ACT137 『鋼のやさしさ、鋼の狂気』
その拒絶がもたらした絶望に、獣は再び呼び起こされるのだ。
ゼリータが後ろへと跳んだ。パイロットのためのシートに、彼女の背中は叩きつけられる。痛みはあるが、問題はない。
肉体的な痛みなど、今のゼリータの前には、とても小さなことで、気にすることも出来やしなかった。
「……殺す。殺す。殺してやるぞ、リタ・ベルナル!!……その分からず屋のお前の、バカみたいな脳天気さを壊してやる!!……そんな惨めな姿に成り果てても、世界を理解することが出来ないお前なんて、殺してやるッ!!……行くぞ、シナンジュ・スタイン!!」
赤い瞳に血の涙はあふれて。ゼリータ・アッカネン大尉に最も柔軟な鋼の騎士が、彼女を抱きしめるようにコックピット・ハッチを閉めていた。
そのシナンジュ・スタインの様子に、ユニコーンガンダム3号機、『フェネクス』は反応する。一本角に戻っていた角が、輝きをあふれさせながら、四つに枝分かれした角へと変貌していく。
デストロイ・モード。ユニコーンガンダムたちが持つ、戦闘形態である。
「けっきょくは、理解などすることが出来ぬ定めかッ!!リタ・ベルナル!!お前のような者は……世界を、ただ無意味に存続させるということが、今、私には分かってしまったぞ!!……お前は、アムロ・レイに過ぎん。奇跡を見せても、世界を変えられなかった存在に……ッ!!……なら、なら、私は……奇跡ではない力をもって、世界を変えてやる!!」
ゼリータはそう叫び、シナンジュ・スタインを走らせる。ビーム・サーベルを抜いたシナンジュ・スタインは、再び、宇宙空間で見せた―――いや、あのときよりも激しい動きを使って、『フェネクス』に襲いかかっていく。
『フェネクス』は、防戦一方であった。この狭い空間では、自慢のハイスピードは意味がなくなるのだ。
「逃げ込んだ先は、お前にとって、たんなる鳥かごに過ぎなかったとはなァ、不死鳥よおおお!!皮肉だなって、思わないかああッ!!」
長引いた戦闘でシナンジュ・スタインも弱っているが、『フェネクス』は、それよりも更に弱っている。
ビーム・サーベルの威力を分散するための黄金色の装甲も、その輝きをゆっくりと失い始めている。
ゼリータは、今もコクピット・ブレイク狙いだ。『フェネクス』は、そこを本能的に守ろうとする。銀河旅行に耐える体にされてしまったというのに、まだ、それを守る未練があるとは―――いやいや、実に女らしいじゃないかね!!
軽蔑するように笑いながら、戦士の貌になったゼリータは、愛機に剣の舞いを踊らせる。『フェネクス』は、狭い坑道のなかを、後方に向かって跳ねるようにして逃げていく。
「防戦一方かよ!?……そのままで、どうにかなっちゃうとか、考えるなよ、リタ・ベルナルちゃーん!!……私は、お前を必ず、仕留める!!お前を、それから引きずり出して、その翼を、私のモノにする!!……お前のような弱い女には、それは勿体ない!!私こそが、そのガンダムに相応しい乗り手だな……って、思うんだよねえええッ!!」
シナンジュ・スタインの突きが、『フェネクス』を貫いた―――いや、感触がない!?
「……っ!?」
ゼリータは気がついていた。自分たちの戦っていた坑道の奥には、大きな縦穴があったことに。『フェネクス』は、坑道を防御一辺倒で下がりながらも、その広い空間を目指していたのだ……。
その広さのなかに、今、『フェネクス』はいた。瞬間移動のような力を、再び発現させていた。
「……私の右目に、映らせなかったというのか……?……私たちも、疲れているらしいな……シナンジュ・スタイン……っ」
口惜しいかな、サイコミュ兵装を使い過ぎたのだろう。
自分の能力の低さが、イヤになる……感応波を出せるほどの精神力が、今の自分には残ってはいないのだ。『フェネクス』には、これで逃げられてしまう。
……接近戦をしてくれるなら、まだ戦えたんだがな。そんなコトを考えながら、口惜しさに唇を噛む。資源用小惑星の縦穴のなかを、『フェネクス』はゆっくりと落ちていく。
重力など無いはずなのに……まるで、地球にでも引きずられているようだ。
「……魂を、地球に引きずられている、クソ女めェ……ッ」
ハイ・ビーム・ライフルがあれば……射撃することも出来たが、どうにもならないだろう。宇宙が見えた。穴の奥は、広大な宇宙へと繋がっているのだ。その穴目掛けて、『フェネクス』は加速を初めていた。
……キュイイイイイイイイイイイイイイイイイイインンンンッ!!
鳥が歌うような甲高い音を残しながら、ユニコーンガンダム3号機と、そのパイロット、リタ・ベルナルが宇宙に向かって光にも似た速度で飛び去っていく。
遠くなる、一瞬で、どうすることも出来ないほどに、遠くへと行ってしまうのだ……それが光速……。
「…………いいさ。戦い方は、分かった。お前だって、無敵じゃない。無敵じゃないし……お前から、私は学んだハズだ。ニュータイプってモノを、学んだ。奇跡を起こせる、本物の力の一端に、私は触れたんだぜ?……強くなる。今日よりも、明日は、はるかに強くなっているんだぞ、リタ・ベルナルよ……」
首を洗って待っているがいい。お前に、私が理解することの出来ない『目的』があるというのならば……それを突けばいい。
お前は、地球だか、そこにいる誰かだかに、魂を引っ張られている者に過ぎない。そんなヤツに、光速の翼は、使いこなせるはずがない。
「……次は、捕らえてやる。それまで、せいぜい、鳴いていろ、不死鳥よ」
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