ACT034 『襲撃』
地上には長らくのモビルスーツを使った紛争の歴史の結果、あちこちに旧式のモビルスーツが存在している。モビルスーツという兵器は、かなり有能な兵器である。
何が有能かと言えば、元々、資源に乏しいスペースノイドたちが基礎設計を行ったことにより、リサイクル面で異常なまでに優れている。
そこらの砂漠に長らく放置されていたはずの、年代モノのグフでさえも、回収して錆を削り落とし、新品の電子部品を埋め込めば?……生産当時のスペックを、20%近く向上させた機体となって機能した。
「ルオ商会製、『グフ・カスタム』……夜戦仕様であり、まっ黒ですぜ」
格納庫にあるそのモビルスーツの足下で、隊長は得意げに語った。新品のオモチャを自慢してくる男の子みたいね。そんなことをミシェル・ルオは考えてしまう。
不謹慎なことね。
この巨大なヒト型のロボットは、オモチャじゃない。たくさんのヒトの血を吸い上げてきた、邪悪な殺人兵器だった。
……しかし、モビルスーツ・パイロットとしての気持ちが騒いでいるのだろう、ベテランのはずの隊長も表情を綻ばせている。
「大昔の愛機に、そっくりだ」
「そうなの。ザクの使い手だと思っていたわ」
「ザクも乗りこなしていましたがね、一番、好きなのは、このグフというモビルスーツです。地上戦での強さは、乗り手次第では、ガンダムにさえも勝るでしょうよ」
「……そんなグフ・カスタムが……4機ね」
「ええ。ミシェルお嬢さまの情報が正しくて、相手さんの戦力が、陸戦仕様の旧式ザク5体だけだというのなら……我々の圧勝は間違いありません」
「そうね。この私を乗せているのだから、圧勝してもらわなければならないわ」
「……分かっていますよ。お嬢さまが乗っている、オレの期待に砲弾がかすりでもすれば……オレの部下たちは、ニューホンコンの海に浮かぶことになる」
「ウフフ。海水浴をする季節じゃないわよ、北半球は」
「……季節外れの海水浴をしなくても済むように、部下どもには言い聞かせています。ですが、もしもの時には、オレの機体も前に出ますよ?……それでも」
「構わないわ。私はね、実戦を味わいたいのよ。超一流のモビルスーツたちの動きを、楽しませてもらうわ。何度も、同じコトを言うのは嫌いよ」
「……了解です。では、こちらにどうぞ」
「ええ」
隊長にエスコートされて、ミシェルは『グフ・カスタム』に乗り込んでいく。旧式のコクピットは広々とはしていない。視界は狭いが……他の機体と、そして、この輸送機からのカメラの映像をリンクしている。
「航空支援もあります。ヤツらは、旧ザクだけ。こちらの戦力は、圧倒的。蹂躙することになりますよ」
「それでいいのよ。内輪モメで、ネオ・ジオンの残党と、『袖付き』の残党は殺し合ってしまった……そんなシナリオで行くわ」
「そのために、ジオン系のモビルスーツで揃えたわけですか」
「そうよ。私たちが、彼らを殲滅した後で、工作部隊がそのシナリオ通りに現場を編集することになる」
「内輪モメに巻き込まれて、捕虜の地球連邦軍少佐も死亡するわけだ」
「……ええ。あるいは、私たちが回収したって、別に問題はない。どちらでもいいわ。捕虜がいるんじゃ、地球連邦軍は攻められない……テロリストみたいなジオンの残党たちと違って、少佐は本物の軍人だから」
「捕虜になる権利を持っている」
「そうよ。戦争も、法律が支配している」
ジオン共和国政府に自国の軍隊と認められてはいない、ジオンの地上残党勢力は、軍人という身分は保障されていないのだ。
捕らえられたなら、ただの犯罪者として処分される。彼らの抗争活動は、ただの殺戮としてしか、法律は評価しない。
「……自暴自棄になって、潰し合う。地上に捨てられたジオンの戦力には、よくあることじゃありますな」
「かつての同胞を殺すことには、抵抗が強いでしょうけれど。頼んだわよ」
「安心して下さい。オレは傭兵。過去のしがらみのせいで、狙いがブレることはない」
「頼りになるわ。この席でいいのね?」
「ええ」
ミシェルは狭いコックピットをさらに狭くしている、サブの座席に跳び乗った。パイロット席の横にある、ミシェルのためにあしらえた座席だ。座り心地は、高級なソファーのそれには大きく劣る。
武骨で硬い感触……でも、ジュナ・バシュタは、同じような席に座っている。この席は、ナラティブに使われているものと、同型のものではあり、ミシェルがそれを望んだから、ここにあった。
「良い席だわ」
「そうでしょうな。ここからなら、戦場がよく見えますよ」
「ヒトが殺し合う、恐い場所がね」
……ヒトの死を浴びることになる。私も、ニュータイプもどきなのよね。ならば、ヒトの命が壊れる時に放つ……魂から解き放たれる感応波を、感じることだって不可能じゃないはずよ。
この席には……サイコフレームが仕込まれているんだもの。NTDは無いし、グフ・カスタムの操縦系とは切り離されているけれど。ヒトの死を、魂を、保存するための鋼があるのよ、ジュナ……?
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。