第六十四話 ハンティング・タイム!
顔を赤く染めた城ヶ崎シャーロットであったが、彼女の集中力は恋愛よりも即物的な楽しみに反映される。通学バスの車内に録音されたアナウンスが流れていた。
『次は、ミカエル学園前。お降りの方は、ボタンを押して下さい―――』
「―――はっ!チャンスだ!」
狩猟者の貌になり、少女の指が素早く降車ボタンを押していた。ピンポーン!……感動した少女の顔を、蓮とモルガナは目撃することになる……。
「うひゃひゃ。シャーさん、これ、癖になりそうだー……っ!?……し、しまった、子供っぽい純粋な行動をしてしまった!?……ひ、引いてない!?ドン引きしていませんかね、レンレン!?」
「ドンマイ」
『フォローとして適切じゃねえだろ?』
「……はうわー……シャーさん……やってしまったデース」
「どうして片言になるんだ?」
「……わたーし、日本の文化に疎いのデース……」
『ああ、そういう雰囲気で乗り切ろうっていうのか?……なんか、ホント、城ヶ崎ってのは勿体ないオーラを出しちゃう子だな』
「いいもん。私の運命の王子サマは、ちょっとだけ子供っぽい私の楽しみとかを受容してくれるタイプのヒトが就任するんだもん。そうだよね、レンレン?」
「そうだといいな」
「うん。そうだといいんだけどなー…………あー……ちょっと、不安になって来た。こういう子供っぽい癖も、直していかないとね……もう高校生活もラストイヤーだもん」
『……純粋なのはいいことだが、幼稚なのは果たしていいことなのかと聞かれると、我が輩にも分からないな……』
とはいえ、城ヶ崎シャーロットという人物に対してのイメージが、蓮とモルガナの中には生まれつつある。どこか残念で、子供っぽいが……美少女。憂いを帯びた顔で、ふーっとため息を吐く姿は、まるで童話のなかにいる囚われのお姫さまのようにモルガナには見えた。
ドキドキしちゃうほどの美少女なのに……本当にもったいない。いや、だが……そういう、もったいない子だから、蓮に会うまで他の男に取られなかったということでもあるのか。
……相変わらず、我が輩の相棒は『引き』がいいようだ。幸運に恵まれているのかもしれないな、城ヶ崎シャーロットほどの美少女を、蓮は手に入れるチャンスを持っている。
……まあ、そうなったらそうなったで、怪盗団の女子が黙っていなさそうだがな……そこそこじゃなく、かなりのモテモテなんだよな、我が輩たちのリーダーは……本人に悪用する気がなくて良かったモテモテっぷりではあるか……。
「ん。降りるぞ、城ヶ崎」
「うん」
「ちゃんとついて来いよ」
「だ、大丈夫だよ。足もレンレンが色々としてくれたから、痛くないし……」
「ドジだからな、城ヶ崎は」
「もう!バスぐらい、ちゃんと一人で降りられるタイプの子だからね、シャーさんは?」
子供あつかいされて、美少女の頬が、ぷくーっとふくらんでいく。蓮はそれを見ると満足げに笑い、モルガナはそんな相棒を見ていると瞳を細めて苦笑いしたくなった。
『……朝からいちゃついていると、嫉妬されてハブられちまうぜ』
「なれてる」
「ダメだよ、レンレン。ちゃーんと、クラスの皆に馴染みましょうね?」
……今さら、そういう行為に憧れも期待も無くなってしまっているのだが。怪盗としての訓練にしようか……社交性を磨き、情報収集能力を上げるというのも、人生には大きく役に立つ。
ヒトは意外な能力を持っているものだ。どこに希有な才能が隠れているのか、分かりはしない。そういう有力な存在に力を借り、あるいは学びを請うことで、自分という存在をどこまでも高められることが出来るという事実を、蓮はすでに経験済みであった。
「……変わり者と知り合いたいかもしれない」
『すでに一人はゲットしたよな』
「私は変わり者じゃないですよう。ちょっと不思議な感じの美少女なだけだもん」
『自分で美少女って言うもんじゃないぜ……女子から反感を買うぞ。いや、まあ、たしかに美少女なんだけどな、外見は』
「中身は違うて言われた感じー……いいもん。いい女になるのは、これからだもーん」
城ヶ崎シャーロットの頬袋が再びふくらんだ頃、通学バスは聖心ミカエル学園の前で停車していた。
「……着いた。バス通学もいいもんだね」
「最後に降りるか」
「私のために?」
「そういうことだ。最後でもいいだろ」
「うん。そうだね、ノンビリと行こう。今日も、イイ感じの小春日和だしねー」
城ヶ崎シャーロットと蓮たちは、バスを最後に降りていた。あの丘を登りながら聖心ミカエル学園へと向かう生徒たちの最後尾で、蓮とモルガナと城ヶ崎シャーロットのチームは歩いて行く……。
蓮の耳は、そんな穏やかな光景のなかにありながらも、周囲の雑音と生徒たちの噂話に耳を傾けている―――東京の雑踏のなかでさえも、蓮の聴覚は、必要な情報を聞き逃すことはないのだ。聖心ミカエル学園へと続く、ゆるやかな丘であっても、その聴覚は機能する。
「……聞いたかよ、あのウワサ……」
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