ACT020 『トレンド』
エンジニアにはマニアが多いものだが、そのエンジニアもまたマニアであった。ジュナ・バシュタ少尉はそれなりに美人であり、男にはモテる。女の方には、もっとモテたが。
人間の美人の特権を行使することも出来るのだ。オタクを饒舌にさせる方法を、彼女は心得ている。じっと見つめて真剣にハナシを聞いてやればいいのだ。出しゃばることなく、おしとやかに。要所でうなずくことが肝心だった。
エンジニアは情けなくも術中にハマり、おそらく本来は発言を禁じられている部分についてまでジュナに教えてくれるのだ。
「……元々、アクシズ・ショックの『爆心地』だったνガンダムに使われたサイコフレームだって、ネオ・ジオンからのプレゼントだったというハナシもあるんすから」
「……ネオ・ジオン。シャア・アズナブルの率いた組織か」
「そうっすよ。ライバルのハズのアムロ・レイに送りつけたっていう噂話もあるんすよ。あくまでも噂っすけどね」
「とんでもない噂だな」
「ええ、まあ。敵に塩を送るっていうレベルのハナシじゃありません。サイコフレームはご存じの通り、金属としても優れている」
「ニュータイプや強化人間の放つ、強い感応波を浴びている時は極めて頑丈になるってヤツだな?」
「それっすね。『ユニコーン・タイプ』のなかには、モビルスーツの合金を素手で破壊する硬度まで高められた機体もあって…………あ」
言わない方がいい言葉だったのかもしれない。エンジニアは口を手で覆い隠すが、後の祭りである。ジュナは微笑んだ。
「……ここでの会話だって盗聴されているんだろうが、ブリック・テクラートは会話ログの履歴を削除してくれるよ。そうだろ?ブリック?」
研究棟の天井に仕掛けられている、いくつかの監視カメラ。その一つを見つめながら、ジュナ・バシュタ少尉はウインクをしてみた。ヤツに色仕掛けは通じるだろうか?
美形はオタクなエンジニアどもとは違い、相当に遊び慣れている。乳でも晒して誘惑しても、花で笑われるかもしれない。
だが、ヤツだって、ムダにミシェルを刺激することは避けるだろう。ミシェルは……目的のためなら、法律やルールだって気にしちゃいない。
どんなコネを使ったのかは分からないが、地球連邦軍の極秘施設とやらを、我が物顔で利用している。
それに、仮にも連邦軍人であるジュナを、無理やりに『出世』させた。少尉にしてしまった方が、色々と扱いやすくなる―――そのためだけに、一人の軍人を無理やり昇級させたのだ。やり口が、とんでもなく強引だった。
こんな事実については、全て消し去りたいと思うに決まっている。
「ブリック・テクラートは、お前のうっかり発言も含めて、全てを隠蔽してくれるさ」
「は、はあ……でも」
「不安に思うことはない。ミシェル・アベスカは……いや、ミシェル・ルオという女を可能な限りフォローするように、あいつは動いてやるだろう」
そんなヤツじゃなければ……ミシェルは信用したりしないだろう。狐のように狡猾で、臆病者でもある。そして、策士で……目的のためには手段なんて選ばない。
「ボク、消されたりしないですよね?」
「ハハハ。大丈夫だろ。中の上のパイロットである私さえも必要とするぐらい、人手不足なんだ。有能なエンジニアを殺したりはしないさ」
「……ですよね?」
「だと思うぞ」
その言葉にエンジニアは安心したようだ。太り気味の腹を揺らしながら、ゆっくりとしたため息を放っていた。
ジュナとミシェル。自分たちがどんな関係性なのかまでは、完全には教えられていないようだが、両者が『親しい間柄』にあるというコトぐらいは、ここのスタッフは認識している。
あのルオ商会の特別相談役と、親しい。神さまの友だちとでも出会っている気持ちになるのかもしれない。このエンジニアの出世も、何なら生死さえも、ミシェル・ルオは自由に出来る存在なのだろうから……。
「……とにかく、安心して口をすべらせろ」
「そういうわけにはいきませんってば?」
「ユニコーン・タイプってのは、何だ?……このナラティブも、そうなのか?」
「……いえ。ナラティブは、違います」
「じゃあ、『ターゲット』が『それ』なのか?」
「……は、はい」
「だと思ったよ。ユニコーン、ときおり、アンタたちはその単語を口にする。『不死鳥狩り』に、『乙女を守る一角獣/ユニコーン』……なんだか、大きな劣等感を抱えたヤツが、ネーミングしたような気がする」
神話の獣たちをを利用する?……『ナラティブ/神話』という存在も、そいつらの仲間と思ったが、違うらしい。似たようなネーミングだから、意識をしてつけられたものだとは類推できるが……考え過ぎか?
「まあ。ナラティブは旧式の機体だしな……『ターゲット』がナラティブなら、ハントするのも簡単そうだったんだがな」
「……ええ。正直、特殊部隊用にチューンされたジェガンの方が、ナラティブよりも高性能機になりますよ」
「技術の進歩ってヤツか」
「初代のガンダムだって、現行の機体から比べれば、スペックではかなり見劣りします。もちろん、設計哲学のトレンドってものが違って来ていますから、旧式の機体でも、現行機より優れた点があったりしますけどね。フレームの地金の強さとか」
「『トレンド/流行』ね?……つまり。いまは、装甲に施される細工の方に重視しているわけだ。『骨』よりも、『革』に」
「そうです。もっと装甲の強さが増して行けば、より軽量化するんじゃないでしょうか。エネルギーの消費や、格納庫への収納スペースが減りますし……おそらく、小型機の方が操縦性が増します」
「18メートルの巨人たちも、技術の波に淘汰される運命か」
「そうでしょうね。エネルギー兵器の性能も上がっていますから……」
「小型機の方が、当たりにくくて優れているというわけだな。デカブツは、ただの的になると」
「マンモスだって、滅びましたから。小型化は、競走能力を下げるとは限りませんよ」
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