ACT221 『予感』
回収作業を急がなければならない。ジュナ・バシュタ少尉はオープン周波数の無線を使い、母艦に呼びかける。
「なあ、ミシェル!医療班を用意させておけ!」
『……了解よ。そのなかにいるヒト……弱っているのね』
「お前もそんな気がするのかよ。なら、当たっているかもしれない。だから……すぐに、回収してくれ」
『大丈夫よ。すでに医療スタッフは配置済み。私の子宮にお父さまとのあいだに作った生命を着床させた人たちよ?腕は折り紙付きってところね』
……お父さまとのあいだに作った生命ね。子供って素直に言えば良いのにな。特殊な人生を歩みすぎていやがるぜ……なんだか、ミシェルらしい。
「双子ども、護衛しなさい」
『了解ー』
『わかりましたよ、少尉』
宇宙空間に完全に適応したモビルスーツ・ゴルファーたちは、ナラティブガンダムが抱えるコンテナの周囲にそれぞれのジェスタを位置取らせる。宇宙空間の初心者とは思えない動きだと、ジュナ・バシュタ少尉は感心してやることにする。コイツらはバカでアホでマヌケで不誠実で、しまりのないうすら笑いを標準装備した、じつに下らない低脳どもだが……モビルスーツパ・パイロットとしては、なかなかに有能なのだ。
「神サマは一人に一つずつぐらいは、マシなものを与えて下さるってことかもね」
『なんかー、悪口言っていないっすかー?』
『そんな気がするぜ。バシュタ少尉、オレたち繊細な心を持っている動物なんだから、悪口を言うのはやめてくれよ?』
「何を言っているのかしらね?私、ひとことだって悪口なんて言っていないでしょ?腕っこきだって褒めてあげているんだから、ちゃんと見張りをしなさいな」
『へーい!』
『了解!』
……宇宙空間をスラスター噴射で加速して行きながら、ナラティブガンダムとコンテナは近づいてくる輸送船の下面にやって来る。
『軸合わせしますよ。指定の通りに、動かして下さい。オートで行きますか?』
「モビルスーツ・パイロットを舐めないの。オートよりも、人体にやさしい動きを出来るんだからね」
『そうですね。では、お願いします』
「任せなさい」
ジュナ・バシュタ少尉は愛機を操作する―――輸送船のブリッジでは、ベテラン・パイロットたちが賞賛の口笛を鳴らしていた。
「……いい動きしやがる。なんていうか、フェミニンだよ、いい意味で」
「オレちゃんたちみたいな、ガサツなパイロットだと、ああいう動きはやれんよな……なんていうか、アレは……ガキでも抱えた母親みたいな動きをしてやがるよ」
「……宇宙に出て、パイロットとしての感性が磨かれるのは、オールドタイプも同じってことかもしれないわね」
黒髪を宙に浮かばせながら、ミシェル・ルオはブリッジを飛び抜けていく。イアゴ・ハーカナ少佐は、興味を引かれていた。
「どういう意味だ?……大尉の言葉に、何か意味を感じたのかい、『奇跡の子供たち』」
「そういうことよ。この件に関しては、私のほうが一流かもしれない。いるわよ。あのなかには……ちいさな感応波の使い手がいる」
ちいさな感応波の使い手。その言葉に、スワンソン大尉はまばたきをしながら、二つの意味を頭に浮かべていた。
「……どちらの意味だい?それって、感応波がスモールってことなのか?……それとも、使い手のサイズが小さいってことか?」
「おいおい、後者ちゃんの場合じゃよ、それって……ガキってことになるんだろ?」
「……子供を抱えた母親みたいな動き……そういうことかよ!」
イアゴ・ハーカナ少佐も、ミシェル・ルオの後を追いかけるようにブリッジを後にする。何か出来ることがあるのかは、分からない。だが……その現場に駆けつけるべきだと自分で決めていた。自分より、若い命が死ぬことは、辛い。一種の罪悪感を覚えてしまうのだ。
アムロ・レイが地球を救ってみせた、『アクシズ・ショック』の現場にいた彼には、どこか生き急ぐ性質が刻みつけられている。自分が生かされた意味を模索し、そしてそれを実践することを願っているように、スワンソン大尉には感じられるときがあった。それは、決して健全な傾向という範囲には収まらないことを、スワンソン大尉は理解している。
「おせっかいなヒトだよ、オレたちの隊長は」
「……善良であろうとしている。ヒトを救おうと必死なところがある。そういう雰囲気をまとっているヤツってのはさ―――」
「―――皆まで、言わなくていい。そういうことにならないために、オレは……あの人の副官をやっているつもりだよ」
「いい副官だよ、スワンソンくんは。じゃあ、善良なるパイロットのあとでも追いかけてみようじゃないかね。オレ、クズ野郎だからさ。悲惨なことになっても、動じずに動けるタイプだ。アフリカ戦線で、民族浄化の惨状も知っているしね」
「……いろいろと、苦労しているな、アンタも」
「苦労はしていないよ。オレの人生の道を、ハーカナ少佐が送ったりしたらさ、きっとゲロ吐いて若ハゲしちまうほどのストレスに見舞われていただろうけど……」
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