第四話 日々コレ鍛錬
蓮はモルガナをタオルで拭いてやる。ホコリを拭き落とすのだ、お互いのために。
キレイになったモルガナは、バターたっぷりのトーストにかじりついていく。あのとても器用な前脚を使うことで―――ああ、もちろん紳士の彼は、ちゃんとご飯の前には手を洗う。
なにせ、さっきまで、錆取りスプレーを使っていたのだから。それを食べてしまったら?……体の錆が取れるとは思わない。何か、内臓かどこかを痛めてしまいそうな気がしてならないのである……。
『うまい。うまい!……いつもは猫缶とか、乾燥したエサが多くなるから。たまには、こういう人間的なご飯を食べたいもんだぜ!』
「苦労しているな?」
『いいや。実のところ、猫缶にも慣れて来ている。アレほど上手いものは無いと思える日もあったりもするんだ……ううん。気のせいだな。我が輩は、そうじゃない。猫じゃないんだから』
そう言いながらトーストの耳に小さな白い歯を立てていく。
蓮はモルガナを真似るように少し焦げっぽい耳の部分をかじりながら、早朝の寝言を思い出す……猫缶、猫缶と、モルガナはつぶやいていた気がするが。
……そういうコトを指摘しないのが、自分らしいと考え、パンの耳といっしょに、猫缶好きなんだろ。という言葉を呑み込んでいた。
朝食を食べた後で、雨宮蓮の新しい生活がスタートする―――新しい学校の制服に着替えて、通学バッグに自作弁当を詰め込み、家を出た。バッグのなかには、モルガナが一緒だ。
『……おー、なんだか、シュージン学園の頃と、あんまり変わらないポジショニングが出来ている』
「そうか。通学用のバッグなんて、どこも似ているだろうから」
『うむ。まあ、なんとも無個性だが、色々なものが入るし、悪くない作りだと思うぞ。シンプル・イズ・ベストというような形だ!』
モルガナはそのバッグの『居心地』を確かめようと、バッグの中でモゾモゾと動いていた。
蓮は弁当箱に被害が及ぶのではないかと一瞬、心配したが……まあ、バッグの中での振る舞いになれているモルガナのことだ、弁当を荒らすことはないだろうと考え直した。
彼らはお互いの考えをよく理解出来るようになっている。
……猫型の不思議な生物……モルガナ。こんな相棒が共にいてくれることは、何とも不思議なことであるはずだが、この一年ですっかりと慣れてしまっていた。
おそらく、一生、この関係性は続くのではなかろうかと蓮は予想するし、そんな予想をすると自然と顔がほころんでしまう。それを蓮は望んでいるのだ。
今年は気温の低い春だったから、まだサクラの花が咲いてくれていた。一年前は、保護観察の身であったせいなのか……サクラに触れることも、気づくことも無かったが。今年は、怪盗団のメンバーで春先に花見も出来た。
充実した人生を取り戻しているようだ…………だが、正直なところ。
心の怪盗団、『ザ・ファントム』のリーダー、『ジョーカー』としての日々も懐かしいものがある。
悪人どもの心が生み出したラビリンスに潜り込み、改心のために『お宝』を巡り、スリリングな冒険をこなす。
あの感覚が、体に染みついてもいる。ポケットのなかに突っ込んだ鍛え上げられた怪盗の指を、蓮は静かに動かしていた……。
『……なあ、蓮』
「どうした?」
『お前、穏やかな日々に、何処か物足りなさを感じているんじゃないか……?』
「……まあな」
『素直に認めるようになったか。そうだな。我が輩も、日々にスリルが足りない気はするが……なあに、お前のようなヤツは、どうせ近いうちに大なり小なり、トラブルに巻き込まれるんだと思うぞ?』
「……楽しみだ」
『ニャハハ!……そう来なくっちゃな!……とりあえず、そのうち転がり込んでくる事件に備えて、今はしっかりとフツーの学生生活を送るとしようぜ。一般人のフリして、世に潜むのも、怪盗のトレーニングだ!』
「ああ」
心の怪盗団、『ザ・ファントム』……表向きにその活動は休止してはいるものの、いつかまたその力を必要とされたなら―――蓮はそれを再開することに何の躊躇いも持ってはいなかった。
それは、おそらく他のメンバーもそうだろう。
『ジョーカー』は、自分たちの本質を理解している。反逆の精神を持つ怪盗たちは、大人との約束にも縛られることはないのだ。
『だが、蓮。今のお前なら、とっくの昔に分かっているとは思うが……日常の鍛錬は、全てお前の身を助けるための糧となる。マコトのように賢ければ?……知識があれば、どんな状況をも打破する道を見つけることが出来る。大怪盗になる前に、大人物になれ』
「……努力するさ」
大人物よりも、大怪盗の方が自分の本質に近い気がしてならないが……まあ、大怪盗になるための鍛錬として、大人物を目指すとしようか。
キレイになったモルガナは、バターたっぷりのトーストにかじりついていく。あのとても器用な前脚を使うことで―――ああ、もちろん紳士の彼は、ちゃんとご飯の前には手を洗う。
なにせ、さっきまで、錆取りスプレーを使っていたのだから。それを食べてしまったら?……体の錆が取れるとは思わない。何か、内臓かどこかを痛めてしまいそうな気がしてならないのである……。
『うまい。うまい!……いつもは猫缶とか、乾燥したエサが多くなるから。たまには、こういう人間的なご飯を食べたいもんだぜ!』
「苦労しているな?」
『いいや。実のところ、猫缶にも慣れて来ている。アレほど上手いものは無いと思える日もあったりもするんだ……ううん。気のせいだな。我が輩は、そうじゃない。猫じゃないんだから』
そう言いながらトーストの耳に小さな白い歯を立てていく。
蓮はモルガナを真似るように少し焦げっぽい耳の部分をかじりながら、早朝の寝言を思い出す……猫缶、猫缶と、モルガナはつぶやいていた気がするが。
……そういうコトを指摘しないのが、自分らしいと考え、パンの耳といっしょに、猫缶好きなんだろ。という言葉を呑み込んでいた。
朝食を食べた後で、雨宮蓮の新しい生活がスタートする―――新しい学校の制服に着替えて、通学バッグに自作弁当を詰め込み、家を出た。バッグのなかには、モルガナが一緒だ。
『……おー、なんだか、シュージン学園の頃と、あんまり変わらないポジショニングが出来ている』
「そうか。通学用のバッグなんて、どこも似ているだろうから」
『うむ。まあ、なんとも無個性だが、色々なものが入るし、悪くない作りだと思うぞ。シンプル・イズ・ベストというような形だ!』
モルガナはそのバッグの『居心地』を確かめようと、バッグの中でモゾモゾと動いていた。
蓮は弁当箱に被害が及ぶのではないかと一瞬、心配したが……まあ、バッグの中での振る舞いになれているモルガナのことだ、弁当を荒らすことはないだろうと考え直した。
彼らはお互いの考えをよく理解出来るようになっている。
……猫型の不思議な生物……モルガナ。こんな相棒が共にいてくれることは、何とも不思議なことであるはずだが、この一年ですっかりと慣れてしまっていた。
おそらく、一生、この関係性は続くのではなかろうかと蓮は予想するし、そんな予想をすると自然と顔がほころんでしまう。それを蓮は望んでいるのだ。
今年は気温の低い春だったから、まだサクラの花が咲いてくれていた。一年前は、保護観察の身であったせいなのか……サクラに触れることも、気づくことも無かったが。今年は、怪盗団のメンバーで春先に花見も出来た。
充実した人生を取り戻しているようだ…………だが、正直なところ。
心の怪盗団、『ザ・ファントム』のリーダー、『ジョーカー』としての日々も懐かしいものがある。
悪人どもの心が生み出したラビリンスに潜り込み、改心のために『お宝』を巡り、スリリングな冒険をこなす。
あの感覚が、体に染みついてもいる。ポケットのなかに突っ込んだ鍛え上げられた怪盗の指を、蓮は静かに動かしていた……。
『……なあ、蓮』
「どうした?」
『お前、穏やかな日々に、何処か物足りなさを感じているんじゃないか……?』
「……まあな」
『素直に認めるようになったか。そうだな。我が輩も、日々にスリルが足りない気はするが……なあに、お前のようなヤツは、どうせ近いうちに大なり小なり、トラブルに巻き込まれるんだと思うぞ?』
「……楽しみだ」
『ニャハハ!……そう来なくっちゃな!……とりあえず、そのうち転がり込んでくる事件に備えて、今はしっかりとフツーの学生生活を送るとしようぜ。一般人のフリして、世に潜むのも、怪盗のトレーニングだ!』
「ああ」
心の怪盗団、『ザ・ファントム』……表向きにその活動は休止してはいるものの、いつかまたその力を必要とされたなら―――蓮はそれを再開することに何の躊躇いも持ってはいなかった。
それは、おそらく他のメンバーもそうだろう。
『ジョーカー』は、自分たちの本質を理解している。反逆の精神を持つ怪盗たちは、大人との約束にも縛られることはないのだ。
『だが、蓮。今のお前なら、とっくの昔に分かっているとは思うが……日常の鍛錬は、全てお前の身を助けるための糧となる。マコトのように賢ければ?……知識があれば、どんな状況をも打破する道を見つけることが出来る。大怪盗になる前に、大人物になれ』
「……努力するさ」
大人物よりも、大怪盗の方が自分の本質に近い気がしてならないが……まあ、大怪盗になるための鍛錬として、大人物を目指すとしようか。
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。