ACT090 『5対6』
夕暮れが迫り、オーストラリアの赤い荒野はその色を深めていく。
コロニー落としの影響と、長年繰り返されたモビルスーツを用いた紛争のせいで、地球はすっかりと放射性物質と化学物質の数々に汚染されているのだ。
西の果てに沈もうとする陽光を、汚れた大気は血のように赤く輝かせることがあるが、今日も世界は不気味なほどに紅く染まる……。
『……不吉な赤だぜー』
『……アフリカの連中は、悪魔が来る兆しって、言ってましたね』
『砂漠はヒトをロマンチストにさせるもんだ。だから、ネタに困った芸術家どもは砂漠に向かう。何もないから、創作欲求が掻き立てられるんだよ……』
『大尉がかっこつけててウゼー。知ったかぶりすぎるよ』
『そうそう。大尉みたいな『俗物』に、芸術家の心なんて分かるわけ無いのにな』
『……君らはオレとつるんでいるのに、オレの隠された芸術家としての面に気がつけていないだけだ。いいか?……アダルト雑誌を読書としてカウントするような貴様らに、オレさまの繊細な心情は分からないんだよ!!』
『……ああ、まったく。何て緊張感のないヤツらなんだ?……お前たち、状況は分かっているよな?』
『分かっているっすよー』
『だから準備してんじゃないか。大尉なんかに負けちまったヤツが、偉そうに言うな』
『く……っ』
スワンソン大尉が顔をしかめているのが、イアゴ・ハーカナ少佐には見える。パイロットとしての実力で、スワンソンは遅れを取ってしまったのだ。
階級の権威は失われることになる。戦場というものは、極限状態では階級よりも実力がモノを言い始めるのだ。
……スワンソンが、あの双子とやらに劣っているとは思わないが、大尉殿に関しては明らかにスワンソンよりも上だ。
『……言い訳するようだが……あの距離で、当てられるとは思わなかったんだ』
『だろうな。そういう思考をついて撃ったんだよ。敵か味方か分からないから、手加減してな。殺さないようにした』
『……いい腕だよ、アンタ』
『大尉はモビルスーツの操縦だけなら、世界一みたく思える時がありますもんねー』
『いいか、ジェスタ乗り?大尉は、お前の核エンジンを撃ち抜いて爆発させ、その混乱に乗じて、オレたち、もう片方のジェスタをタコ殴りにすることだってやれたんだぞ』
『……地球を汚染する気かよ?』
『死ぬぐらいなら、それも構わん。放射性物質なんて、地球には降り注ぎ続けているんだよ。オレたちが少々、まき散らしたところで、世界の終わりが加速するのは、ちょっとだけ。それなら、自前の命を優先すべきだ』
『……傲慢さを感じるよ』
『否定はしない。だが、何をしても生き残るという精神は大切だ。そうでなければ、シビアな戦いは生き残れんぜ』
『……たしかにな。アンタは、オレよりも修羅場を多く潜って来ていそうだ』
『一年戦争の前から殺し屋だからな』
『……手加減してくれて感謝するよ。まあ、理想的には睨み合いを続けてくれたなら、幸いだったがな』
『そうだな。オレちゃんも気が短すぎたわ。でも、そっちもだんまり決めるのが早すぎたよ。ああいうときは、動いちまうことに決めてる。悪い結果になることもあるが……少なくとも、これまでは命を長らえることが出来た』
『……荒んだ人生経験だな』
『大尉はクソ野郎っすからねー』
『泥棒で、勘違い野郎で……モビルスーツの操縦しか取り柄がないんだ』
『もっとある。君らは、オレの部下のくせに、オレの良さに気がつかなすぎているぞ』
「……ハハハハ!!」
『……少佐?』
「……いや。面白いヤツらだと思ってな。口も動くが、指も動いているところが気に入ったよ。こちらとの情報共有、出来たな?」
『ああ。問題はない。この双子どもも、並みよりは上だ。バカでアホだが、モビルスーツの操縦センスはある……バカで、アホだがな』
『二度も言いやがったー』
『イジメだ。イジメ!!』
『……まったく。緊張感がないぜ。これから、どこかの特殊部隊と戦うってのにな』
「それも気に入っている。気負えば良いというものではない。元々が、不利な戦いだ。心に不安があれば、必ずや負ける」
『いいこと言うぜ。オレが言おうとしていたセリフにそっくりだよ』
『絶対、嘘だー』
『大尉はヒトの良いところを掠め取るのが上手いだけなんだよ』
……まったくもって、緊張感とは真逆にある人物たちではあるが……この下らない会話の最中にも、ジェガンの機体に新しいステータスを打ち込んでいやがる。
ジェガンの体が、わずかに動いているのが、その証拠だ。この地形と、オレが与えた戦術に機体のステータスを調整している。
とんでもない練度ではあるわけだ。いや、全般的にはそうでもないのだろうが、妙なところに特化しているというかな―――。
「―――彼らなら、時間を稼いでくれるはずだ。ジェスタに乗っているオレたちが、いかに早く敵を始末することが出来るか……それに全てはかかっている。スワンソン、いけるな?」
『……ええ。汚名を返上させてもらいますよ。オレは、シェザールの2番機なんだ』
『……バカ・ツインズどもよ。来たぜ。北東から来る……風に乗せてミノフスキー粒子の散布が終わったと考えているな。実際、レーダーは、その影響下にあるが』
「……オレたちが和解したことも悟ったようだ。ルオ商会に雇われた者同士で仲間割れしてくれたら、自分たちの仕事が楽だと思っていた。ヤツらもオレたちを警戒しているのか……この怪しげな仕事に乗る気じゃないかだ」
『それに、周囲にオレたちの仲間がいないかも探っていたんでしょうよ……オレたちの護衛対象は……本当に来るんでしょうかね?』
「……それまでもフェイクだったら、泣けてくるな。だが。今は、とにかく5対6を生き残るとしよう」
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