしないから!」
颯爽と告げて立ち去ると、母は困ったように首を傾げた。
「よく分からないけど、お父さんに相談してみるわね」
「うん!!」
幸い父の反対を受けることもなく、俺は翌週早速、レッスンの顔合わせに向かった。
そこに居たのは、鷹野と他の応募者メンバー全員だった。
「それじゃあ今からペアになって、その台本を読んでもらいます」
ざわりと周囲が沸き立つ。嫌そうに俺の方を見る者も居た。しかし面接官の言葉は続く。
「組み合わせはこちらで決めます。ええと……まずは伊月君」
「はい」
「キミは鷹野君と組んで」
伊月というのは俺の名前だ。鷹野というのは俺の記憶が正しければ……
‴鷹野‴は返事もせずに立ち上がった。相変わらずの無表情。
そうこうしている間にペアの組み合わせが次々と決まっていく。
「それでは30分間話し合う時間を設けます。はじめて」
俺は鷹野と向かい合わせになって、軽い打ち合わせをすることにした。初めて見る台本は、文字が書いてあるのは分かるが、形式が独特で内容が全く頭に入って来ない。
「ロミオとジュリエットだな」
「へ」
「見れば分かるだろ。有名な例のシーンじゃないけど、そんなことも知らないのかよ」
俺はさすがにカチンと来る。だがここは一緒に協力しなければならない仲間だ。腹を立てている場合ではない。
「で、お前どっちやる」
「え?」
「ロミオとジュリエット」
「ロ、ロミオと……??」
「だからジュリエットだよ。分かってるよな? ロミオが男で、ジュリエットは女」
――女!!
その言葉に俺の心は過剰反応してしまう。小さい頃から女みたいだとイジメられて来たから、出来れば女の役なんてやりたくない。
「お……男がやりたい……」
「台詞多いぞ。いいのか?」
「ま……待って、今考える」
「お前ホントに優柔不断だな。時間がないんだよ」
「……だって……」
「もういい、俺がロミオをやる。お前に長台詞なんて任せられない」
そうこうしてると先ほど一度出て行った面接官が戻って来た。
「最後の部分はアドリブで演じてもらうから。それぞれどんな演技するか考えて」
「はあい」
俺は頭が真っ白になった。
「大丈夫。アドリブ部分は俺が引っ張る」
鷹野は射るように俺を見上げ、俺はその視線に肩を竦めるしかなかった。
そして時間がやってきて、いよいよ面接官の前で演技をすることになる。
「ああ……なんと美しい。この透き通るような肌。亜麻色の髪。薔薇色の唇が、私を狂わせる」
鷹野の台詞に、周りの応募者がおお……と息を呑む。
俺も負けないように声を張り上げた。
「見知らぬ仮面のお方。私を誘うその声は、なんと甘く優しいの」
「キミに愛を囁くために生まれた。どうか、その時間を永遠に私に下さい」
その後鷹野の長台詞が続き、大立ち回りのアドリブもこなして、無事に俺たちの番は終わった。
胸を撫で下ろしていたら、軽い事件が起こった。
なんと他のペアが、鷹野のアドリブ部分を丸パクリしたのである。
ロミオの敵であるティボルトとの大立ち回り。
よくは知らないが、原作をアレンジしている。
俺たちの打ち合わせを盗み聞きしていないと、出てこない発想だった。
「あっ……あの!」
思わず手を上げようとした俺の手を、隣の鷹野が遮る。
「!」
俺の手を押さえるように握った熱い手から、静かな怒りが伝わってくるのが分かった。据えるような瞳で他のペアの演技を見ている。
その横顔に、自分の怒りが段々冷えていくのを感じた。
他のペアの演技が続いていく間、俺たちはずっと手を握っていた。
× × ×
オーディション終わり。
連絡先の交換は禁止だと言われていたのに、スマホを重ね合う他の応募者たちを見ながら、俺は知らず知らずに鷹野の姿を探していた。
横掛けのバッグを背負い、鷹野が後ろの方からやってくる。
無視して通り過ぎるのかと思ったら、振り返りもせず声を投げた。
「さっきの演技、悪くなかったな」
「え?!」
予想外の言動に、俺の心臓が跳ねあがる。
「女役が向いてるんじゃね? ‷ヴェローナの妖精‷さん」
そう言うと、鷹野は振り返って笑った。
「!!」
ヴェローナの妖精とはジュリエットのことで、ロミオの鷹野が考えた呼称である。
「そんな顔してると狙われるぞ。芸能界なんて怖い世界なんだからさ」
「! よ……余計なお世話だ! セクハラだぞ!!」
いったい俺がどんな顔をしていたと言うんだろうか。
何とか我に返って言い返したけど、立ち去る鷹野に俺の叫びが聞こえたかどうかは分からない。
誰かに思いきり怒ったり、声を上げたりするのは初めての事だった。
× × ×
――数日後。
郵便受けを開けて中を覗いてみると、オーディションの通知が来ていた。結果は――合格。
「!!」
俺は拳を上げてガッツポーズし、リビングに居る母の元へ飛んで行った。
「あのさ、俺オーディション受かった!」
「は? なんて?」
「とにかく、進学はしないから!」
颯爽と告げて立ち去ると、母は困ったように首を傾げた。
「よく分からないけど、お父さんに相談してみるわね」
「うん!!」
幸い父の反対を受けることもなく、俺は翌週早速、レッスンの顔合わせに向かった。
そこに居たのは、鷹野と他の応募者メンバー全員だった。
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