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みんなのSUMIKA

ジャンル: 現実世界(恋愛) 作者: そばかす
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第9話

「来なよぉ、あたしも賛成ぃ。あたしらぁ今からとりあえずカラオケ行くんだけどぉ行かない?」
 誘ってくるふたりの少女は、言葉に出さずに、寿美花を嘲笑している。ジャージ姿ですっぴんの寿美花に対して、ファッション誌のモデルのようなミニスカート姿で化粧をばっちりした彼女たち。大量の荷物を持っている寿美花が、断るとわかっているのは間違いない。
「おおっ! いいじゃんいいじゃん! 西園寺も来いよ。あっ、カラオケ代だったら俺とコイツで出すしさ」
「勝手に俺が半分出すことにすんなよ……でも、寿美花ちゃんと一緒ならカラオケ代くらい余裕でオーケーじゃん」
 寿美花が来ると聞いて、少年ふたりは急に乗り気になった。
 それを見て、声をかけてきた少女たちは、寿美花を睨みつけた。少年たちの後ろに立っているので、彼らからその歪んだ表情は見えていない。「イエスと答えたらただじゃおかないわよ」と目が語っている。
 自分から声をかけてきた癖にと思わないでもないが、寿美花の返事は決まっていた。
「ごめんなさい。まだ手伝いが残ってて……」
 少年たちは残念そうだったが、少女たちは明らかに安心した表情をした。ほっとした彼女たちは、あらためて、じろじろとおむつの入ったレジ袋を見つめた。
「うわぁいっぱい買ったねぇ」
「相変わらずジジババの世話ばかりなのぉ? よくできるよねぇ」
「ジジイやババアって汚いから近づきたくないよねぇ」
「ねぇ」
 彼女たちはそんな話に盛り上がっている。小馬鹿にした口調とからかうような視線に、寿美花はいたたまれなくなった。
「それじゃあ、急ぐからもう行くね」
 逃げるように、寿美花は歩きだした。
 声が聞こえないくらい離れた後、ふいに四人の大爆笑が聞こえた。
 寿美花は後ろを振り返った。
 こちらを見ていた四人と目が合う。
 少年たちも、彼女たちのような小馬鹿にしたような視線で寿美花を見ていた。どうやら彼女たちがあることないこと吹き込んだらしい。
「寿美花は年上好きだから無駄だよぉ! それもすっごい年上ぇ! ねえ、そうでしょ?」
「そうそう!」
 少女の言葉にその連れが頷く。四人の声は甲高くなり、会話が聞こえてきている。
「確かね、六十五歳以上じゃないとダメなのよっ!」
「マジかよ~! もったいねえな」
「あとね、寿美花はおむつプレイが好きなのよぉ! マニアックよねぇ」
「ギャハハハハ!」
 四人が大笑いしている。
 寿美花は、うつむいて視線をそらし、早足で歩み去る。あの馬鹿笑いが聞こえなくなるように。酷く惨めに思えた。
 寿美花の肩が軽く何かに触れた。彼女が顔を上げたのと、男のおおげさな悲鳴が聞こえたのは同時だった。
「いてっ!」
 どうやら寿美花と肩をぶつけたらしい金髪の男は、鼻にピアスをつけた顔をしかめて、肩を押さえている。わざわざ冬場にめくり上げた腕にはタトゥーがあり、ダボパンを穿いていた。ひと目見ただけで、寿美花は嫌な予感がした。
「いてて……」
 軽く肩が触れ合っただけなのに、男は大袈裟に痛がっている。
「おいおい、どうしたよぉ? 大丈夫かぁ?」
 彼の仲間が声をかけた。サングラス以外は、金髪からダボパンまで同じだった。
「マジいてぇよ……さっきコイツにいきなりぶつかられてよぉー」
「……ご、ごめんなさい」
 寿美花は頭を下げ、男たちの脇を通りすぎようとしたが、男に手を掴まれる。さっきまで痛がっていた癖に俊敏に動いた。もう痛そうな様子は欠片もない。
「いきなりそれはないっしょ?」
「放して下さい! は、放して!」
 寿美花が手を振りほどこうとするが、荷物を抱えているためそうもいかない。そうこうするうちに、レジ袋のひとつが路面の水たまりに落ちてしまった。おむつがレジ袋から飛びだしてそのパッケージが水たまりで汚れた。
「なんじゃこれ?」
「うへぇ……」
 男たちは、寿美花の持つ物がすべておむつと知ると驚いて声を上げた。
「マジひくわー。俺潔癖症だし。使うとこ想像しただけで気分が悪くなるわー」
「おむつなんて汚いもん、よく買えるな、コイツ。顔は可愛いのに頭はおかしいんじゃねぇの?」
 彼らの台詞が頭に来て、寿美花は思わず言い返した。
「汚い汚いって言うけど、あなたたちだっていつかは老人になっておむつや他人の世話になるのよ!」
「おりゃ老人になんかなんねぇよ」
「そうそう、俺たちは永遠に青春を謳歌するのさ」
 さらにもうひとりも腕を掴んできた。
「やっ……放して! おじいちゃんたちが待ってるの!」
「あん? おじいちゃんたちぃ? ……おいおい、もしかしてエンコーかよ? なあなあ」
「そんなわけないでしょ! ばっかじゃないの!」
「なんだとぉ……おりゃ頭来たぜ!」
「俺も俺も!」
 男たちは寿美花を無理矢理どこかへ連れていこうとしてくる。
「やっ! 放してっ……!」
 腕を振りほどこうとして、寿美花は持っていたおむつの入ったレジ袋を全部落としてしまった。
「や、やめたまえ……」
 震え声が聞こえた。
 男たちと寿美花が振り向くと、そこにはお馴染みの赤い衣装を着て長い白い髭を生やしたサンタクロースが立っていた。ただし、白い髭はつけ髭で、老人というには若すぎた。どこかの店の店員らしい。
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