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New Year's Eve

原作: その他 (原作:Axis powers ヘタリア) 作者: 鮭とば
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New Year's Eve

 …で。俺は一体何してんだ?
 トランク一つ片手に持った姿のまま、異国の空港で一人俺は暫く呆然と立ち尽くしてしまった。

 数時間前まで、俺はイギリスで今年最後の仕事を無事終わらせていた。何かと忙しい年末にスケジュール通り仕事が片付くなど滅多にないことで、思わず横に立つ秘書にまだ済ませてない案件はなかったか何回も確認してしまったぐらいだ。「強いて言うなら貴方様の家の大掃除ぐらいですかね」と苦笑交じりに返され、「じゃあその大仕事に向かわせて貰おうか」と片頬を上げ軽く手を振り仕事場を出たその時までは、本当にその残された今年最後の大仕事に向かうつもりだった。本当だ。日頃からなるべく家の掃除を欠かさない俺でも、この数週間は妖精さんに任せっきりで、今日はその分俺が倍頑張るか、なんて意気揚々と家に向かっていた筈だったのに。

「どうして、日本に来ちまってんだか」
 突っ立ったままでは邪魔だと一先ず空港のラウンジに入って紅茶を飲みつつ、俺は頭を抱えた。家と空港は正反対のルートなのに、一体全体どう動いたんだ。俺の足は。しかも何故チケット取れたんだよ。それだったらそこで我に返っただろうに。
 脳内でぶつくさ文句を並べ立てても、今更来てしまったものは覆せない。Uターンしようにも入国カードに滞在三日と書いてしまっていたのだからそれもできない。なら日本で年明けするしか道はないのだ。
 心を決め紅茶を飲み干し、ラウンジを出て当てもなく空港内を移動する。もう夜だし取りあえず宿を決めねばなるまい。スマホで付近のホテルを調べようと着けた画面に、一件の新規メール。差し出し人は、本田菊。
「…あー、起きてたのか……」
 大晦日はちょっと厳しいです、と苦笑を零した恋人の低く落ち着いた声が脳内で再現された。何でも大晦日前の三日間、本田にとって重要な祭典があるのだそうで、その休みを取るため前倒しで仕事をこなしてその祭典に挑み、大晦日は休息にあてたいので、すみません。と二月前に申し訳なく下げられた後頭部も鮮明に思い出せる。
 年の瀬の挨拶ぐらいはと簡単なメールを送っといたのだが、その返信だろうか。
 タップして確認すれば、『こちらこそ』とだけ。律儀な本田にしては簡素な返答に首を傾げてしまう。疲れているのだろうか。そんな本田に「今日本に来てるんだが、会えるか?」なんて電話をしたら無茶をしてまで会いに来てくれるのは目に見えている。しかも宿無しと知れば泊まらせてもくれるだろうが、疲れている相手に迷惑をかけるのは紳士としても恋人としても失格だ。日本にいることは知らせられないな、とスマホをコートのポケットに入れ歩き出そうとすれば、見慣れた着物姿が視界に掠めた。
「ほ、本田!?」
「はい。長旅お疲れ様です、アーサーさん」
 先程まで思い描いていた恋人がそのまま急に眼前に現れ、再度固まってしまう。どうして、何故ここに?問いかけたい言葉は幾つもあるが、どれも音にならず、口をただパクパク動かすしかできない。そんな俺にふわりと笑った本田がスマートに俺の荷物を掬い取った。
「立ち話もなんですし、よろしければ私の家へどうぞ。車の手配も済んでますから」
 ホテルとか、まだ取っていないでしょう?
 さらりとこちらの状態を言い当てて、先導しつつ片手で俺の手まで握るこいつは本当にあの恥ずかしがり屋な本田か?と疑いたくなる。上手く言葉にできない俺をタクシーに押し込み、トランクに荷物を預けて隣に乗り込んで来た本田がこれまた珍しくにやりと笑った。
「スマートでしたか?アーサーさんの真似しちゃいました」
 いつもそちらに着いた時あまりにも自然にエスコートされるので、お返ししたかったんです、と揶揄う顔にようやく俺の言語機能が復活したようで、喉に張り付いていた言葉が音になった。
「…真似すんなよ。恥ずかしい」
「おや。してやれたようですね」
「ってか、俺が来るの分かっていたのか?」
「そちらの秘書の方が申し訳なさそうにアーサーさんが日本行きの飛行機に飛び乗った、という情報をくれまして。ですので爺頑張っちゃいました」
 帰ったら一言言ってやる、と唸る俺に、どうか許してやってくださいと本田が窘めてくる。
「貴方と年越しができるの、私、嬉しいんですから」
「……本当にお前本物か?」
「ふふ。私以外の誰かに見えますか?でも、そうですね。いつもより浮かれているのかもしれません」
 だって、会いたいと思っていたので。
 ようやく常に身につけている羞恥心が戻ったのか、俺の耳元で囁くように告げて来た本田にようやくここへ来た合点がついた。
 俺も会いたかったのだ。多分。あの大晦日の予定を聞いた時から。
 あの時は俺も仕事が詰まっているからそもそも無理だったか、と諦めたが、内心恋人と年越しをしたい、と思っていたことが、無意識に行動に出てしまったんだろう。そして、多分本田もそう思ってくれていたのかもしれない。
 本田をよく見れば目の下に少し隈ができてしまっている。労わる様に指を当てれば、黒曜石みたいに煌めく瞳を細めて本田が微笑んだ。
「アーサーさん。来年もよろしくお願い致しますね」
 直に伝えたくてメールに書かなかったんです、なんて可愛すぎることをいう本田に、俺は顔を寄せた。
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