ACT014 『出来損ないのガンダム』
契約は交わされた。ジュナ・バシュタ少尉は、ミシェル・ルオの計画する『不死鳥狩り』という作戦に参加する。この目の前で組み立てられつつあるガンダムを乗りこなすことで……。
その契約に、ジュナは納得していた。リタ・ベルナルに会えるというのならば、それでいい。罪を償えるチャンスだ。
自分たちが裏切ってしまった、彼女に会う。そして……そうすれば……今度こそ、振り返る彼女に対して、無力なまま見捨てたことを……謝ることが出来るじゃないか。
「……それで。このガンダムは、いつ出来る?」
「二日後には完成します」
「ほとんど出来ているのに、まだそんなにかかるのか?」
「ええ。なにぶん、しばらく放置されていた機体ですからね」
「……なんだと?」
「このガンダムの頭部に、見覚えはありませんか?」
「……頭?」
翡翠色の瞳が、その言葉に導かれて半ば宙づり状態にあるガンダムの頭部を見た。そのガンダムは……似ていた。
アムロ・レイが駆ったガンダムたちに……それも、νガンダム。その機体に、これは極めてよく似ている。
「νガンダム。アムロ・レイが……アクシズを動かした時に乗っていた機体に、よく似ているな」
「さすがは連邦軍のモビルスーツ・パイロットですね」
ついさっき、大佐からもらった記憶媒体で、何度も繰り返し見たからな……その言葉を口にすることはなかった。大佐のキャリアに泥を塗るつもりは、ジュナには一切ないのだから。
機密情報を、部下に見せた?……引退も遠くはない大佐に、背負わせたくはない不名誉なレッテルだった。
……しかし。
「どうして、νガンダムに似ているんだ?」
「設計されたのが、それよりも前だからです」
「……なに?」
「このガンダムは、νガンダムのプロトタイプのような存在だったそうです。全ての資料を提供されているわけではありませんから、どこまでが真実なのかは判断しかねますが」
「アナハイム・エレクトロニクスから譲渡されたというのか?」
「ええ。彼らしか、ガンダムを作ることは出来ませんからね。私たちは、彼らから、この『廃棄寸前だった古びた実験機の残骸』を、譲り受けたのです」
ヒドい言い方をされているな。ジュナは、目の前にいる連邦軍のフラッグ・モビルスーツの一機を見上げながら、同情心を抱かずにはいられなかった。
「アナハイムに捨てられたか」
「そういう見方も出来ますが、これでもフレームは頑丈です。新しい機材を移植しますので、あまり使い勝手の悪さを貴方に与えることはない……こちらのエンジニアはそう予測しています」
「……古い機体か。『目』が悪そうだ」
「全方位を見渡せるほどの角度はありません。ですが、貴方は単独で戦うわけではありませんから」
「……特殊部隊の一員として、戦うわけだ」
「そうなります。ですから、死角が多くても、そこは仲間にカバーしてもらえる。隊員たちは、失礼ながら……誰もが、ジュナ・バシュタ少尉よりもキャリアと実力で秀でているパイロットたちです」
「……ふん」
たしかに、失礼なハナシではあったが、たしかに事実だろう。
平和な海での哨戒任務ばかりを経験してきた自分と、モビルスーツ同士で殺し合いの戦いを経験してきた特殊部隊。狼と子犬ほどに差があると言われたって、反論する術を持たない。
「……しかし。私をガンダムに乗せる必要があるのか?」
「ミシェルさまによれば。それが最重要のメソッドだと」
「……よく分からないが、ハナシには乗ってやる。リタに、会えるんだな?」
「全ての作戦が、我々の思いのままに実行されたなら」
「……そうか。それなら、何だっていい。私は、このガンダムに乗る。弱そうに見えるが……そこが私らしい気もするしな」
「分かりました。では、当面のスケジュールをお話しいたします」
「スケジュール?」
「訓練をして頂くことになります。貴方の戦績だけでは、どうにも心許ない。『不死鳥狩り』では、あらゆる装備を駆使して戦い抜いてもらうことになる」
「……リタは、何に巻き込まれている?」
「それは―――」
「―――説明する権限を与えられていないわけか」
「ミシェルさまのご指示ですので、それは絶対です」
「……そうか。それなら、いいんだ」
……自分でも、驚くほどにアッサリと引き下がってしまっていた。その理由は、分かる。怯えているからだ。リタが、どんな大事に巻き込まれているのかを、知ること。それに対して躊躇いがあった。
情けないハナシだと思う。切れた唇の端を舐めて、痛みを感じる。わずかな血の味も。臆病者め。生きるコトに、必死になって来た意味を、理由を、ようやく理解したというのにな……。
そうだ。
出会って、償うために、生きて来た。
……甘さがある。甘さがあるんだよ、リタ。私は、やはり臆病で、勇気が足りない。でも、この十年間。苦しみ続けて来た。
勇気では、お前を追いかけられないというのなら―――この苦しみと絶望を、怒りに変えて私は進んでやろう。
英雄にはなれない。ニュータイプになどなれなかった、ニセモノである私には、そんな昏い感情でしか、ガンダムには乗れそうにない。
「……おい、ブリック・テクラート」
「なんでしょうか、ジュナ・バシュタ少尉」
「……このガンダムの名前は、なんていうんだ?……アナハイムに捨てられて、ミシェルにもらわれてきた、弱くて古い、死にかけのガンダムは?」
「……ナラティブです」
「ナラティブ?」
「『神話』。その意味を持たされています。このモビルスーツの名前は、『ナラティブガンダム』。我々の作戦、『不死鳥狩り』を成し遂げるための、貴方専用のガンダムです」
「……ナラティブか。貧相な生まれの割りには、大層な名前をつけてもらっているじゃないか。よろしくな、ナラティブ。私は、お前の専属パイロットだぞ」
ジュナはまだ骨組みの状態であるガンダムに対して、そう呼びかけていた。ガンダムは応えることはない。ただ、金属粒子のにおいを空気中に舞い上がらせながら、その場で静かにたたずむのみだった。
こうして、ミシェル・ルオの描く『不死鳥狩り』に必要な駒が、集まりつつあった―――。
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