第17話
ぼくの隣にはシンヤ、その向こうにクロス。
ぼくの向かいには、ピュアがいて、彼女の隣にはギャング、ストリートと続く。
「それは痺れているのとは違うんだよな? 感覚がないみたいな」
「え? ああ、うん」
ギャングから珍しく質問されたので、ぼくは生返事をかえしてしまう。
すっごく珍しい。
いつもなら返事は「はい」と元気よくなのに。
正直――ぼく自身片腕が動かないことにひどいショックを受けていた。それも右利きの右だ。これではもう勉強さえもろくにできないだろう。両親や祖父母がどんな顔をしてぼくを罵るかと思うと、それだけで胃の辺りにこぶし大の石を突っ込まれたような気分になる。軽い吐き気。
「……ねえ、それってつまりさあ、例えば、肉体と精神みたいなのがあったとして、その接続が切られたみたいな?」
ピュアがまるで独り言のように自分の右足のももをなでながらいった。
「……すごいうまい表現ですね」
ぼくは感心した。物凄くうまく、ぼくの今の右腕の説明をしている。〝肉体と精神の接続を切る〟。だから痛みも感じないし、動かすこともできない。右腕はただのぶら下がった物体となる。
「……じ、じつはさ……あたしも、なんだ」
「え?」
「あたしも右足をアイツにやられたでしょ? 最初はちょっと違和感を感じるな、くらいだったんだけどさ。じつは……どんどんそんな感じになって来てて」
高架の斜めや縦に走る鉄骨が、夕陽を受けて、車内に黒い影を投げかけ――それらが急速に流れ去っていく。
ああ、今、この電車はそういえば〝川〟を渡っているんだったと久しぶりに思い出した。
もうこの不可思議な状況――沈まない夕陽(少しずつ沈んでいるかも?)と、どこまでも続く川幅がでたらめな川――を不思議と感じる感覚が麻痺してきていた。
静寂に満ちた数秒間を破ったのは、同じく傷を受けているギャングだった。
彼は頬を押さえて、まるで皮膚の痛覚を確かめるように爪を立てながらいった。
「……じつは、おれもだ。といっても、いまだに半信半疑なんだが……おれの頬は、いま歯医者で虫歯の治療に打たれた麻酔を打たれたような感じになってる。分厚いお面をかぶせてその上から、――今こうして頬に爪を立てているような、な」
「つまり頬の内側、舌先で感じるほうには感覚があるけど、皮膚の表面のほうは感覚がないと?」
「まあ、そういう感じだ。腕や足と違って動かなくて気づくってことがあまりなさそうな場所だがな。……正直実感がわかない」
「――ど、どうして、そういう大切なことをいわないんだよ!!」
涙目になったシンヤが大声を上げた。彼の片方の瞳から一滴の涙が落ちる。彼は乱暴に手の甲で拭ってまた叫んだ。
「ぼくらが最初に合流したときに話し合ったときいったよな! 互いに自己紹介して情報交換しようって。あんたら大人なんだからもっとしっかりしろよ!」
ある意味もっともないい分だ。
彼はもう両目から涙をこぼし、両手でぬぐっていた。
「すまない」
ギャングが素直に謝る。
「おれはほんのかすり傷だったし、場所が場所だったからなかなか気づかなかった。状況が異常すぎて、ただの勘違いかとも思ってたんだ」
「ごめん」
ピュアも謝った。
なぜか彼女はきつく自分のスカートを両手で握った。そのスカートに皺が寄っているのをうつむいた彼女は気づいているだろうに、そのままぎゅっとスカートのひだを乱したまま、座っている。両肩には力。物凄い力が入っているのがわかる。
「……ピュアちゃん」
クロスが、優しく――今までで聞いた中で一番優しく、ピュアに尋ねていた。
「ピュアちゃんは、ギャングさんとちごうて、ずっと以前に〝おかしいな〟って気づいとったんやね?」
ピュアの肩が大きく震えた。
「ん? どういうことぢゃ」
ストリートが不思議そうにした。
「どことも知れん所に閉じこめられて、化け物まで襲ってくる。そんな中で、『じつはうち足にケガしてなんや違和感あんねん。もしかしたら歩けへんようになるかも』なんて、いえへんて」
その言葉だけで、ストリートだけでなく、他のみんなもピュアが黙っていた理由に気づいた。
「切り捨てられる、とそう思ったんじゃな?」
「少なくとも、どういいつくろったところで、お荷物や、思われるんは避けられん。それになによりギャングさん同様勘違いやと思いたかったんとちゃうかなあ。……なんや足がよう動かへんし、痺れてるのか、感覚があらへんけどみたいな。うちかて、正直にみんなに話せたかどうかわからへん。なんやかんやいうてもうちら他人や。赤の他人。そしてこの極限状況。――足の調子がおかしいなんていえんて。な?」
席を立ったクロスは、しゃがみ込んで、俯いたピュアの顔をのぞきこむようにして、その震える肩に手を優しくおいた。
ぼくは気づいた。
クロスは、ピュアを糾弾しようとしたのではなく、彼女がこの一件のことを胸に抱えてもやもやしないようにするために、あえて事情を話したんだ。
「だからなんだよ!」
シンヤが叫んだ。
ぼくの向かいには、ピュアがいて、彼女の隣にはギャング、ストリートと続く。
「それは痺れているのとは違うんだよな? 感覚がないみたいな」
「え? ああ、うん」
ギャングから珍しく質問されたので、ぼくは生返事をかえしてしまう。
すっごく珍しい。
いつもなら返事は「はい」と元気よくなのに。
正直――ぼく自身片腕が動かないことにひどいショックを受けていた。それも右利きの右だ。これではもう勉強さえもろくにできないだろう。両親や祖父母がどんな顔をしてぼくを罵るかと思うと、それだけで胃の辺りにこぶし大の石を突っ込まれたような気分になる。軽い吐き気。
「……ねえ、それってつまりさあ、例えば、肉体と精神みたいなのがあったとして、その接続が切られたみたいな?」
ピュアがまるで独り言のように自分の右足のももをなでながらいった。
「……すごいうまい表現ですね」
ぼくは感心した。物凄くうまく、ぼくの今の右腕の説明をしている。〝肉体と精神の接続を切る〟。だから痛みも感じないし、動かすこともできない。右腕はただのぶら下がった物体となる。
「……じ、じつはさ……あたしも、なんだ」
「え?」
「あたしも右足をアイツにやられたでしょ? 最初はちょっと違和感を感じるな、くらいだったんだけどさ。じつは……どんどんそんな感じになって来てて」
高架の斜めや縦に走る鉄骨が、夕陽を受けて、車内に黒い影を投げかけ――それらが急速に流れ去っていく。
ああ、今、この電車はそういえば〝川〟を渡っているんだったと久しぶりに思い出した。
もうこの不可思議な状況――沈まない夕陽(少しずつ沈んでいるかも?)と、どこまでも続く川幅がでたらめな川――を不思議と感じる感覚が麻痺してきていた。
静寂に満ちた数秒間を破ったのは、同じく傷を受けているギャングだった。
彼は頬を押さえて、まるで皮膚の痛覚を確かめるように爪を立てながらいった。
「……じつは、おれもだ。といっても、いまだに半信半疑なんだが……おれの頬は、いま歯医者で虫歯の治療に打たれた麻酔を打たれたような感じになってる。分厚いお面をかぶせてその上から、――今こうして頬に爪を立てているような、な」
「つまり頬の内側、舌先で感じるほうには感覚があるけど、皮膚の表面のほうは感覚がないと?」
「まあ、そういう感じだ。腕や足と違って動かなくて気づくってことがあまりなさそうな場所だがな。……正直実感がわかない」
「――ど、どうして、そういう大切なことをいわないんだよ!!」
涙目になったシンヤが大声を上げた。彼の片方の瞳から一滴の涙が落ちる。彼は乱暴に手の甲で拭ってまた叫んだ。
「ぼくらが最初に合流したときに話し合ったときいったよな! 互いに自己紹介して情報交換しようって。あんたら大人なんだからもっとしっかりしろよ!」
ある意味もっともないい分だ。
彼はもう両目から涙をこぼし、両手でぬぐっていた。
「すまない」
ギャングが素直に謝る。
「おれはほんのかすり傷だったし、場所が場所だったからなかなか気づかなかった。状況が異常すぎて、ただの勘違いかとも思ってたんだ」
「ごめん」
ピュアも謝った。
なぜか彼女はきつく自分のスカートを両手で握った。そのスカートに皺が寄っているのをうつむいた彼女は気づいているだろうに、そのままぎゅっとスカートのひだを乱したまま、座っている。両肩には力。物凄い力が入っているのがわかる。
「……ピュアちゃん」
クロスが、優しく――今までで聞いた中で一番優しく、ピュアに尋ねていた。
「ピュアちゃんは、ギャングさんとちごうて、ずっと以前に〝おかしいな〟って気づいとったんやね?」
ピュアの肩が大きく震えた。
「ん? どういうことぢゃ」
ストリートが不思議そうにした。
「どことも知れん所に閉じこめられて、化け物まで襲ってくる。そんな中で、『じつはうち足にケガしてなんや違和感あんねん。もしかしたら歩けへんようになるかも』なんて、いえへんて」
その言葉だけで、ストリートだけでなく、他のみんなもピュアが黙っていた理由に気づいた。
「切り捨てられる、とそう思ったんじゃな?」
「少なくとも、どういいつくろったところで、お荷物や、思われるんは避けられん。それになによりギャングさん同様勘違いやと思いたかったんとちゃうかなあ。……なんや足がよう動かへんし、痺れてるのか、感覚があらへんけどみたいな。うちかて、正直にみんなに話せたかどうかわからへん。なんやかんやいうてもうちら他人や。赤の他人。そしてこの極限状況。――足の調子がおかしいなんていえんて。な?」
席を立ったクロスは、しゃがみ込んで、俯いたピュアの顔をのぞきこむようにして、その震える肩に手を優しくおいた。
ぼくは気づいた。
クロスは、ピュアを糾弾しようとしたのではなく、彼女がこの一件のことを胸に抱えてもやもやしないようにするために、あえて事情を話したんだ。
「だからなんだよ!」
シンヤが叫んだ。
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