ACT102 『幻覚』
スワンソン大尉の目の前で、『ネームレス2』が急変していく。その装甲の内側から、赤い輝きが放たれているのだ。
「な、なんだ、コイツ……ッ!?」
『……装甲の下に、何か、隠していた……?……サイコミュ兵器、なのか……っ!?』
イアゴ・ハーカナ少佐の声が聞こえる。サイコミュ兵器?……そうか、そういう得体の知れなさはある。たしかに、動きがおかしかった。でも……だが、これは……さっきよりも、違うモノなんじゃないのかッ!?
『……スワンソンくん、さっさと攻撃するんだ。その機体、苦しそうだぜ。今のうちにぶっ殺しちまえ』
あのならず者らしい大尉の声がそう聞こえる。騎士道精神とは程遠い言葉ではあったが、たしかにチャンスではある。流星みたいに速く、鋭く動いていた『ネームレス2』は、今は棒立ち状態だ。
僚機を失った悲しみと苦しみが、痛いほどに伝わってくる―――若い女だ。まだ、娘と呼べる年齢の声ではあったが―――いや、ためらっている場合じゃない!!
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!」
絶叫で迷いを打ち消した。装甲の下から、赤く光る何かを浮上させてくるモビルスーツに対して……いや、その搭乗パイロットの若い女に対して、スワンソン大尉は同情心を抱いていたが、今は、叫びがくれる攻撃的な衝動をつかい、そんな感情を上塗りする。
迷いを衝動の下に隠し、彼はジェスタによる火力を総動員し、棒立ち状態となっている『ネームレス2』を攻撃していた!!
頭部のバルカン砲と、ビームライフルの射撃。シェザール2がサブウェポンとして保持している、50ミリの徹甲弾を吐き出す、マシンガン。それらの火力を『ネームレス2』に注ぎ込んでいく!!
ダガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッ!!
弾丸の群れが、荒々しく『ネームレス2』を削って行く。装甲が硬い?……ガンダリウム合金の比重が多い?……それにしたって、硬すぎやしないか?……い、いや。崩れているのに……脚も、胴体も、大穴が開いているのに……こいつ……立っている!?
『おい、スワンソン!!何をしている、敵は、とっくに動いているぞ!!』
『上だよ、上!!スワンソンくん!!』
「……え!?」
スワンソン大尉は、上空を見た。『ネームレス2』は、空高くに跳び上がっている。
シェザール2による攻撃は、たった一発だって、命中することは無かったのである。空中にいる『ネームレス2』は、スラスターを噴射して、シェザール2から遠ざかってくれた。
安堵した。
そのことに、スワンソン大尉は屈辱を感じてしまう。
「くそ……し、しかし!!どうしてだ!?……お、オレは、たしかに、当てていたんだぞ!?」
『なに!?』
『……はあ。サイコミュがどーたらとか言っていたな。もしかして、そいつに化かされているのかもしれないな』
「ば、化かされるだと……!?」
『……一時期、アフリカの紛争地帯で、そんな『敵』と遭遇する噂ってのがあったよ。その『敵』は、いきなり現れる。だから、反射して攻撃する、当たっているようにHUDにも表示されるが……気づけば、遠く離れた場所にいて、そのまま逃げられてしまう』
「……当てていた。いや、当てているように、オレは認識していた」
『……オレには、ヤツがとんでもない勢いで跳躍し、お前の攻撃を回避するように見えたぞ』
『……範囲があるのかもな。アレは、サイコジャック……?……って、言うのかね。オレちゃんが、ジェスタの操縦機能をハッキングするように……スワンソンくんの機体か、あるいは…………ああ、どうかな』
「……勿体ぶるな!!」
『……ああ。スマンね。オレのテキトーな勘由来の言葉になるけど……スワンソンくんの脳をハッキングして、認識を操作しているのかもしれん』
「なに……?オレの、頭を、ハッキングしている!?」
『ミノフスキー粒子は、まだそれなりに漂っているからな……高度な情報の無線送信は難しいんだ。それに、モビルスーツを無線でハッキングするのも、これまた難しい。そうされないように、対策はバッチリだ』
「だろうな……モビルスーツをそう簡単にハッキングされるのなら、最強の兵器だ!!」
『ああ。だから、有線でもぶっ刺して、無理やり操作するか……あるいは、ニュータイプが何かが、パイロットの脳に干渉する力でも発揮しているかだな。アムロ・レイとかは、やれたらしいじゃないか、サイコミュ兵器。端末を、遠隔操縦さ』
「……オレの精神が、操作されたのか?」
『かもしれん。オレの予測は、よく外れもする。当たることもある。半々だ。今日は、1勝2敗のペースだったかな?……そろそろ、当たるかもしれんよ』
『……大尉殿の予想の正しさはともかく……スワンソン、注意しろ。こっちに、まともに動けるモビルスーツはお前のジェスタだけだ。一対一をやるには、辛い相手だが……』
「……やるしかないでしょうよ。パイロットが交替するのを、待っててくれるのなら別ですが……あの女……っ。オレたち全員を、殺すつもりなんですよ」
僚機を失ったときの怒りと、悲しみと、喪失感。それはスワンソンにも経験がある。彼もまた、この戦争だらけの世紀を戦い抜いて来たパイロットなのだ。
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