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月の出た夜に

原作: その他 (原作:刀剣乱舞) 作者: 秋海
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月の出た夜に

夜の縁側というのはなんとも落ち着くものだ。
ここ数日降りそそいでいた雨はようやく終わりを告げたらしく、今日は湿気もなくからっと晴れている。
しかも雲の切れ間から月も見えるとあって、なんとも日本らしい情景を生み出していた。
まぁ、ここは日本というには微妙な空間なのかもしれないけれど。

こんな穏やかな夜なのに、どうして眠れないのだろうとぼんやり考えてみるけれど、やっぱりわからない。
何も不安がないといえば嘘になるかもしれないが、この本丸で審神者として就任してからは三度目の春を迎えた。
次々と新しい審神者が登録されていく中で、私は他の審神者の面倒も見るまでになってきた。
もう、審神者の中では中堅ポジションなのかもしれない。
それでも本丸の運営が上手いかといえば、決してそうではないだろうし、自分の本丸の刀剣男子たちにはいつも助けてもらってばかりだ。
刀剣たちにとっては、まだまだ頼りない主に変わりない。

「眠れないのかい?」

不意に、背後から声をかけられた。
その低く優しい声色で誰かはすぐにわかったため、少々驚きはしたがゆっくりと振り返って顔を確認する。
やはりそこにいたのは、燭台切光忠だった。

「みっちゃんこんばんは」
「こんばんは、お隣いいかな?」

わざわざ聞かなくても座っていいのに。
どうぞ、と隣を提示すれば、寝間着である紺色の着物の衣擦れが聞こえてきた。
二人並んで腰かけると、しばしぼうっと夜空の月を眺める。
本当は、どうしてこんな時間に起きているのかとか、眠れない理由とか、そういうのを聞きたいんだと思う。
でもそれをあえて聞いてこないのが光忠のいいところで、もし話したい場合は、私から話し出すだろう、ということまで考えてくれているのだ。
本当に、見かけだけでなくいい男なのだ、この光忠という刀剣は。

「みっちゃんは、なんでこんな時間に起きてるの?」

視線は月に向けたまま、なんとなく聞いてみた。
そういえば私だけでなく、光忠がこの時間に本丸をうろうろとしていること自体がレアなのかもしれない。
歌仙と共に台所を任されることが多い彼にとって、夜更かしは大敵だ。
毎朝早朝には、この本丸全員の朝食の準備が待っている。
いま手元に時計がないからわからないが、今から寝床に戻ったとしても寝られるのは数時間といったところだろう。

「かぐや姫がいたんだよ」
「かぐや姫?」

彼の口から発せられた以外な単語に、思わず聞き返す。
かぐや姫とは日本の昔話のひとつに登場する姫の名前のことだが、光忠はどこでそれを知ったのだろう。
もしかして、藤四郎兄弟のいる部屋の絵本棚でも見たのだろうか。
光忠の生まれた時代背景と咄嗟に照らし合わせてみたものの、そこまではわからない。

「そう、今にも月に連れてかれちゃいそうだった」

そう言ってゆっくり視線をこちらに向けるものだから、光忠の言わんとしていることがすぐに理解できた。

「……かぐや姫って、私のこと?」
「そう。こんな夜更けに月見てぼうっとしてたから」

追加でふふっと優しい笑みを送られる。
まさかこんな歳になってかぐや姫なんて言われる日がくると思わなくて、私も少しつられて笑ってしまう。
つまりは夜更けに物思いにふける私が心配で放っておけなかったのだろう。
ここまで言われてしまっては、もやもやとした心の内を明かさないわけにいかないじゃないか。

「みっちゃん、お上手ね」
「さて、なんのことだろう」

今さらとぼけたって遅い。
とは言っても自分でもうまく言葉にできるかわからないのだが。
ふうと一息ついてから、ぽつりぽつりと口に出してみることにした。

「私ってさ、審神者としてどうなのかなって」

仕事はこなせるようになってきた。
ミスも減った、陣営もうまく組めるようになってきた、刀剣男子の管理も行える。
それでもケガをして返ってくる刀剣男子は後を絶たないし、手入れ部屋もすぐにいっぱいになる。
私はただ指令を出して、みんなが無事に帰ってくることを、祈って待つしかない。
それは審神者として、できる限りのことをやっていたとしても、拭えない不安と、焦りと、孤独感だ。
普段いくら仲良くしていても、大事にしていても、私はあの子たちを出陣させるほかない。
できることならずっと、この本丸に閉じ込めておいてしまいたい。
どこにも出さず、戦もさせず、この本丸で笑って過ごしてほしい。
それは審神者にとって共通の願いであり、タブーであることはわかっていた。

「……僕個人の意見になってしまうけど」

そっと、間に置いていた手が取られる。
指を絡めるでもなく、握るでもなく、光忠の両手に包まれて宙に浮いた。

「僕には……いや、この本丸の刀剣男子たちには、審神者は君しかいないんだ」

そこで初めて、光忠が眼帯をしていないことに気が付いた。
ふわりと夜風が髪をさらって、金色の色が見え隠れする。

「だから他の審神者や本丸のことはよくわからないけど…みんな、主とこの本丸が大好きだよ」

その金色は月より煌めいていて、ずっと見ていると吸い込まれそうになる。
そんな綺麗な瞳で、こんな素敵な時間に、そんなことを言われたら悩みなんて吹き飛んでしまうじゃないか。

「…みっちゃん、ほんとお上手ね」
「それはどうも」

また、月の出ている夜は光忠に悩みを聞いてもらおう。
そしてもうひとつの月を見て、自分の悩みなんてくだらないと、そう思うことにしようと誓った夜だった。
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