ネット喫茶.com

オリジナル小説や二次創作、エッセイ等、自由に投稿できるサイトです。

メニュー

森の中へ再び

原作: その他 (原作:ピアノの森) 作者: nobare
目次

森の世界

いつもの風景。それはそれはとても正気では見て居られない光景が今日も私の視界を横切っていた。白い手提げ袋には今夜の夕食の材料が入っているのだが、その材料ですら汚らしく思えてくる。私が住んでいる街は世間一般的にはスラムというのだろうか。生まれた時からこの場所以外を知らないで生きてきた私にとってはピンと来ない名前なのだが。でも、きっとこのバスの窓から見える先の景色は外の世界の人々には異様な光景に映るのだろう。後ろからはおばさん達のヒソヒソ声が聞こえてくる。

「またシャークとタイラーの所の抗争ね。最近権力争いが活発化してきたらしいわよ。なんでもシャークの息子がタイラーの縄張りでウロウロしているのを発見した事が原因みたいね。」

「なにそれ!?シャークの息子って、まだ小学生くらいじゃない。やっぱり血は争えないのかね。それとも父親がその年齢から殺人を覚えこませてるとか?」

「ホント、幾らここが森のはたって言われてる所でもそんな小さな頃から殺人なんか、、可哀想すぎるわ。」

「それにしてもちょっと危ないわね。出来るだけ早めに帰ってあんまり街にいない方がいいかもね。せっかくの休日なのにホント勘弁して欲しいわ!」

私は後ろの二人の会話に聞き耳を傾けていたが、一人で音楽を聴こうとイヤホンを耳につけた。すると少し外の世界から遮断された気がして心が落ち着いた。やはり残酷な悲鳴の声や銃声は聞き慣れたとは言え気持ちのいいものではない。プレイリストを指でゆっくりとスクロールしていく。

「これだ!今日はこれでも聞こう」

スクロールをやめ、再生ボタンを押す。すると耳に入って来たのは男の悲鳴でも、パンパンという銃声でもなく、それは美しい音。気持ちを落ち着かせるだけでなく、何か頭の中がリセットされていくような、それでいて儚く切ない気持ちにもさせてくれるような音。私はここ何ヶ月かは毎日この美しいピアノで奏でられている曲を聞いていた。曲名も、演奏者も知らない。というか見てもさっぱり分からない。そしてこの音楽がいつの時代の音楽かもわからない。ただ偶然見つけ、その衝撃と美しさによって私はすっかりこの音楽の魅力に取り憑かれてしまった。それが奇しくもこの街の風景との違和感も相まってより儚く感じているのかもしれないとも思っている。

最寄りのバス停を降りると、人の気配は一気に少なくなっていた。私の家は少し中心部からは離れているので、危ない連中も頻繁には現れない。私は急ぎ足で歩いて帰って行った。この地域には大きな森が広がっていて、私の家はその森のすぐ近くに位置している。少し森のはたよりは山側で標高があるのか、夜はまだ少し肌寒く感じた。イヤホンから聞こえるピアノの音をなぞるように口ずさんでいたら、気持ちがどんどん高ぶってきた。すると突然、ドーン!!という大きな音が聞こえてきた。イヤホンをしていた私ですら聞こえるくらいの大きさであり、私は思わずイヤホンをとって辺りを見渡した。

「なんなの??何の音よ!こんな何にも無い所で!気味が悪い」
私は歩くスピードを上げて家まで一直線へと向かっていった。
すると、ほんの一瞬、何かが聞こえた気がして立ち止まった。

「なんの音だろ」

私はもう一度耳を澄ましてみた。どうやら聞こえてくる場所は森の中みたいである。ただその音が何の音なのかはわからなかった。3秒に一度くらいに、

「コーン、コーン、コーン」

という音が聞こえる。金属を叩く音なのだろうか??いや、それにしてはもう少し温かみのある音である。森の中で誰かが作業でもしているのかな?

「もしかして、、、」

そう思った瞬間、私の身体の毛穴からどっと汗が噴き出してきた。そしてその直後に激しい悪寒に襲われ、気が付いたら全力で走っていた。

「ハア、ハア、ハア。それにしても何の音だったのかな」

荒くなった息を止め、もう一度耳を澄ましてみる。すると、ほんの小さな音、ほんの微かな音ではあったのだが先程とは違うもっと綺麗な音が、森中に響いていた。

「この音は、、もしかして、、ピ、ア、ノ??」

そう思って耳を澄まして聞くと、もうピアノの音にしか聞こえなかった。何でこんな時間に??こんな森の中で??考えれば考えるほど訳がわからない。でもこの音は間違いなく私が毎日聞いているピアノの音にそっくりであった。さっきまであんなに怖がっていたのが嘘のように、その微かな音に目をつむり、身を委ねていた。

「ん??曲が変わったのかな??」

耳が慣れてきたのか、細かな旋律が炙り出されるようにどんどんと聞こえるようになってきた。

「あっ、この曲は!」

森の中から聞こえてきた旋律は、いつも私が朝起きて一番最初に聞いている曲だった。もちろん私はその曲のタイトルや作曲者なんかは知らない。でも私は何故かお気に入りで、毎朝聞いていたのだ。

「あーあ、これを毎朝やってくれればなー。生のコンサートを毎日聞けるのになー」

でも毎日帰っているのに何で今まで気がつかなかったんだろ?確かに今日は学校帰りに色々と寄り道をしてこんな遅い時間になってしまったので、普段とは帰る時間が違っていた。

「この時間帯だけ誰かが何処かの家で練習しているのが聞こえて来てるのかもしれない。でも良いものを発見した感じ!イヤホンで聞かなくても毎日生演奏が聴けるのかも」

私はしばらく耳を澄ましてピアノの音に酔いしれると、夢見心地のまま家路へと戻っていった。

目次

※会員登録するとコメントが書き込める様になります。