ACT039 『袖付き狩り』
ザク・カスタム……いや、『キメラ・ザク』と言いたいところだ。うちらの『グフ・カスタム』と同列には数えたくない。ヤツは、モビルスーツとして、あまりにも醜く完成されていない。
南米戦線で編み出された、伝統を持つ『グフ・カスタム』とは違うのだよ。ヤツは、そこら中で拾い集めたモビルスーツの中から、ただの個人の偏執から編み出されたものに過ぎない。
まともなエンジニアの意見を反映させてはいないだろう、その機体は、ジオンのモビルスーツの系譜から逸脱している。
ジオンのモビルスーツには、もっと美学というものがあったはずだ。
汎用性よりも、特化させた戦術を行うために与えられた。スペースノイドは、連邦人のように欲張りではない。
己に与えられた専門的な分野を完璧にこなす。それこそが、スペースノイドの……ジオンのパイロットの哲学であり、普遍の美学であった。
「……お前は、欲張りすぎだぜ……我が後輩くんよ!!」
隊長はそんな言葉を捧げながら、ガトリング砲を唸らせていた。『グフ・カスタム・ルオ商会仕様』は、1、2、3号機が基本的に前衛装備を施されている。
これらの3機に特徴的な性能は、ガトリング砲を使った中距離レンジの火力と共に、高速機動力である。必要な装備以外は、部品一つの単位で計算されて排除されている。
彼らの『グフ・カスタム』は、火力と共に機動力まであるのだ―――そして、正面の装甲は分厚いが、背中の装甲はかなり削ぎ落としてもいる。
常に敵へと前方を向けながらも、連携して戦うのが、この『ルオ商会仕様』のコンセプトだ。
さらに言えば……一対一での中距離から接近戦を行う場合は、『ルオ商会仕様』の戦闘能力は、陸戦型モビルスーツの中で、間違いなく最強クラスだ。古いフレームを使っているから弱いとは、限らないのである。
ギュオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!
スラスターによる加速と、足運びによる跳躍を重ねることで、1号機は獣のようなイメージを想起させる俊敏さをもって、『キメラ』目掛けて突撃を仕掛ける!!
ガトリングからの、ヒートブレードの一撃。隊長が好むコンビネーションであった。
しかし、『キメラ』もまた好反応を示す。1号機の襲撃を、巧みなサイドステップで躱した。運動性能がいい。
『キメラ』は、醜い寄せ集めであり、かなり癖の強い機体であることは間違いないが……搭乗しているパイロットにとってだけは、最高の性能なのだろう。
「躱されたわよ!?」
「ハハッ!!想定の範囲内ってヤツですよ!!」
「きゃあ!?」
隊長は愛機にマニューバを刻ませる。ステップワークだけで、横に逃げた『キメラ』へと追いつき、ガトリングから放たれる砲弾の嵐を浴びせにかかる。『キメラ』の動きを、彼は予想していた。
知っていたさ。
お前は右に逃げる。アンバランスな設計のせいで、左への動きが遅れてしまう。あとはパイロットの癖だな。4号機の狙撃を、つねに右に逃げて躱してきた。
お前のためにデザインされた機体か。『ワンオフ/一点もの』?
……舐めるなよ。そんな癖が一目でバレバレなオモチャでな……ベテラン相手に単騎で突っ込んでくるあたりが、どうにもシロウト臭くて、甘ちゃん過ぎるってんだよ!!
ガトリングが生み出す砲弾の嵐、その制圧力を浴びてしまった『キメラ』はロクに動くことも出来やしない。
ミシェルは気がついている。隊長は、ヤツの脚から撃ち抜いていたいた。バランスを崩されているのだ。
スペースノイドということね。
脚の使い方に対して、理解が少ないというか―――宇宙育ちゆえに、重力との付き合い方が『なってない』。
「スラスターと共に、ステップ・ワークを刻ませるべきなんだよなあ!!地上で、高速戦闘を、接近戦特化の攻撃型モビルスーツとやり合おうって時はなあ!!」
そうするほうが、アンバランスになるんだよ。衝撃を受けたとき、機体が勝手に攻撃から流されてくれるのさ。
そういうマニューバを、数種類は用意しておいていないヤツは、オレには勝てないんだよ、後輩!!
……圧勝する。
ミシェルはそう確信していたが―――『キメラ』と、そのパイロットも意地を見せて来た。破壊されながらも突撃を敢行してくる、スラスターを使いながら、ジオン伝統の斧で殴りかかろうとした。
しかし……。
その動きこそ、隊長には読まれてしまう。ジオンの伝統的な攻撃は、隊長のほうがより専門家なのである。若い頃から、最も対戦した相手は連邦の敵ではない。切磋琢磨を続けた同胞とのシミュレーション/模擬戦だ。
ジオンの攻撃を、隊長が操る『グフ・カスタム/接近戦闘の雄』に当てるのは、当然ながら至難の業であった。
黒く塗られた鬼はなめらかに動き、『キメラ』の突撃を回避しつつ、グフの伝統的武装、ヒートサーベルを踊らせていた。
赤熱する巨刀が、『キメラ』の胴体を斬り裂いていく瞬間をミシェル・ルオは目を見開いたまま観察していた。
実戦経験で己を鍛えようとする彼女は、そのときモビルスーツと共に、若い男の肉体が斬り裂かれていく気配を感じた。
彼女の座しているシートの奥に内蔵されているサイコフレームが、『袖付き』の若き闘士の死に反応したかのように、低い起動音を放つ。死を保存している?……あの敵は、死の恐怖に震える感応波を、サイコフレームに伝えたのだろうか―――。
「―――勝ちましたぜ。ミシェルさま」
「え……他は?」
「2号機、3号機、4号機が排除しました。対モビルスーツ用の銃座も、全て破壊しましたよ……圧倒することが出来たので、敵は投降を選んだようです。もしかすると、少佐殿を生かして回収することも可能かもしれませんぜ」
「……そう。生きて回収できるのなら……それはそれで、地球連邦軍への貸しにも出来るわ。マーサ・ビスト・カーバインの協力者だったとしても、ね……死体にしたければ、あちらが勝手にするでしょうしね」
「ハハハ。痺れるお言葉ですぜ。貴方は、我々の主に相応しい」
「モビルスーツ乗りのお墨付きだけじゃあ、ルオ商会の長にはなれなくてよ。そんな戯れ言はどうでもいいの。さっさと仕事をすませましょう」
※会員登録するとコメントが書き込める様になります。