ACT163 『スペース・トレーニング』
宇宙空間に適応するための訓練が、若手パイロットたちに施されていくことになる。
大尉とイアゴ・ハーカナ少佐、そして肋骨が折れたままのスワンソン大尉が、交替交代に宇宙を初めて知る若手パイロットたちを鍛えあげていく。
大尉と共に、アフリカにおける『モビルスーツ・ゴルフ』の猛者でもある双子たちは、それなり以上の宇宙適性を見せた。
大尉並みにとまではいかないまでも、かなり柔軟な思考と操縦技術を持っているこの二人は、宇宙空間という上下の概念がない場所に対しても、感覚的に適応していくのである……。
「……やっぱり、『モビルスーツ・ゴルフ』のおかげだろうかね」
大尉の発言に、スワンソン大尉は首を傾げている。
「なんだい、そりゃ?聞いたコトがない単語なんだが?」
「オレちゃんが始めた新型スポーツだ。特許も申請したかったが、タイミングなかったからやってはいないがな」
「はあ?……具体的には、どんなスポーツだっていうんだよ?」
「名は体を表している」
「まさかだが、モビルスーツで、ゴルフをするっていうのかい……?」
「ご明察だよ、スワンソンくん。オレたちは、モビルスーツでゴルフが出来るんだ。鉄塔で作ったドライバーでな、15キロ先まで、ドラム缶を叩き飛ばしたりする。実に豪快な遊びだ」
「そんなマニューバ出来るのか?」
「出来るようにすれば、出来る。モビルスーツを手足と同じように使えるようにすれば、それぐらいは出来るな。あの双子は、バカだ。しかし、バカゆえに遊ぶことに対しては、どこまでも積極的なんだよ」
「そんなヤツらを躾けるために、アンタはそんな遊びを考案したわけか」
「そういうことだ。脳内に、新たな神経の伝達網を作るようなもんだ。モビルスーツでスポーツをすれば、火器官制やただの指の操作として叩き込む、格闘戦用マニューバのそれを、はるかに上回るテクニックが身に宿るってわけさ」
「……たしかに、モビルスーツと自分の認識が一致していなければ、そういう動きは出来なさそうだ……オレも、出来そうにないな、モビルスーツ・ゴルフ」
「どんなベテランでも、最初は空振りしちまうな。ドラム缶を正確にヒットさせるマニュアル操縦なんざ、考えたこともないはずだ。だが、慣れれば出来る。それが出来るようになっていれば、まあ、一人前じゃあるよ……オレちゃんは、そう考えている」
「なかなか、ユニークな教官殿になりそうだな。アンタ、引退してそっちに回れって、良く言われていたんじゃないか?」
「……オレちゃんは、ルーキーどものお守りなんてしたくねえな。イアゴ・ハーカナ少佐みたいな、マジメはないんだよ……他人さまのガキの命なんて、背負いたくもない。あのバカども2匹で、十分だったよ」
「そうか。いい教官になっただろうな……マジメにやったとすれば」
「……なかなか、マジメにやるってことは、オレちゃんにとっては、難しい過大じゃあるんだがな……まあ、今はいい。さてと……カリキュラムの進捗はどうなってるかなー」
「三人とも、横並びだ。正直、ジュナ・バシュタ少尉は遅れるかと思った。あの双子たちほどの柔軟性が無いと思っていたからな」
「同感だね。でも……宇宙に対しての適性があるらしい……感覚を広く捉える。それの仕方を、まるで本能的に知っているかのようだ」
「ああ。宇宙に出て、本格的な戦闘もしてはいないのに……シミュレーターのログを解析して出た評価……3%も向上しているな。宇宙遊泳で、感覚を掴んだのか?」
「……パイロットとしての腕前は、せいぜい上の下ってところだ。経験値を補い切るほどの才能を、彼女は持っちゃいないよ」
「そんな感じじゃあるな。悪くない、優等生ってタイプだ。あと5年あれば、シェザール隊のメンバーになれるだろう」
「そうだろうね。そんなレベルでしかない……でも、きっと、ニュータイプとしての適性みたいなものは、オレちゃんたちよりも、何十倍もあるんだろう。理不尽なまでの索敵能力を発揮し始めたり、脅威的な回避運動に命中精度。パイロットの技術を超えた、感覚の世界……そういうモノを、彼女は持っているのかもね」
「……ちょっと羨ましくなるな」
「まあ、たんに精神力の問題かもしれない。失敗の数は、双子どもよりも多いんだが、あきらめずに何度も同じ課題に挑戦する。地道に、前進する。それを高頻度で繰り返すタフさもある。やっぱり、強化人間的な体じゃあるわけだろうね」
「強化人間の体に、ニュータイプの感覚。そのうえ、上の下のパイロット・センス。これに経験がそろえば……大化けするかもしれないのにな」
「5年後は、オレちゃんよりも強くなっているかもしれないな。戦場で、罪に穢れながらモビルスーツを狩りまくればだが……そういう時代にならないことを選ぶよ」
「そうだな。ネオ・ジオンの急先鋒であった、フルフロンタルも死に、『袖付き』も大半が崩壊した……ジオニズム運動は、地球圏ではなく、火星で行われるようになっている」
「次の世紀は、平和なものにして欲しいものだね」
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