ACT214 『モチベーション』
涙を拭い、無重力にその残滓を漂わせながら、ジュナ・バシュタ少尉は宣言する。
「……することは一つだ。フェネクスをサイコキャプチャーで捉える。連絡がそれだけなら、私はトレーニングに戻るぞ……他のヤツらは、どうするんだ?NTDに暴走させられているフェネクスに、今さらビビるようなヤツらじゃないだろ」
返事を聞く前に、ジュナ・バシュタ少尉はブリッジを後にしていく。宙を舞うしなやかな体からは、言葉をかけるのをためらってしまうほどの闘志が放たれているのが分かる。彼女は、この数日でパイロットとして急激に成長しているし……ニュータイプとしての能力も冴え渡っている。
「……へへへー。じゃあ、オレたちもさー」
「行くとしようか。少尉だけじゃ、冴えないトレーニングになりそうだし」
「そうだな。2人ともいってやれ」
「大尉はー?」
「いかないんすか?」
「そのうちに行くさ。フェネクスの動きについて、オレと少佐とスワンソンくんで話し合うことにするのさ……ダマスカスのチームと合流する前に、通信で出来る作戦会議はしておくべきだからな」
「了解っすー」
「サボんないでくださいよ、大尉。じゃあ、オレたちは先に行きますよ」
双子たちも、ジュナ・バシュタ少尉のことを追いかけるようにして無重力の世界を飛んで行く。コソ泥のような生活をして来た彼らではあるが、義侠心を喪失しているわけでもないのだ。
ジュナ・バシュタ少尉の涙に、応えてやりたくなっている。そして、オーガスタの悲惨な被害者たちを目の当たりにしたことで、彼らもまた強化人間の悲劇を、止めてやりたいという正義に目覚めつつもあった。まあ……ルオ商会が約束してくれた高額の報酬も魅力的ではあり、十二分なモチベーションを彼らに与えてくれてはいるのだが。
「へへへー。やるぜー」
「ああ。やったやろうぜ、兄弟」
やる気に燃える双子を見送りながら、大尉はため息を吐いていた。彼らに聞こえないように小さくだが、この場に残った連中には筒抜けである。
「悩みかしら、大尉さん?」
「……あのバカ・ツインズがやる気になっている。不安だな。アイツらの死亡フラグじゃなければいいんだがよう」
「……才能はある連中だ。死なせるようなことにはならないよ。オレのあばらも、宇宙に戻ったら、かなり楽になって来たしな」
「戦場に出る気か、スワンソン?」
「ええ。少佐……シェザール2がいないと、不安でしょう?……ユニコーンガンダム3号機、強化されたNTD……たとえ、オートパイロットだとしても……反射速度はオレたち以上でしょう。懐に潜り込まれたら、即座にバラバラにされちまいますよ」
「フォーメーションを組みながら、間合いを開けて戦おうって腹なワケだな、スワンソンくんよ。君らしい、良策だ」
「アンタに褒められると、どこか調子が狂うぜ……でも、その策しかない。オレたちがフォーメーションで追い詰めて、ジュナ・バシュタ少尉のナラティブガンダムに任せるしか手段がなさそうなんだよなぁ……」
「基本に戻るが、それしかあるまい。バシュタ少尉の、ニュータイプとしての共感能力にも期待したい……ミシェル・ルオ」
「何かしら、少佐?」
「君も、リタ・ベルナル少尉に呼びかけてくれるな?」
「……ええ。私よりも、ジュナの方が効果的でしょうけれど。近づけば、通信で叫び続けてやるわ。ずっと助けてあげられなかった私のことなんて、リタは嫌うかもしれないけれどね……他に、ジュナの援護をしてあげられる方法もない」
「……それに、分かっているな。捕獲がムリな時は」
「何度も聞かないでいいわよ。リタごとフェネクスを撃墜すべきね。あの機体が連邦軍にも……それに、『袖付き』やネオ・ジオンに渡ることは危険だもの」
「『袖付き』か……怪しい動きだったし、アレは……やっぱり、ジオン共和国の工作部隊なんでしょうかね、少佐?」
「可能性は高い。機体の動きのデータをアナハイム・エレクトロニクスの工場長に見せたんだ。そして、彼の意見を求めてみたら……シナンジュだろうと言われた」
「……ガンダムもどきの正体は、アナハイム・エレクトロニクス社製品ってことかい」
「そうらしいな。『袖付き』のリーダーだった、フルフロンタルの愛機シナンジュ……その片割れが、ジオン共和国軍にありそうだ……彼の勘らしいがな」
「技術屋の勘か、そいつは、とても頼りになりそうだね。何か、言いにくい事情がある時は、そんな言い回しで、真実を薄めてみたりするかもしれないしね」
「……オレもそう思うよ。とにかく、そのシナンジュの片割れだとすれば、スペックだけなら、詳細なデータがある……」
「オレたちで、シナンジュってのを落とそうってワケですね、少佐」
「ああ……ナラティブガンダムに、フェネクスを任せる以上……露払いはオレたちがするべきだろう」
「たしかに、その通りだね。そもそも、あのガンダムもどきの強さは、オレたちぐらいじゃないと止められないからね。若手たちじゃ、長くはもたんよ」
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