第19話
シンヤの指摘のおかげか、それともシンヤをぼくが助けたためか、片腕が動かなくなったケガ人を気づかうという気持ちからか。
……そういえば、なんとなくだけど、シンヤを助けて負傷してから、周囲の風当たりが柔らかくなった気がする。ギャングもストリートもそう。クロスに関していえば、シンヤの保護者のように思っているらしくて、ぼくに対して凄く感謝している。
「三途の川であるなら、なんとかして〝途中下車〟すべきよね?」
ピュアがぼくらの顔を見回し確認を求める。
「ぼくもそう思います」
ぼくは同意した。
「ここが三途の川である以上、ぼくたちの肉体や魂といったものがどういう状態であるかはわかりませんが、降りるに越したことはない」
「じゃが」
ストリートが口をはさむ。
「わしの知るかぎりこの電車は一度も〝駅〟で止まっておらんぞ?」
「見た目は鈍行の癖にね。新幹線でももうちょっと駅に止まるよ」
シンヤの毒舌の調子がちょっと戻ってくる。
「では、こうしたらどうでしょう。……最初の頃にも出ていた案ですが、車掌を捜すというのは。それに他にも乗客がまだいるかもしれませんし」
ぼくは提案しつつも、おそらくいつもどおり却下されるか聞き流されるだろうと思った。家でも学校でもそうなのだ。
「いいんじゃない」
ピュアは意外なことに乗り気だった。いや、彼女だけでなく、
「悪くない提案だ」
ギャングもうなずく。
「そうじゃな。動こうと動くまいと、あの黒い怪物は現れるじゃろう」
ストリートはそう補足した。
「それにあの怪物はそんなに足が速くないし、みんなで警戒していればなんとか逃げ切れると思うよ。出現時間だって限られてる」
シンヤもそういった。
「んじゃあ、〝車掌〟をさがしに出発やー!」
クロスが片手を上に突きだした。
正直いえば、ぼくら六人のうち、本気で〝車掌〟などがいると思ったものは、きっといなかっただろう。
だが、〝そいつ〟は、夕陽が沈んだとき、残光のなか現れたのだ。
オレンジの光が薄まった。夕陽は、まるで水平線のように見える雄大な川面の向こうに消えた。まだ空は明るい。だが太陽は確かに沈んだのだ。
ぼくらはもう数えるのもばかばかしくなるくらい車両を移動していた。たぶん百は軽く越えている。誰ももう数えてはいなかった。途中人には誰にも会わなかったし、〝黒い怪物〟とも遭遇しなかった。
「次は天国~、天国~。お荷物、遺言、辞世の句などお忘れ無きようご注意下さい」
などとふざけたことをいいながら、
どっからどう見ても死神としか思えない格好で歩いてきた。
いや滑るように移動してきた。黒いぼろ切れをまとった姿に足はなく、空中にほんのわずかに浮いている。手は使い込まれているもののよく手入れされていそうな鈍く光る鎌。
黒いフードのような布の奥は、なぜかよく見通せず、赤い光を眼窩の辺りで放っている。
ただそのいかにも死神然とした格好をしておきながら、頭の上にちょこんと車掌の帽子がのせられている。
その悪ふざけとしか思えない格好に、ふざけた台詞だったが、
ぼくら六人はあまりのことに誰も突っ込まなかった。
「……なんや、これ。うちの突っ込み待ちかいな」
「いや。ここはそういうのはやめよう。激しいリアクションとか」
クロスが額に汗を浮かべながらもいった威勢のいい台詞に、冷静にシンヤが返した。
「同感じゃな。あの鎌がただの飾りならいいが、違うとやっかいじゃ」
ストリートのいうとおりだ。車両の連結部の扉を開けてまさにぼくらのいる車両に入って来たそいつの手には禍々しい武器がある。
あの黒い怪物のような恐怖心を掻き立てるようなものはないが、それでもやばそうなのには間違いない。
「けど、こいつ小柄だし、その気になれば押さえることもできるんじゃないか?」
タトゥーの入った肩に力を入れるギャング。タンクトップ姿の彼はいつでも動けるようにひざを曲げて力を溜めている。いざとなればバネ仕掛けの人形のように飛び掛かるつもりなのだろう。
「……サ、サンクス、聞いてみなさいよ」
ピュアのなかでは相変わらずぼくの序列は低いらしく、そう命令してきた。
「わかりました。聞いてきてみます」
ぼくは内心恐怖を感じていたが、仕方なく進む。
車掌――と呼んでいいのか、死神と呼ぶべきか迷うそいつの前で立ち止まり、声をかけた。
「あの、すみません」
がちがちに緊張している声。
「はい、なんでしょう?」
よかった。きちんと返事してくれた。
「…………ええっと、この電車は三途の川を渡ってるんですか?」
なにから質問していいかわからず、そんな間抜けなことを聞いてしまう。
「はい。三途の川ですよ」
奥ののぞけない黒いフードの向こうで、営業スマイルを浮かべたかどうかはわからないが、意外とフレンドリーに返答が返ってきた。
「ということは、ぼくら〝乗客〟は死人ということですか?」
「いいえ。それは正確ではありませんね。死にかけている――走馬燈を見ている――走馬燈を共有している……あなた方の言葉でどう説明すればいいのかわかりづらいですが、要はまだ完全には死んでません」
……そういえば、なんとなくだけど、シンヤを助けて負傷してから、周囲の風当たりが柔らかくなった気がする。ギャングもストリートもそう。クロスに関していえば、シンヤの保護者のように思っているらしくて、ぼくに対して凄く感謝している。
「三途の川であるなら、なんとかして〝途中下車〟すべきよね?」
ピュアがぼくらの顔を見回し確認を求める。
「ぼくもそう思います」
ぼくは同意した。
「ここが三途の川である以上、ぼくたちの肉体や魂といったものがどういう状態であるかはわかりませんが、降りるに越したことはない」
「じゃが」
ストリートが口をはさむ。
「わしの知るかぎりこの電車は一度も〝駅〟で止まっておらんぞ?」
「見た目は鈍行の癖にね。新幹線でももうちょっと駅に止まるよ」
シンヤの毒舌の調子がちょっと戻ってくる。
「では、こうしたらどうでしょう。……最初の頃にも出ていた案ですが、車掌を捜すというのは。それに他にも乗客がまだいるかもしれませんし」
ぼくは提案しつつも、おそらくいつもどおり却下されるか聞き流されるだろうと思った。家でも学校でもそうなのだ。
「いいんじゃない」
ピュアは意外なことに乗り気だった。いや、彼女だけでなく、
「悪くない提案だ」
ギャングもうなずく。
「そうじゃな。動こうと動くまいと、あの黒い怪物は現れるじゃろう」
ストリートはそう補足した。
「それにあの怪物はそんなに足が速くないし、みんなで警戒していればなんとか逃げ切れると思うよ。出現時間だって限られてる」
シンヤもそういった。
「んじゃあ、〝車掌〟をさがしに出発やー!」
クロスが片手を上に突きだした。
正直いえば、ぼくら六人のうち、本気で〝車掌〟などがいると思ったものは、きっといなかっただろう。
だが、〝そいつ〟は、夕陽が沈んだとき、残光のなか現れたのだ。
オレンジの光が薄まった。夕陽は、まるで水平線のように見える雄大な川面の向こうに消えた。まだ空は明るい。だが太陽は確かに沈んだのだ。
ぼくらはもう数えるのもばかばかしくなるくらい車両を移動していた。たぶん百は軽く越えている。誰ももう数えてはいなかった。途中人には誰にも会わなかったし、〝黒い怪物〟とも遭遇しなかった。
「次は天国~、天国~。お荷物、遺言、辞世の句などお忘れ無きようご注意下さい」
などとふざけたことをいいながら、
どっからどう見ても死神としか思えない格好で歩いてきた。
いや滑るように移動してきた。黒いぼろ切れをまとった姿に足はなく、空中にほんのわずかに浮いている。手は使い込まれているもののよく手入れされていそうな鈍く光る鎌。
黒いフードのような布の奥は、なぜかよく見通せず、赤い光を眼窩の辺りで放っている。
ただそのいかにも死神然とした格好をしておきながら、頭の上にちょこんと車掌の帽子がのせられている。
その悪ふざけとしか思えない格好に、ふざけた台詞だったが、
ぼくら六人はあまりのことに誰も突っ込まなかった。
「……なんや、これ。うちの突っ込み待ちかいな」
「いや。ここはそういうのはやめよう。激しいリアクションとか」
クロスが額に汗を浮かべながらもいった威勢のいい台詞に、冷静にシンヤが返した。
「同感じゃな。あの鎌がただの飾りならいいが、違うとやっかいじゃ」
ストリートのいうとおりだ。車両の連結部の扉を開けてまさにぼくらのいる車両に入って来たそいつの手には禍々しい武器がある。
あの黒い怪物のような恐怖心を掻き立てるようなものはないが、それでもやばそうなのには間違いない。
「けど、こいつ小柄だし、その気になれば押さえることもできるんじゃないか?」
タトゥーの入った肩に力を入れるギャング。タンクトップ姿の彼はいつでも動けるようにひざを曲げて力を溜めている。いざとなればバネ仕掛けの人形のように飛び掛かるつもりなのだろう。
「……サ、サンクス、聞いてみなさいよ」
ピュアのなかでは相変わらずぼくの序列は低いらしく、そう命令してきた。
「わかりました。聞いてきてみます」
ぼくは内心恐怖を感じていたが、仕方なく進む。
車掌――と呼んでいいのか、死神と呼ぶべきか迷うそいつの前で立ち止まり、声をかけた。
「あの、すみません」
がちがちに緊張している声。
「はい、なんでしょう?」
よかった。きちんと返事してくれた。
「…………ええっと、この電車は三途の川を渡ってるんですか?」
なにから質問していいかわからず、そんな間抜けなことを聞いてしまう。
「はい。三途の川ですよ」
奥ののぞけない黒いフードの向こうで、営業スマイルを浮かべたかどうかはわからないが、意外とフレンドリーに返答が返ってきた。
「ということは、ぼくら〝乗客〟は死人ということですか?」
「いいえ。それは正確ではありませんね。死にかけている――走馬燈を見ている――走馬燈を共有している……あなた方の言葉でどう説明すればいいのかわかりづらいですが、要はまだ完全には死んでません」
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