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白鶴報恩奇譚

原作: ジョジョの奇妙な冒険 作者: ロコモコ
目次

拾弐羽

「雌?」
「ええ。彼女は『女の子』です」

 二人は保護した孤児の雛に名前を授け、我が子さながらにとても良く可愛がった。
 若者に至っては『彼女』と会話が出来ているのかすぐに仲良くなり、そんな彼の教育の賜物なのか、二人の『娘』はいつの間にか人の言葉すらも理解している素振りを見せるようになっていた。
 してはいけない事や触ってはいけない物もよく判別し、若者や男の言い付けはちゃんと守る。外に出してもらえた時は存分に遊び、夜や男の作業中は驚く程に指示を聞いて、囲炉裏の側で静かに座っていた。

「徐倫」

 男が呼べば、娘は少し成長した身体を持ち上げて一歩、一歩と歩み寄る。すぐ傍らで足を止めた娘の背を優しく撫でると、男は紙を木板に乗せ、炭の欠片を持って娘の真正面に身体の位置を変える。

「羽根、広げられるか?」

 彼女は首を上下に動かし、ふわふわと産毛の浮く翼を数回震わせる。男に背を向けてまだ小さな両翼を精一杯に広げると、顔は右を向くように、という指示通りに頭を男へと向けた。

「十数えるまでそのまま動くなよ。すぐ仕上げる」
「もう、またやってるのかい?」

 隣の納屋へ野菜を取りに行っていた若者が戻ってくると、馴染んだ光景に呆れつつも笑みを浮かべる。娘は一度だけ声のした方に顔を向けたが、すぐに指示された体勢に戻し、男の写生が終わるのを待っている。
 外は夕暮れ、若者の瞳と同じ色の背景で娘を写せる幸せを噛み締めながら、男は紙と木板を置いた。

「……もういいぜ。有り難うな」

 男の言葉に娘は羽根を閉じ、すぐさま男に擦り寄って胡座を掻く男の足下へ潜り込む。愛らしい姿に男は目を細めて優しく背を撫でるが、その様子を見ていた若者は炊事場に向かいながら苦笑する。

「可愛い被写体に、君もすっかり骨抜きですね」
「ああ。そこら辺の人間よりも可愛げがあるし、今限定の産毛が肌に気持ちいい」
「承太郎、親バカもいい加減にしないと妬いちゃいますよ?」
「まだあるぜ。何よりこの子は『親』に似て賢い。大きくなっても、その『親』に似た『美しい姿』に成長するだろうよ」

 男は娘をそっと脚の上から降ろし、腰を上げて炊事場へと足を進める。此方に背を向けたままの若者の腰に腕を回して後ろから抱き締めれば、純白の布地から伸びる首筋が、少しだけ朱に染まっているのが分かった。
 その肌に男が唇を寄せれば、水瓶から汲んだ水で野菜を洗っていた若者が、小さく声を漏らして身を捩る。

「……ん、待って。まだ駄目だよ」
「煽ってくるお前が悪い」
「またそんな事言って、僕がいつ煽ったのさ?」
「今もだぜ」
「もう」

 毎日恒例でもある彼等の『じゃれ合い』が始まり、またか、と言わんばかりの幼い娘は頭を振って首を擡げた。大変に仲の良い『両親』に娘は心から感謝し、また二人をとても尊敬し愛していたが、些か激しい親達の睦言には彼女も呆れながら見て見ぬ振りをするしかなかった。
 しかしその時、娘はある気配を察知して徐に立ち上がる。駆け寄ってくる爪の音に気付いた男が足下の娘を抱き上げた時、若者の目付きも鋭いものへと瞬時に変わった。

「……承太郎、誰か来ます」
「何人だ」
「歩幅から、恐らく男が三人。知らない気配だ、街の人間かも」
「了解」

 男は娘を若者に託し、機織り機のある隣の部屋へ隠れているよう指示を出す。巣の代用に空けた大きな葛籠を囲炉裏の部屋から隣に移し、若者は声を上げないよう娘と約束を交わしてそっと葛籠の蓋を閉めた。
 その瞬間、戸板を叩く音が響く。二人に緊張が走るが、男は戸板を開ける事無く、炊事場の小窓から外を覗き込んで相手を確認した。

「……もうすぐ夜だぜ、こんな時間に何の用だ」
「ああ、いらっしゃいましたか。お久しゅうございます」

 男は、答えたその相手に見覚えがあった。確か以前、トラバサミに掛かった『彼』を看ていた頃に一度顔を見せた若い男だ。
 見たところ、頭の悪い男ではないだろう。一度断られておいて、二度も同じ目的でここまで来るとは思えない。男が相手の目的を推察すれば、先日見逃がしてやった密猟者の事についてかも知れない、という事に行き着いた。

「今、お時間戴けますか?」
「玄関を開ける気は無ぇ。用ならそこで話しな」
「実は、貴方が街の絵付け師に流している『反物の生地』についてなのですが」

 男が眉間に皺を寄せ、隣で聞いていた若者に戦慄が走る。

「あの美しい生地がどうやって織られているのか、御存じですよね?」
「……さぁな」
「では、鶴の羽根が使われている事は? その材料が一体どこから仕入れられているのかは、此方としては存じ上げませんがね」

 神経を逆撫でするような、『含み』を込めた言い回しに男は小さく舌を打つ。
 「どうせ自分達は鶴を独り占めしているんだろう」、と言われている様な不愉快さを喉元で飲み込み、苛立ちを箸を回す手遊びで発散させながら「用件を言え」と低く催促する。
 男の『正体』を知らない『余所者』の彼等は、男の事を『商売の種』としか見ていない守銭奴だ。金さえ出せば、という意地汚い方法を、何の躊躇もなく男に提案してくる筈である。

「人の手であの羽根を織り込むには相当な技術と経験を有します。是非とも、制作者様を我々にご紹介願いたいのです」

 その瞬間、男は持っていた箸を簡単にへし折ってしまう。その音は若者の肩を飛び上がらせたが、外には届かなかったらしい。

「勿論、制作者様にも『良いお話』をお約束しますし、ご紹介下さった貴方にも『お礼』をさせて戴きます。以前は猟の解禁を断りになられましたが、それは貴方のお仕事もありましたが故、今回は間違い無く損の無いお話に思いますが」

 止まらない相手の回る口に、男は溜め息を吐くどころか嘲るような乾いた笑いを零した。

「……やれやれだぜ。俺には何の得も無ぇ話だな」
「そう仰有らずに……!」
「今日はもう遅い。この近くの集落で宿を取って、街へは明日帰れ」

 小窓を閉め、完全に外との交流を断ち切る。暫く戸板を叩く音が鳴っていたが、諦めたのか彼等は来た道を引き返したようだった。
 男はやれやれ、と呆れた様子で首を振りつつ、完全に足音が聞こえなくなった事を確認して隣の部屋に「もういいぞ」と声を掛ける。

「……去りましたね。でも気持ち悪いな、まだ気配が残ってる気がする」
「お前の事に気付いた所で、奴等は何も出来ねぇだろ。徐倫も出してやろう」

 既に葛籠から出され、若者の腕に抱かれて連れて来られた娘は座敷の上に降ろされる。小さな翼を広げて筋を伸ばす彼女を見て、二人はやっと顔を見合わせて安心に微笑んだ。
 夕食を済ませ、『三人』で湯浴みに入り、夜更けの頃には炊事場の小窓から覗く月を肴に晩酌を嗜む。もちろん男の一人酒だが、若者は彼に燗を注いでは、傍に寄り添い共に会話を楽しんでいた。

「……寝ちゃったか」

 娘の背を撫でていた細い指が、眠りに着く彼女をそっと抱き上げる。藁の敷いた葛籠の中へ彼女を起こさないよう移した時、若者は不意に腰帯を引かれて後ろに倒れ込んだ。
 小さな悲鳴を上げた次の瞬間には、彼は男の腕の中に収まっている。

「危ないな、気を付けておくれよ承太郎」

 呆れた様に溜め息を吐く。しかしその夕暮れ色の瞳は、艶やかに男を見つめ返していた。

「……花京院、『子供』はもう寝静まってるぜ」
「そうだね」
「これからは『大人の時間』、だよな?」
「……かもね」

 下に敷いていた毛皮の上に若者を降ろし、男は体勢を変えて相手を組み敷いた。肌に感じる柔らかい毛を指で遊びながら、若者は男を見上げて優しい笑みで見つめ返す。
 そっと頬に唇を寄せ、男はその耳元で低く、小さく囁いた。

「……お前を、喰いたい」
「……ええ、どうぞ」

 召し上がれ、と可笑しげに笑い声を零す若者は、男の首へ細い腕を回す。互いを掻き抱いて着物を剥ぎ、強く肌を重ね合わせれば、後はひたすらに激しい熱を求め続けていった。


*


「……夏が来る頃には、徐倫も一人で魚を獲れるようになるだろうな」

 葛籠の中で眠る娘を見つめながら、男は傍らに寄り添う恋人へ向けて呟いた。男の体温を背に感じながら自分の赤い前髪を指で弄る若者は、少し目を伏せて男の方へと身体の向きを変える。

「……僕達が居なくなると、承太郎は寂しいと思いますか?」

 その視線は伏せられたまま、男の顔を見上げる事は無い。男は彼を引き寄せ、後ろ髪を撫でながら小さく笑った。

「そりゃあ、その時になれば寂しいと思うだろうな」
「………………」
「だが、あの湖で仲間と共に暮らす事こそがお前等の幸せなら、俺はそうすべきだと考えている。お前も鶴に姿を戻せるのなら、人間の側に居るべきじゃあない」

 若者は答えない。男には若者が今何を考えているのか分からなかったが、それでも、何かを不安に感じている様子を窺わせる表情に苦笑し、男は目の前の白い額に唇を触れる。

「花京院、俺はもう覚悟している。次の生え替わりの頃にはお前の羽根も生え揃うし、湖の群れと平穏に生きていてくれればそれでいい。お前が美しい姿をあの水辺で見せてくれるなら、俺はそれだけで幸せに思うぜ」
「……僕は……」

 若者は揺れる瞳を男に向けるが、何かを言おうとした口元は開きかけたまま動かず、男の頬にただ柔らかく触れた。突然の事で目を丸くする男に、彼はその手を男の頬に這わせながら、優しい眼差しで笑顔を浮かべる。
 どこか、哀しげな色を覗かせながら。

「……ありがとう、承太郎。僕の事を見つけてくれて」
「……やれやれ」

 互いにそっと笑い合い、口付ける。雪も姿を消し始めた春先の夜更けに、二人は身を寄せ合ってその瞼を閉じた。





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