ACT018 『評価』
「スゴいな。思っていたよりはやりますね、ジュナ・バシュタ少尉は」
「単純なフライングにも引っかからなかった。まあ、アレは、経験から来るもので、こちらもだけど、あちらもズルいというか?」
「……でも、三機のギラ・ズールを沈めたのは見事です。最後の蹴りで、ナラティブの脚も壊してしまいましたが、三機潰して、脚一本なら、十分なレートですよ」
エンジニアたちが語り合う光景を、ブリック・テクラートは複雑な表情で見ていた。ジュナ・バシュタ少尉が想像以上の実力を発揮してくれたことを、彼は素直には喜べないでいる。
主であるミシェル・ルオは喜ぶだろうが、彼には彼の考えも存在していた。『不死鳥狩り』……その作戦を、ルオ商会の実質的なリーダーであり、ミシェルの義姉であるステファニー・ルオは快く思ってはいない。
姉妹の対立を招くことになる……。
それを喜ぶ者は、ルオ商会に身を置く者には、一人だっていないのだ。
『シンギュラリティ・ワン』。
技術的特異点。この世界にあるはずもなく、あるべきではない存在。そんな神話の回収に、人員と資産と時間を投入する。
その行為の果てに、ステファニーとの間にある軋轢が広がることは、秘書として止めるべきではないのだろうか。
いや、悩むまでもないはずのことだった。この研究棟の詳細をステファニーさまにお話しして、彼女に圧力をかけてもらい……『不死鳥狩り』そのものを潰してしまえばいいのではないか。
……ミシェル・ルオへの裏切り。裏切りを嫌う、彼女に『それ』をすれば、自分は二度と彼女の前に現れることは出来なくなるだろう。殺されることはないだろうが、遠ざけられることになる……。
それを、恐いと考えているのだろうか?
それが、さみしいと?
……どちらであったとしても。どちらともであったとしても。ミシェルさまのためを考えれば、『不死鳥狩り』などという怪しげな作戦を、実行すべきでないことは明白。それなのに、私は……何をしているのだろうか?
眼鏡の下にある琥珀色の瞳を一瞬だけ揺らして、ブリック・テクラートは表情を引き締める。
「……皆さん、彼女の評価は?」
「行けると思いますよ、テクラートさん!!」
「相性もいいと思います。ナラティブみたいな扱いにくい機体を、シミュレーターとはいえ、最初から十分な及第点で扱えていますからね」
「……『不死鳥狩り』に耐えられると?」
「断言は難しいですが、十分に可能性はあると思います。少尉は、それほど心拍が乱れてはいません。今回のシミュレーターは特別仕様で、音とか光とか衝撃を、実際のそれよりも大きくしているんですが……ビビっていない」
「肝っ玉だけは、エースと変わりませんよ。操縦技能の成績は、うちらの専属テストパイロットに比べると、かなり下回りますけど……」
「……精神力は強い、ですか」
「え、ええ。エンジニアとしては、精神論に頼るのはアレっすけど……サイコフレームを使うっていうのなら、その要素もいると考えています」
「……使えるのですか、彼女に?」
ブリック・テクラートは医療チームのメンバーに顔を向けた。ジュナのバイタルと、精神感応の出力を計測していた金髪の女が返答した。
「もちろんです。十二分な能力を発揮しています。実戦でも無いのに、これだけの感応波。不謹慎なものの言い方ですけれど、幾つかの薬物を投与すれば、現役の強化人間と同じか、それ以上かもしれません」
「……たしかに、不謹慎な言い方だな」
「す、すみません」
「マイクはオフにしてますから、少尉には聞こえてません」
「当然だよ。聞こえていれば、信用を失いかねない発言だった」
「……ですが、彼女の能力は、十分です。おそらく、強化施設によるトレーニングや、薬物の投与などの処置の結果、元々からあった強化人間としての資質が、研ぎ澄まされているものと考えられます」
「なるほど。それで……サイコスーツに、彼女は耐えられると?」
「理論値では、大丈夫なはずです。彼女は……通常の強化人間よりも、よりニュータイプに近い存在のように思えます」
「……よりニュータイプに近い存在か」
薬物を投与すれば、ニュータイプに迫れる?……ミシェルさまに聞かせたくはない言葉ではあるが、報告しないわけにもいかないか。
「戦闘技能の方は、まあ、射撃も格闘も回避も、十分ですぜ。どれだけの訓練期間を用意してあげられるかにかかっちゃいますが……彼女、エースにはなれないかもしれませんが、二番機か三番機を務められるレベルには、磨けば届きますよ」
元モビルスーツ・パイロットであるチーム・メンバーはそう断言した。
ニュータイプ並みの感応波に、準エース級の操縦技能に―――旧型の実験機体とはいえ、ガンダムがそろった。そろってしまったと言うべきか。
「我々、エンジニア・チームも、医療・チームも同意見のようです。テクラートさん。『不死鳥狩り』に、ジュナ・バシュタ少尉ほどの適任を他に探すのは、おそらくムリだと考えられます」
「そうですよ。ガンダムへの適性に、強化人間としての感応波。それらを兼ね揃えるパイロットは……ジオンにはいても、地球連邦側には、ほんの一握りしかいません」
「……それをスカウトしている時間的な余裕はない」
……それも、分かってはいる。
『シンギュラリティ・ワン』を探しているのは、自分たちだけではないのだ。『袖付き』たちも、間違いなく探している。サイコフレーム技術の優位を確立することが出来れば、『次の戦争』の勝者になれるかもしれないからだ……。
そして、有能な強化人間の数は、ネオ・ジオンが最も多く保有しているはず。彼らに渡すのは、あまりにも危険ではある―――せっかく、地球連邦側の勝利という形で、世界は落ち着きを取り戻そうとしているというのに。
……サイコフレーム技術を、独占することが出来たなら、ステファニーさまも、我々の行動を許してくれるだろうか?……それとも、そんな制御不能な『オカルト』を、やはり彼女は嫌うのだろうか。
どうあれ。ジュナ・バシュタは証明してしまった。自分が『不死鳥狩り』に参加するに相応しい能力を有しているという事実を……。
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