19話 「お正月企画②」
「酔っ払い、ですか」
「昨日飲み比べをしてな」
体格差のある私にはどうにもこうにも布団のある部屋まで壱橋さんを運ぶことは無理で、葯娑丸君の方を見ると「新春特番」と書かれたお笑い番組をお腹を抱えながら見ていてこちらを向く素振りもなく、どうにも手伝ってくれる様子も見られず、諦めて隣の部屋から枕と布団だけを持ってきた。
壱橋さんはお酒を嗜まれないのだとばかり思っていたけれど、普段はお仕事もあって我慢しているのだろうか。
布団を首元まで掛けると自然と壱橋さんの顔が視界に入り、赤らんだ頬で眠っているところはなんだかちょっぴり幼く見えた。
「放っておけばそのうち起きて来るだろうよ」
ぼんやり壱橋さんの顔を見すぎていたのだろうか、いつの間にか近くに来ていた葯娑丸君が今までテレビを見ながら笑い転げていた人とは思えないくらい真剣な顔で私を見ると壱橋さんをちらりと見てから立ち上がって、近くに畳んであった羽織を片手に縁側へと続く障子のほうへと行ってしまう。
壱橋さんもそうだけれど、葯娑丸君もふらりと出掛けてしまってはいつの間にか帰ってきていることが多いけれど、やはりこの世界にも2人の知り合いはいるのだろうか。
ここに来たばかりの時に街の様子に詳しかったようだし、もしかしたら2人の生まれ育った世界だったりして。
「お前もそいつが起きたら初詣にでも出かけてきたらどうだ?」
縁側に腰掛けて、下駄に足を引っ掛けたままこちらを振り向いた葯娑丸君が笑う。
人型の葯娑丸君は、ぶっきらぼうな性格に反比例して爽やかな好青年といった印象が強いけれど、ああして楽し気に笑うところは何だか、幼さを感じるというか、弟を見ているようで可愛いな、なんて毎度不思議な気持ちになる。
「葯娑丸君はどこかへ出掛けられるの?」
「俺はちょっと散歩だ」
にんまりと笑った葯娑丸君はそのまま障子を閉めて行ってしまう。
ひとり残された私は暫くそこに座っていたけれど、いつまでもここに居ては起きた壱橋さんに不審に思われるかもしれないと慌てて立ち上がって用もない中庭の方へと歩を進めた。
「…すまない、寝ていた」
中庭の方で、たどたどしくも縫物をしていると後ろからやってきた壱橋さんがふらつきながらも隣に腰掛けた。
どうやら葯娑丸君の言っていた通り昨日は明け方のほうまで飲み明かしていてそのまま料理を始めてしまったものだから疲れ果てて眠りについてしまったらしい。
「こたつに入った時の眠気には勝てなかった」
そう言って悔し気な顔をする様子に、何だか急におかしくなって、笑いをこぼしてしまうと目を丸くした壱橋さんがこちらを見て目をぱちくりさせていた。なんだか今日の壱橋さんはいつもとは別人みたいだ。
いつもはクールな印象で頼もしい大人の男性といった印象なのに、今日はスルスルと顔に感情が出てきてしまっている。酔いは覚めた、なんて言っていたけれどまだお酒が残っているみたい。
「お茶淹れてきますね」
しかし、先程とは違い多少酔いも覚めているせいか不思議そうな視線をこちらに向けてくる壱橋さんに居心地の悪さを感じて、お茶を言い訳に、そう言って立ち上がると壱橋さんが伸ばした手が私の腕を掴んで「いらない」と言って下に引くものだから、そのまま再び座ることになってしまった。
雪が降り積もった外はとても肌寒く、外に出てきたことを後悔していたけれど、なんだか今は頬の辺りが熱を持っていて、頬が赤らんでいるのは「寒さのせい」に出来るから今はむしろ外に出てきたことを良かったと感じる。隣にいる壱橋さんも俯いていて時折顔を上げて何かを言おうとしては口を閉じてムスッとした顔をしてから、バツが悪そうに視線をさ迷わせ、再び俯いてを繰り返しているのが気配で分かって、何となく、壱橋さんも気まずいのかななんて思っていた。
「変なことを、言わなかったか?」
頭をかき、何度目かの躊躇の後に壱橋さんが言ったのはその一言だった。
思わず黙っていると肯定と取ったのか壱橋さんは頭を抱えて深いため息を吐いたのちに「すまない」とこぼした。
「いえ、変な事なんて…」
言っていませんよ、と言おうとしたけれど、思い出されるのは勝手場での出来事。
私からすればあれは「変な事」ではなく何というか、距離が近くなったようで安堵した出来事というか、とにかく嫌な事ではなかったのだけれど。
言いよどんだ私に「余程変なことをしたらしい」と判断した壱橋さんは「もう、酒は飲まない」と呟かれていた。
「本当に変なことは言われていませんよ、おせちやお雑煮を用意してくださっていて、とてもおいしかったです」
「遠慮しなくていい。記憶がなくなるまで酒を飲むなんて、だらしのない大人だと思われるかもしれないが、あれは偶然で」
「ふふ、本当に大丈夫でしたから。いつもの壱橋さんだったので、お酒が入っているのが分からなかったくらいで」
「そう、か?ならよかった」
そう言って肩を撫でおろした壱橋さんは、やはりいつもとは違う柔らかい笑顔を向けてくるものだから、やっぱりまだお酒が残っているみたいだ。
いつもの壱橋さんも素敵だけれど、今日は何だかいつもよりも一緒にして安心した。
でも、時折、壱橋さんが誰かと被って見えるのはなぜなのだろう。
Happy new year!
(本年も宜しくお願いします)
「昨日飲み比べをしてな」
体格差のある私にはどうにもこうにも布団のある部屋まで壱橋さんを運ぶことは無理で、葯娑丸君の方を見ると「新春特番」と書かれたお笑い番組をお腹を抱えながら見ていてこちらを向く素振りもなく、どうにも手伝ってくれる様子も見られず、諦めて隣の部屋から枕と布団だけを持ってきた。
壱橋さんはお酒を嗜まれないのだとばかり思っていたけれど、普段はお仕事もあって我慢しているのだろうか。
布団を首元まで掛けると自然と壱橋さんの顔が視界に入り、赤らんだ頬で眠っているところはなんだかちょっぴり幼く見えた。
「放っておけばそのうち起きて来るだろうよ」
ぼんやり壱橋さんの顔を見すぎていたのだろうか、いつの間にか近くに来ていた葯娑丸君が今までテレビを見ながら笑い転げていた人とは思えないくらい真剣な顔で私を見ると壱橋さんをちらりと見てから立ち上がって、近くに畳んであった羽織を片手に縁側へと続く障子のほうへと行ってしまう。
壱橋さんもそうだけれど、葯娑丸君もふらりと出掛けてしまってはいつの間にか帰ってきていることが多いけれど、やはりこの世界にも2人の知り合いはいるのだろうか。
ここに来たばかりの時に街の様子に詳しかったようだし、もしかしたら2人の生まれ育った世界だったりして。
「お前もそいつが起きたら初詣にでも出かけてきたらどうだ?」
縁側に腰掛けて、下駄に足を引っ掛けたままこちらを振り向いた葯娑丸君が笑う。
人型の葯娑丸君は、ぶっきらぼうな性格に反比例して爽やかな好青年といった印象が強いけれど、ああして楽し気に笑うところは何だか、幼さを感じるというか、弟を見ているようで可愛いな、なんて毎度不思議な気持ちになる。
「葯娑丸君はどこかへ出掛けられるの?」
「俺はちょっと散歩だ」
にんまりと笑った葯娑丸君はそのまま障子を閉めて行ってしまう。
ひとり残された私は暫くそこに座っていたけれど、いつまでもここに居ては起きた壱橋さんに不審に思われるかもしれないと慌てて立ち上がって用もない中庭の方へと歩を進めた。
「…すまない、寝ていた」
中庭の方で、たどたどしくも縫物をしていると後ろからやってきた壱橋さんがふらつきながらも隣に腰掛けた。
どうやら葯娑丸君の言っていた通り昨日は明け方のほうまで飲み明かしていてそのまま料理を始めてしまったものだから疲れ果てて眠りについてしまったらしい。
「こたつに入った時の眠気には勝てなかった」
そう言って悔し気な顔をする様子に、何だか急におかしくなって、笑いをこぼしてしまうと目を丸くした壱橋さんがこちらを見て目をぱちくりさせていた。なんだか今日の壱橋さんはいつもとは別人みたいだ。
いつもはクールな印象で頼もしい大人の男性といった印象なのに、今日はスルスルと顔に感情が出てきてしまっている。酔いは覚めた、なんて言っていたけれどまだお酒が残っているみたい。
「お茶淹れてきますね」
しかし、先程とは違い多少酔いも覚めているせいか不思議そうな視線をこちらに向けてくる壱橋さんに居心地の悪さを感じて、お茶を言い訳に、そう言って立ち上がると壱橋さんが伸ばした手が私の腕を掴んで「いらない」と言って下に引くものだから、そのまま再び座ることになってしまった。
雪が降り積もった外はとても肌寒く、外に出てきたことを後悔していたけれど、なんだか今は頬の辺りが熱を持っていて、頬が赤らんでいるのは「寒さのせい」に出来るから今はむしろ外に出てきたことを良かったと感じる。隣にいる壱橋さんも俯いていて時折顔を上げて何かを言おうとしては口を閉じてムスッとした顔をしてから、バツが悪そうに視線をさ迷わせ、再び俯いてを繰り返しているのが気配で分かって、何となく、壱橋さんも気まずいのかななんて思っていた。
「変なことを、言わなかったか?」
頭をかき、何度目かの躊躇の後に壱橋さんが言ったのはその一言だった。
思わず黙っていると肯定と取ったのか壱橋さんは頭を抱えて深いため息を吐いたのちに「すまない」とこぼした。
「いえ、変な事なんて…」
言っていませんよ、と言おうとしたけれど、思い出されるのは勝手場での出来事。
私からすればあれは「変な事」ではなく何というか、距離が近くなったようで安堵した出来事というか、とにかく嫌な事ではなかったのだけれど。
言いよどんだ私に「余程変なことをしたらしい」と判断した壱橋さんは「もう、酒は飲まない」と呟かれていた。
「本当に変なことは言われていませんよ、おせちやお雑煮を用意してくださっていて、とてもおいしかったです」
「遠慮しなくていい。記憶がなくなるまで酒を飲むなんて、だらしのない大人だと思われるかもしれないが、あれは偶然で」
「ふふ、本当に大丈夫でしたから。いつもの壱橋さんだったので、お酒が入っているのが分からなかったくらいで」
「そう、か?ならよかった」
そう言って肩を撫でおろした壱橋さんは、やはりいつもとは違う柔らかい笑顔を向けてくるものだから、やっぱりまだお酒が残っているみたいだ。
いつもの壱橋さんも素敵だけれど、今日は何だかいつもよりも一緒にして安心した。
でも、時折、壱橋さんが誰かと被って見えるのはなぜなのだろう。
Happy new year!
(本年も宜しくお願いします)
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