二十四章 母の所在
「マリアンヌ様の居所ですが」
クラウディアがカーラ二世に酷い仕打ちを受けてから数日後、従来の予定はダジュールひとりが行うことになり、事実上、クラウディアを人質に取られているようなものだった。
ふたりがカーラに滞在する期間は十日間、すでにその日程の半分が過ぎていた。
今日も朝からダジュールはカーラがセッティングした日程を律儀にこなしている。
従順であれば危害は加えられないと言われた通り、カーラ側からのピリピリした空気は感じない。
また監視役として付き添っているロナウドも必要以上に親身に世話を焼いてくれていた。
そんな頃、部屋でひとりになっていたクラウディアの元を訪れるのはタリアの役目になっていた。
「その話をここでしてもいいのですか?」
最初はどんなことを言ってもいい、絶対にクラウディアを引き入れろと言われていたタリアだったが、クラウディアがおとなしくしている今、カーラ側の手の内を見せるのは逆効果な気がする。
「知ったところで連れ出せやしないと思っていると思います。それに、親子関係を調べるにあたり、近々、会うことができると思います」
「そうですか……でも不思議。母に会えるというのに、期待とかまったくないんですよ」
「そういうものですよ。会いたいと思って捜していたわけではないでしょう?」
「……はい」
「それと、黒ダイヤを持ち込んでらしたとか。すばらしいですわ」
「……え?」
「カーラは黒ダイヤの存在をとても恐れております。カルミラが標的になったのも、レイバラルにカルミラの宝石のほとんどを持ち出させたのも、すべては黒ダイヤのためと言ってもいいのですから」
「いわくつき、なのですよね?」
「そのようですね。けれど、カルミラにあった時はまったくありませんでしたよ?」
「……みたいですね。でも、継承者しか触れられないと聞きました」
「それはきっと、オス・メスを間違えて触れてしまったのでしょう」
「はい?」
「あら、いやですわ。ケイモス様はお話になっていませんのね。黒ダイヤにはオスとメスがあり、男性がメスに触れようとすると黒ダイヤがいやがる、またはオスの黒ダイヤが嫉妬しているのですよ。ですから、触れるものさえ間違わなければよいのです。それに、呪いとか、そのようなものではなく、ピリッと電流が流れるような、そんな感じのようです。それでも子供や老人には堪えますので継承者のみとするようになったのだと思います」
タリアは楽しそうにニコニコしながら話す。
その表情を変えずに、
「それでね、マリアンヌ様救出はその黒ダイヤを使いたいのですが」
という。
「……えっと、いいですけど」
「ありがとうございます。お持ちになった黒ダイヤがオスかメスかはわかりませんが、カーラのものは触れないでしょう。仮に触れてしまえばパニックを起こすと思います。人は迷信というものに弱く翻弄されやいす生き物ですから。正しい知識があれば惑わされることはないというのに」
と話したところで、クラウディアにもタリアがなにを企んでいるのかがわかったような気がしてきた。
「もしかして、黒ダイヤに触れて死んだとかにして連れ出すのですか?」
「あら! そんな物騒なこと、言ってませんわよ? でも、おもしろそうですわね。信用のできる医師に仮死状態になる薬を調合していただきましょう。そうね、心臓が止まれば城の中に昔からある霊安室に移動になるわね。知っていて? 昔のお城にはいろいろ抜け道がありますのよ。それはもう今の偽帝王も知らない、隠し通路が」
フフフと笑いながら楽しそうである。
「タリアさん、楽しそうですね」
「クラウディア様、タリアと呼んでくださいませんと困りますわ。わずかであれ、わたくしはあなた様の乳母をしていましたのよ?」
と言われても、とても乳母という雰囲気ではない。
「すみません、ええっと、タリア?」
「はい、なんでしょう、クラウディア様。ああ、早くリリシア様と堂々とお呼びしたいですわ」
「えっと、すべてが片づいたら好きに呼んでくれていいと思うけれど」
「そうですわね。であれば、さっさと終わらせてしまいましょう」
「本当に楽しそうですね」
「はい。二十年待ちましたから。それに、元々こういうのはわたくしの得意とする分野なんですよ?」
「え?」
「工作員とか暗殺部隊とか、わたしくしが在籍していた部署です」
もう驚きはしないと思っていたところにこの新情報。
クラウディアは半ば口を開きかけたまま固まってしまう。
「マリアンヌ様が懇願しただけでカルミラ出身のわたくしが生かされるわけありませんよ。もちろん、偽帝王からは酷い仕打ちを受けましたし、今でも夜の相手をさせられますけれど、わたくしに工作員としての能力や暗殺者としての能力があったからですの。意に反した暗殺も……だけれど、祖国の者を手に掛けてはいませんわ。その辺りはいろいろと細工をいたしましたの」
明るくサラリとタリアはいうが、あの偽帝王のことだ、執拗に酷い仕打ちの数々を繰り返しただろう。
死んだ方がマシと思ったこともあると言っていたのだから、それを思えばクラウディアが経験したことはまだ序の口かもしれない。
クラウディアがカーラ二世に酷い仕打ちを受けてから数日後、従来の予定はダジュールひとりが行うことになり、事実上、クラウディアを人質に取られているようなものだった。
ふたりがカーラに滞在する期間は十日間、すでにその日程の半分が過ぎていた。
今日も朝からダジュールはカーラがセッティングした日程を律儀にこなしている。
従順であれば危害は加えられないと言われた通り、カーラ側からのピリピリした空気は感じない。
また監視役として付き添っているロナウドも必要以上に親身に世話を焼いてくれていた。
そんな頃、部屋でひとりになっていたクラウディアの元を訪れるのはタリアの役目になっていた。
「その話をここでしてもいいのですか?」
最初はどんなことを言ってもいい、絶対にクラウディアを引き入れろと言われていたタリアだったが、クラウディアがおとなしくしている今、カーラ側の手の内を見せるのは逆効果な気がする。
「知ったところで連れ出せやしないと思っていると思います。それに、親子関係を調べるにあたり、近々、会うことができると思います」
「そうですか……でも不思議。母に会えるというのに、期待とかまったくないんですよ」
「そういうものですよ。会いたいと思って捜していたわけではないでしょう?」
「……はい」
「それと、黒ダイヤを持ち込んでらしたとか。すばらしいですわ」
「……え?」
「カーラは黒ダイヤの存在をとても恐れております。カルミラが標的になったのも、レイバラルにカルミラの宝石のほとんどを持ち出させたのも、すべては黒ダイヤのためと言ってもいいのですから」
「いわくつき、なのですよね?」
「そのようですね。けれど、カルミラにあった時はまったくありませんでしたよ?」
「……みたいですね。でも、継承者しか触れられないと聞きました」
「それはきっと、オス・メスを間違えて触れてしまったのでしょう」
「はい?」
「あら、いやですわ。ケイモス様はお話になっていませんのね。黒ダイヤにはオスとメスがあり、男性がメスに触れようとすると黒ダイヤがいやがる、またはオスの黒ダイヤが嫉妬しているのですよ。ですから、触れるものさえ間違わなければよいのです。それに、呪いとか、そのようなものではなく、ピリッと電流が流れるような、そんな感じのようです。それでも子供や老人には堪えますので継承者のみとするようになったのだと思います」
タリアは楽しそうにニコニコしながら話す。
その表情を変えずに、
「それでね、マリアンヌ様救出はその黒ダイヤを使いたいのですが」
という。
「……えっと、いいですけど」
「ありがとうございます。お持ちになった黒ダイヤがオスかメスかはわかりませんが、カーラのものは触れないでしょう。仮に触れてしまえばパニックを起こすと思います。人は迷信というものに弱く翻弄されやいす生き物ですから。正しい知識があれば惑わされることはないというのに」
と話したところで、クラウディアにもタリアがなにを企んでいるのかがわかったような気がしてきた。
「もしかして、黒ダイヤに触れて死んだとかにして連れ出すのですか?」
「あら! そんな物騒なこと、言ってませんわよ? でも、おもしろそうですわね。信用のできる医師に仮死状態になる薬を調合していただきましょう。そうね、心臓が止まれば城の中に昔からある霊安室に移動になるわね。知っていて? 昔のお城にはいろいろ抜け道がありますのよ。それはもう今の偽帝王も知らない、隠し通路が」
フフフと笑いながら楽しそうである。
「タリアさん、楽しそうですね」
「クラウディア様、タリアと呼んでくださいませんと困りますわ。わずかであれ、わたくしはあなた様の乳母をしていましたのよ?」
と言われても、とても乳母という雰囲気ではない。
「すみません、ええっと、タリア?」
「はい、なんでしょう、クラウディア様。ああ、早くリリシア様と堂々とお呼びしたいですわ」
「えっと、すべてが片づいたら好きに呼んでくれていいと思うけれど」
「そうですわね。であれば、さっさと終わらせてしまいましょう」
「本当に楽しそうですね」
「はい。二十年待ちましたから。それに、元々こういうのはわたくしの得意とする分野なんですよ?」
「え?」
「工作員とか暗殺部隊とか、わたしくしが在籍していた部署です」
もう驚きはしないと思っていたところにこの新情報。
クラウディアは半ば口を開きかけたまま固まってしまう。
「マリアンヌ様が懇願しただけでカルミラ出身のわたくしが生かされるわけありませんよ。もちろん、偽帝王からは酷い仕打ちを受けましたし、今でも夜の相手をさせられますけれど、わたくしに工作員としての能力や暗殺者としての能力があったからですの。意に反した暗殺も……だけれど、祖国の者を手に掛けてはいませんわ。その辺りはいろいろと細工をいたしましたの」
明るくサラリとタリアはいうが、あの偽帝王のことだ、執拗に酷い仕打ちの数々を繰り返しただろう。
死んだ方がマシと思ったこともあると言っていたのだから、それを思えばクラウディアが経験したことはまだ序の口かもしれない。
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