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西瓜悲話

ジャンル: その他 作者: さえもん
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西瓜悲話

 冬が近づくある日、律子は頑張って生えている庭の雑草を抜こうとした。すると、小さな茂みからバッタが顔を出した。
「寒いの。抜かないで」
「あ、ごめん」
 律子は雑草を抜くのを諦めた。

 正月を過ぎ、律子は庭の隅でいつの間にか背丈五十センチほどに育った雑木を切ろうと思い立った。雑木は寒さにも負けず黄色の花々を咲かせていた。
 のこぎりを使おうかと窓越しに眺めていると、二羽のヒヨドリが木の枝に舞い降り、花をついばみ始めた。
「これは駄目ね……」
 律子が憮然としていると、隣から夫の達樹が覗き込んだ。
「あの鳥、ロウバイを食べるんだな」
「あの花はロウバイっていうのね」
「あーあ。これでまた切れないって言うわけだ」
 からかわれ、律子は頬杖をついた。
「だって、美味しそうに食べているのに。人間の勝手な都合で」
「きりがないよ。あの辺を耕したいって言ってなかったっけ」
「そうだけど、私はどうしても野菜を植えないと生きていけないわけでもないし」
「君に農家は無理だな」
 偉そうに言う夫は、農家の息子だった。

 次の春、律子が庭の隅に植えた西瓜の苗が、順調に育っていた。
「たつ君。ちょっと見て。花が咲いてね、可愛い実もついたのよ」
 律子は達樹を家庭菜園まで引っ張って行き、自慢した。
「いいね」
 一旦褒めてから、達樹は怪訝そうな表情を浮かべた。
「西瓜の花って白かったっけ」
「普通は黄色かな。でも、そんな種類もあるんだと思う」
「そうか。まあやったな。今回は、枯らさないように」
 含みのある視線を投げる達樹を、律子は軽くにらみつけた。
「枯らさないわよ」
「あ、ところで、来月親父が遊びに来るから」
 律子の表情が微かに曇った。
「お義父さんが……」
「二泊ぐらいするって。無愛想だから苦手かな。昔の人だから、気にしないでやって」
「う、うん。大丈夫。お話をするいい機会だよ」
「頼む。その頃には西瓜も大きくなっているから見せたら」
「何が何でも立派に育てなくっちゃ」

 それからひと月、律子はせっせと西瓜の世話をした。伸びたつるに他の実ができても切り取り、一つの実に栄養を集中させた。庭は土も雑草も西瓜の葉に覆い隠され、海のようになった。
「たつ君。実が何と、直径三十センチを超えたんだよ」
 達樹はリビングの窓越しに家庭菜園を覗き込んだ。
「おおっ、やるじゃないか。でも」
 達樹はその西瓜をじっと見つめた。
「くびれてないか。西瓜ってこんな形だっけ」
「そうだよね。でもお店で他の苗より高かったし、珍しい品種なんだと思うよ」
「ふうん。そうなのか。そうなんだろうな」
「来週、お父さんに見せるつもり」
「いいねえ。俺は農業に興味がなかったから、親父も喜ぶと思うよ」

 翌週、達樹の父親の辰夫が遊びに来た。
 律子は得意顔で、家庭菜園を辰夫に披露した。
「これは立派な菜園になった」
「ありがとうございます。この西瓜、もうすぐ食べられると思いませんか。よければ今日にも」
 律子は自慢の西瓜を指差し、辰夫が目を細めた。
「どれどれ」
 夫の達樹はいつも遠くから見るだけだったが、辰夫は歩み寄り、実に触れ、それから首を傾げた。
「縞がないな」
「そうなんです。珍しいですよね」
「それにこの形」
「変わっていますよね」
 辰夫は庭いっぱいの葉を眺めてから、困惑の表情で振り返った。
「干瓢だろう。これ」
 律子は目を見開き、口を少し開いて絶句した。
「どうした、干瓢を知らないのか」
「いえあの、干して食べるあれですよね。でもこれは西瓜の苗だと」
 辰夫は腰を低くし、注意深くつるを掻き分け始めた。
「西瓜の苗は、丈夫にするために干瓢に挿したのが上等なんだ。でも台になった干瓢からもつるが出るから、すぐに切らないとな。達樹はこれを見て、何と言ったんだ」
「こんなものかと……」
「あいつも干瓢を知らなかったのか」
「あ、どうでしょう」
 律子は家のリビングのあたりを気まずく振り返った。
「干瓢なんか包丁も通らないし、まずいぞ」
「はい……」
 律子はうつむいて立ち尽くした。辰夫は干瓢をひと撫ですると、達樹を伴いさっさと散歩に出かけてしまった。
 やがてリビングでぼんやりお茶を飲む律子を、達樹が呼んだ。
「律ちゃん、ちょっと」
 呼び出された律子が庭に出ると、菜園の真ん中で仁王立ちした辰夫の足元に、大きな西瓜が置かれていた。買ってきたのだと一目で分かる、ブランドを示すシールが貼られた西瓜だった。
 達樹が大げさな口調で指差した。
「わあ、立派な西瓜ができたなあ」
「あ、ありがとう、ございます……」
 その反応を見て辰夫は口をへの字にした。
 そしてとうとう我慢ができなくなり、笑い出した。
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