ACT099 『新たなる者』
ジェスタにそれを選ばせる―――二刀流。ビーム・サーベルの二刀流だ。
オレには、彼ほどの鋭い剣術のテクニックはないが……手数で勝つほかない。説得は……やはりムリだったようだな……それが、最も勝率が高い手段だった気がするが。
『行くぞ』
「来やがれ!!」
『ネームレス1』が『シェザール1』に迫る!!……速い。機体に蓄積されたダメージの差と……サイコミュの有無の差か……しかも、接近戦ではサーベルのテクニックでは、こちらが不利……。
とはいえ……アイデアは有るんだぜ?
ヤツのサーベルが踊り、オレのサーベルの隙間を抜き去る。風のようにやわらかく、こちらの防御に差し込んでくる。剣の達人がサイコミュを使うと、こんな風に機体は動くのかよ……ズルいけれどさ―――アイデアはあるんだ。
サーベルが音速を超えているような勢いで突きを放ち、こちらの機体の腹を貫く。
『しょ、少佐あああああああああああああッ!!?』
焦るなよスワンソン、モビルスーツは腹を貫かれたぐらいでは死なない。そのまま、素早く、斬り上げて、コクピットを焼き払って仕留めるんだが……二刀流を、オレは使う。
斬り上げようとするサーベルを、右のサーベルで受け止めていた。これで、腹は壊せても、コクピットにいるオレまでは焼き殺せねえのさ。
『なにッ!?』
「……まともに斬り合ったら、勝てなかったよ!!」
左のサーベルを、思い切り振り抜いて……ヤツがいるはずの胴体を縦一文字に斬り裂いた!!
『ね、『ネームレス1』ッ!?』
『……大丈夫だ……私は、まだ、戦える!!』
そうらしい。サイコミュめ。見たコトも無いぐらい速いバックステップを機体に刻ませやがった。ヤツはビーム・サーベルを手放させつつ、後ろに下がった。素早く、予備のサーベルを抜こうとしているが―――。
「―――させるかあああああああああああああああああッッッ!!!」
スラスターを噴かせて、ヤツに迫る。ジェスタの動きが悪化した下半身を引きずるようにして、無理やりに間合いを詰めていく。
ヤツはジェスタ乗りらしく、この密着戦に対して、頭部のバルカン砲を起動させる。
疲弊しているこちらの装甲に、至近距離からのバルカン砲の威力は、なかなかに有効打となっちまうが……やられたらやりかえすのが、同機対決の味ってもんだろうよ!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
気合いを叫びながら、バルカン砲を起動させる。
ダルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルッッッ!!!
お互いの攻撃が、お互いに降り注ぐ。装甲のあちこちが火を噴きながら、オレはヤツの機体に取りつく。ヤツはサーベルを振り上げていた。あのまま、それが落ちてくれば……オレは終わりってことだった。
「……クソがッ!!」
人生最後の言葉にしては、汚すぎる言葉を口にしつつ―――自分に死をもたらすビーム・サーベルの輝きを睨みつけていた。
水素の放つ、強力なエネルギー……ピンク色の美しくも、自然界にはやや毒々しいその輝きに、イアゴ・ハーカナ少佐は過去の戦友たちの散り際を見ていた。
宇宙では、あの色となって消えて行くのだ。
過剰なエネルギーを帯びて、鮮やかなピンクの爆炎へと至る水素の奔流……それを思い浮かべていたが……イアゴ・ハーカナ少佐に死を与えるはずの輝きは、暗むオーストラリアの夏空を照らすのみで、ピクリとも動きやしなかった。
「……どう、して……?」
そう呟きながら、イアゴ・ハーカナ少佐は状況を確かめるべく、視線をあのビーム・サーベルから離していた。
下に向ける……視線は、ゆっくりと下がっていき、斬り裂かれた装甲を見つめる……その奥に……人影があった。いや……正確には、とっくの昔に、それは……ヒトの形なんてしてはいなかった。
ビーム・サーベルに斬り裂かれた装甲に、バルカン砲の弾丸が注いでいたのだ。それは、ヤツがいたコクピットの中へと侵入し、その内部で跳弾することで……ヤツの体を散り散りになるまで、暴力的に切り裂いてしまったのだ。
「……うぐっ!!」
重力加速度が由来ではない、嘔吐の衝動をイアゴ・ハーカナ少佐は感じる。好敵手の死体は、想像していたよりも……ヒトの形から離れていて、もはや……ただの肉のカタマリに過ぎなかった。
『……『ネームレス1』!!『ネームレス1』!!……う、嘘!?……ば、バイタルが……止まってる……ッ!?し、死んだというの、『ネームレス1』ッッッ!!!』
若い女の声が、悲しげに戦場に響く頃―――主からの信号を喪失したビーム・サーベルは、ゆっくりと消失していき、イアゴ・ハーカナ少佐の最も新しい罪を、闇のなかへと隠してくれる。
「……すまねえ。もっと、違う形で……勝つつもりだったんだが……」
『……少佐……少佐。こ、この女、この女ぁああああああッッッ!!?』
「どうした、スワンソン……っ!?」
『……し、死んだなんて……こ、殺されただなんて……ッ』
……女の声が、無線に乗った。その声は情緒不安定な者のそれを感じさせる。
戦場で僚機を失った者は、大きな喪失感と共に精神を狂わせることがあるものだ。壊れた。敵の2番機のパイロットは僚機を撃破されたことで、精神の安定を崩壊させてしまったらしい。
若い声が戦場に叫ぶ、認めがたい現実を拒絶しようとしているのだ。
『うそだ。うそだ。うそだあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!!!』
……そして。絶望は……一人の悪鬼をこの戦場に覚醒させることになる……スワンソンは見ていた。最も近い場所から、その覚醒を。
目の前にいるジェスタの装甲に、赤い光の筋が浮き上がる……初めて見る色であったが、本能が、それを危険だと判断させていた。
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