第八十六話 葛葉ライドウその二
……モルガナは気づく。悪魔の言葉は、どうにもおかしな点があった。コレを顕現させた?……自分が現れたことを、そう言っているのか?
……だとすれば、顕現した、ではないのだろうか。自分で自分の出現を語るのであれば……つまり、あいつは……自分の言葉をしゃべっていない?……誰かが、あいつを顕現させた者が、あの巨大な悪魔に声を語らせているのだろうか?
モルガナの思考を遮るように、野太い猛者たちの声が闇を震わせていた。
『死にさらせえええええええええええええええええッッッ!!!』
『ブチ殺したるわああああああああああああああいッッッ!!!』
牛と馬の頭をした大鬼たちが、亡者に絡みつかれた悪魔に殴りかかる!!悪魔の体は、大鬼たちのそれぞれ倍はあるだろうが、この大鬼たちは勇敢であった。血管の走る筋肉が躍動し、丸太よりも太さがありそうな豪腕たちが、悪魔を打撃するために飛んだ。
……あんなものをマトモに喰らっちまえば、消し飛んでしまいそうな勢いだなぁ……モルガナは『アリス』が、あの連中を嫌う理由が何となく分かった。繊細な少女の悪霊は、おそらくあんな筋肉ダルマ的な大鬼たちを生理的に受け付けないだろう。
自分が猫という可愛らしい生き物の姿を持たされたことに、モルガナは感謝する―――戦いは、続いていた。大鬼たちの鉄拳は……悪魔の巨大な手のひらにより受け止められる。
ガシイイイイイインンンンンッッッ!!!
『ぬうッ!?』
『なんと、ワシらの拳を止めるんかいッ!?』
『……当たり前だ。コレは、どれだけ多くの生け贄をもって成したと思っている?……清らかな乙女たちの魂、学問を探求する博学の者たち……我は、多くを喰らって、コレを錬成したのだぞ?……ヒトに使われ、ヒトの魂を喰らわなくなった鬼に、どれほどの力が出せる!?我を、凌駕することなど、出来るワケがないッ!!』
悪魔の長い尻尾と、翼が……いや、その全身が大きく暴れていた。テクニックなど伴わない、本能的な身震いのような動きであったが……その威力は桁外れである。黒焦げになっていた亡者たちが飛び散るように崩れ去り、ゴズキとメズキの体も揺さぶれる。
『ぐおおおおおおッッッ!!?つ、強いぜいいいいッッッ!!?』
『た、体格差が、ありすぎるんじゃあああああいいッッッ!!?』
確かに二倍もの体格差がある。つまり、体重では二倍かける二倍かける二倍、縦横奥行きに、それぞれが二倍であれば、八倍以上の体重差があるのかもしれない……『葛葉ライドウ』は、その重量を見越して翼の骨格を撃ち抜いたのだろう。そこに亀裂を入れることさえ出来れば、自重で骨格が崩壊すると考えていた。
蓮のように抜け目のない戦い方をするが―――今は、劣勢な状態にあるのか?……モルガナには、そんな風には思うことが出来なかった。理解している。蓮なら、こういう時には二手、三手は先の行動を用意しているものだ。
『葛葉ライドウ』からは、蓮と……ジョーカーと同じ気配を感じる。服装が黒っぽくて、どこか体型が似通っているからではない。あるのだ。瞳の奥にある、冷静さの奥で輝きを失うことのない必殺の意志が。
『あーもう!!なさけないわね、筋肉コンビが!!力負けしちゃうとか、ダサ過ぎ!!』
『す、すみませんッッ!!』
『で、でも、コイツ、デカくて強いんすよ、アリスの姐さんッッッ!!!』
『姐さんとか呼ばないでくれる?……私、か弱くて小さな女の子なんだから』
……モルガナは『アリス』の性格の一端を把握することが出来たような気がする。そして、その強大な実力も……『アリス』は、まだ力を残しているのだ。この話術もまた、悪魔から注意を逸らすためのものであろう。
悪魔の左側に向かって、すでに『葛葉ライドウ』は走り始めている。悪魔はそれに視線と意識を誘導される。悪魔は警戒しているのだ、この場にいる三体の『ペルソナ』たちのことよりも……『葛葉ライドウ』のことを。
それはきっと正しい認識ではあるだろうが、結果としては間違いを呼んでしまう。『アリス』は筋肉質な『ペルソナ』どもを小バカにしながらも、ゆっくりと『葛葉ライドウ』とは逆の方向に漂っている……。
取り囲もうとしているわけだ。なかなか、やるじゃないか。モルガナは、物陰から『葛葉ライドウ』の戦いを見守るゴウトのなかで、ニヤリと笑う。
何か策がある……そうでなければ、ジョーカーと同じ気配を漂わせてくる『葛葉ライドウ』は、この三体の『ペルソナ』を召喚することはないはずだった。
自身を囮にしつつ、何を企んでいるのか……その動きに視線を向けてしまっている悪魔も、気になるようだ。拳銃による銃撃か、あるいは、もっと強力な攻撃を『葛葉ライドウ』が仕掛けるのか、それが気になってならないようだ。
でも。
もしも、ジョーカーなら……自分で攻撃させることはない。スカルみたいな脳筋だって、使い方によれば、まともな仕事を成すもんだぜ。あの脳筋どもだって、無力なままじゃないかもしれない。『アリス』になじられながらも、心は折れてない。いい眼をしているんだ。何かを待っているような。
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。