ACT064 『ジュナ・バシュタの目覚め』
ジュナ・バシュタ少尉は筋肉痛の体のまま、ベッドの中で目を覚ましていた。
過密な訓練は彼女のパイロットとしてのテクニックと、ニュータイプもどきとしての能力を磨いていはいたが、肉体には確実に疲労を蓄積させていたのである。
……しかも、何だか悪い夢を見た気がする。
どんな夢だったのかは、思い出せやしないが、何か得体の知れぬ寝苦しさを、彼女は感じ取っていたのであった。
北半球にいるミシェル・ルオが、ジュナ・バシュタに抱く妄執を、この施設で特訓を重ね、サイコフレームに触れている彼女の拡張されつつあるニュータイプ能力が受信していたのかもしれないが、真相は誰にも分からなかった。
「……なんだか、えらく疲れた気がするわ」
ゆっくりとベッドから身を起こす。精神的にも疲弊してはいるが、肉体的な疲れは、それ以上である。
過酷な訓練に、彼女の体はそろそろ限界を迎えつつある……だが、手応えは感じていた。自分は、おそらく1週間前の自分よりも、はるかに強いだろう。
中の上という評価を、卒業することが出来ているのではないか?……そんな考えを抱けるほどには、自分の身体を鍛え抜いたという自覚が彼女にはあるのだ。
ジュナは筋肉がわずかに増した自分の身体を、ベッドから起こすと。シャドーボクシングを開始する。強化人間もどきでもある自分の身体は、いい動きをする。
生身を使った格闘戦だけなら、ジュナは男の兵士にも負けることはない。相手が強化人間であったりすれば別のことだが―――。
―――強くなる。そのことを求めていたわけじゃないつもりだった。目立てば、かつての経歴がバレてしまうから……しかし、今は違う。
過去のことを隠すこともなく、『不死鳥狩り』という目的のためだけに、己の強さを鍛え上げている自分がいる。それは、一種、清々しさを伴う行為でもあった。
この道の果てに、リタ・ベルナルとの再会が待ち受けていると思えば、心には翼が生えるようだ。
会ってみせる。捕まえてみせる。リタを……そして……そして……許してもらえるかは分からないけど、謝るのだ……。
「……15ヶ月……ううん。10年か。それだけの年月、遅いのかもしれないけど。それでも、私はリタに会いたい……謝りたいし―――答えてあげたい」
―――『もしも、生まれ変わったら……私は鳥になりたい』……リタ・ベルナルはかつてそうジュナ・バシュタ少尉に言ったのだ。そして、ジュナは問われた。
『ジュナは?……生まれ変わったら、何になりたいの?』……答えることは、出来なかった。
だって。
生まれ変わるってことは、死ぬってことだから。それを考えることって、恐いじゃないか。そうさ。リタは、分かっていたんだと思う。
だって、あのオーガスタのなかで、ただ一人だけの本物のニュータイプだったから。未来を見通す能力を、彼女は持っていたんだから。
だから、訊いたんだ。
訊いてくれたんだ。
死ぬかもしれない未来があるから。それは、多分、運命ってヤツで。あのコロニー落としみたいに絶対で、どうすることも出来ないほどに圧倒的な力なんだろう。
運命は、ヒトを縛り、強いるんだ……この、クソみたいに下らない自分たちの人生が終わった果てに……もしも、神さまが『次』を用意してくれたとするのならば……『何』になりたいのか。
リタには、そう訊いてくれることしか、出来なかったんだ。
私とミシェルが、どんなに小細工を使ったとしても……結果的には、リタを守れなかったように。運命ってのは、本当に残酷で……それがさ、きっとリタには最初から見えていたんだと思う。
「……ナラティブとつながっていたら、あのサイコスーツを着ていたら。リタ、お前のことが、前より分かるんだよ。私は……お前に謝りたい。謝って、あの時の答えを……お前に言うんだ…………まだ、『何』に生まれ変わりたいのかは、分からないんだけどさ」
ジュナ・バシュタ少尉は、自分の首から下げているネックレスを見る。親父の形見の翼のモチーフ。オーガスタ研究所が、私たちから奪わなかった数少ない持ち物だ。
リタは……まだ、持っているのだろうか?奪われては、いないのだろうか?
……ミシェルは……たぶん、持っているだろう。そうじゃないと、私はともかく、強化人間として実験機に乗せられていたリタのことまで、見つけられるはずがない。
「……知ってる。知らないフリをしようとしていた。なんか、ムカつくから。アイツ……ずっと、執念深く、探していやがったんだ。私のことも、リタのことも……忘れちゃいなかったんだろうな……」
連邦軍の秘密施設を占拠して、アナハイム・エレクトロニクスから旧式の試作機とはいえガンダムを地球に密輸して、オーストラリアで組み立てている。
そんなことをしているんだ。ミシェル・ルオには、とんでもなく大きなリスクが発生する。
「……リタのことを、取り戻そうと必死になってはいるんだよな……アイツ、プライドが高いからさ……認めたくないんだ。自分が立てた作戦が、上手いこと行かず……私たち三人を、救えなかったこととか……」
……自分は、少しだけやさしくなれている。ニュージーランドにいた頃より、自分を隠さなくて済むからか?……それとも……シミュレーターが見せた、ニセモノだったかもしれないとは言え……。
「……アムロ・レイ。アンタに、謝ってもらえたからかな……あの、どこか情けなさを感じるほどに、やさしい声でさ……」
少なくとも、今は、かつてほどアムロ・レイには恨みがないのは事実だった。
幻聴一つで、ここまで自分の怒りが少なくなるとは、何だかチョロい女だと思われそうだから、誰にも一生、語ることはないだろう。ジュナはそう確信している―――。
『―――ジュナ・バシュタ少尉。そろそろ起きて下さい。今日は、忙しくなりますよ』
「……ああ。分かっているよ、ブリック・テクラート。ナラティブの『初陣』だもんな」
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