二十章 囚われの姫
クラウディアが連れられて入った場所は、四方を石の壁で覆われた部屋。
わずかな空気穴があるだけで、外を伺うことは叶わない。
壁や天井には鎖が付けられていたり吊るされていたり。
どことなくじめじめした空気と、異様な空気が混ざり合う空間だった。
「ここはまあ、見て察しがつくだろうが拷問部屋だ。かつてはこれらが連なり、捕らえた者たちの口を割るために使用していた。今は撤去したが、かなりえぐい拷問具も使用していたらしいぞ。それを今は鎖で括り付けるだけで終わりだ。これでは誰が支配者で誰が下等な生き物かわからなくなるのも無理はない」
「……とても一国の王が口にする言葉とは思えないのだけど?」
「クッ、そうかもしれないが、そうでもないかもしれないぞ。なにを基準にして王としての資質を問う? おまえのところの王はかなりのヘタレではないか。あれでは民衆にバカにされ、臣下に呆れられ、孤立してクーデターを起こされるのがオチだ」
「まるで、クーデターを起こしたことがあるような言い方をするのね」
「クッ、したと言ったらどうする?」
「……!」
「はっ、顔色が変わったな。実はな、おもしろい情報が飛び込んできた。マリアンヌ姫の忘れ形見が生きていた、というものだ」
「……それのどこがおもしろいの?」
「ああ、そう返してくるのか。あくまでもとぼけるつもりだな。それならそれでいい。では、この情報ならどうだ? ダジュール王には祖国裏切りの血が流れている……なんてバカげた情報だ。笑い話のような情報だろう?」
カーラ二世は自身の発言に声をあげて笑い出した。
「どうした、なぜ笑わない? それとも、知っていてこのカーラに乗り込んできたのか? だとしたら無謀、バカ、哀れ。ふむ、どの言葉もしっくりこないが、身の程知らずというべきか」
自分のことであれば長年偽り続けたことが身にしみている。
しかしダジュールのことになるとなぜか自身を偽ることができない。
彼を罵る言葉、彼の祖先を罵る言葉が許せない。
「さて、できればおまえが素直で従順であってほしいものだな。誰だって好んで痛い思いはしたくはないだろう? それとも、女の口を割るのは痛みだけではないことをその体に教え込むというのもあるが? 苦痛も快楽になる。そうだな、もう二度とダジュールのようなヘタレ王のところに戻りたくなくなるほど、力ある王がどれほどのものか、おまえの体にたたき込んでやる。さあ、俺の前にひざまづけ! 床に額をこすりつけ懇願し続けてみせろ!」
膝を折らないクラウディアは足を払われ転んでしまう。
そのまま頭に足を置かれ、床に額をこすりつけろとばかりに押しつけられる。
そのまま頭が押しつぶされてしまうかくらいの強さに、抵抗する力が削がれていく。
人は命の危険に直面すると、無意識に自己防衛が働くらしい。
屈した方が楽と脳が判断してしまう。
「はっ、そうだ。最初からそうしていればいい」
押し戻そうとする力が弱まるのを感じたカーラ二世は気分が高潮していく。
足をどけ、中かがみになり、今度はクラウディアの髪を鷲掴みにして顔をあげる。
真正面にクラウディアの顔を見据えるカーラ二世は、舌なめずりをした。
その様子にクラウディアは死に直面した恐怖とは別の怖さを感じた。
この男は狂気、また凶器そのものなのだと!
「ロナウドが、見事な黄金の髪であったとベタ褒めしていたが、なるほどな。それにその漆黒の瞳の奥に宿る強さにも見覚えがある。そうではないかと言われてしまえばそのように見えなくもない。おまえ、リリシア・カルミラか?」
クラウディアは答えない。
ただ黙ってまっすぐにカーラ二世をみる。
目をそらしてしまってはいけないような気がしたからだ。
しかし体の震えは止まらない。
「体が震えているぞ。俺が怖いか? それとも、これから先に待ち受ける試練を想像して震えているのか? 愚かだな。怖ければ従順でいけばいいだけだ。恐怖政治こそが和平に繋がると、なぜわからない。だからクーデターなど起こされるのだ!」
やはり、カーラ帝国の内部でクーデターは起きていた。
しかし帝王はそのまま、どのあたりがクーデターの対象だったのだろうか。
帝王が恐怖政治を遂行するといい、邪魔な大臣などを罷免、もしくは理由付けの罪をきせて処刑してしまえばいい。
処刑は見せしめとなり、瞬く間に恐怖政治の幕開けとなる。
「……あなたはカーラ帝国でなにをされたの?」
問いかけたクラウディアだが、その問いに返ってきたのは焼けるような痛みだった。
最初はなにが起きたのかさえクラウディア本人にもわからなかった。
じんわりと痛い頬と、カーラ二世の舌打ちによって、彼の機嫌を損ねたのだと理解する。
思いっきり頬を平手うちされたクラウディアの唇かせ血が滲んだ。
「ああ、すまないね。血を流させてしまって。その頬はかなり腫れるだろうね。だがおまえが悪いんだよ? 質問をしているのは俺だ。俺の質問に答えろ。おまえはリリシア・カルミラなのか?」
養父であるケイモスからはクラウディアこそがリリシア・カルミラであると言われたが、彼以外でそれを認めている者はいない。
信じている養父の言葉は信じたいが、クラウディア本人としては信じると断言できないでいた。
だとすれば、この問いかけにどう答えるべきだろうか。
わずかな空気穴があるだけで、外を伺うことは叶わない。
壁や天井には鎖が付けられていたり吊るされていたり。
どことなくじめじめした空気と、異様な空気が混ざり合う空間だった。
「ここはまあ、見て察しがつくだろうが拷問部屋だ。かつてはこれらが連なり、捕らえた者たちの口を割るために使用していた。今は撤去したが、かなりえぐい拷問具も使用していたらしいぞ。それを今は鎖で括り付けるだけで終わりだ。これでは誰が支配者で誰が下等な生き物かわからなくなるのも無理はない」
「……とても一国の王が口にする言葉とは思えないのだけど?」
「クッ、そうかもしれないが、そうでもないかもしれないぞ。なにを基準にして王としての資質を問う? おまえのところの王はかなりのヘタレではないか。あれでは民衆にバカにされ、臣下に呆れられ、孤立してクーデターを起こされるのがオチだ」
「まるで、クーデターを起こしたことがあるような言い方をするのね」
「クッ、したと言ったらどうする?」
「……!」
「はっ、顔色が変わったな。実はな、おもしろい情報が飛び込んできた。マリアンヌ姫の忘れ形見が生きていた、というものだ」
「……それのどこがおもしろいの?」
「ああ、そう返してくるのか。あくまでもとぼけるつもりだな。それならそれでいい。では、この情報ならどうだ? ダジュール王には祖国裏切りの血が流れている……なんてバカげた情報だ。笑い話のような情報だろう?」
カーラ二世は自身の発言に声をあげて笑い出した。
「どうした、なぜ笑わない? それとも、知っていてこのカーラに乗り込んできたのか? だとしたら無謀、バカ、哀れ。ふむ、どの言葉もしっくりこないが、身の程知らずというべきか」
自分のことであれば長年偽り続けたことが身にしみている。
しかしダジュールのことになるとなぜか自身を偽ることができない。
彼を罵る言葉、彼の祖先を罵る言葉が許せない。
「さて、できればおまえが素直で従順であってほしいものだな。誰だって好んで痛い思いはしたくはないだろう? それとも、女の口を割るのは痛みだけではないことをその体に教え込むというのもあるが? 苦痛も快楽になる。そうだな、もう二度とダジュールのようなヘタレ王のところに戻りたくなくなるほど、力ある王がどれほどのものか、おまえの体にたたき込んでやる。さあ、俺の前にひざまづけ! 床に額をこすりつけ懇願し続けてみせろ!」
膝を折らないクラウディアは足を払われ転んでしまう。
そのまま頭に足を置かれ、床に額をこすりつけろとばかりに押しつけられる。
そのまま頭が押しつぶされてしまうかくらいの強さに、抵抗する力が削がれていく。
人は命の危険に直面すると、無意識に自己防衛が働くらしい。
屈した方が楽と脳が判断してしまう。
「はっ、そうだ。最初からそうしていればいい」
押し戻そうとする力が弱まるのを感じたカーラ二世は気分が高潮していく。
足をどけ、中かがみになり、今度はクラウディアの髪を鷲掴みにして顔をあげる。
真正面にクラウディアの顔を見据えるカーラ二世は、舌なめずりをした。
その様子にクラウディアは死に直面した恐怖とは別の怖さを感じた。
この男は狂気、また凶器そのものなのだと!
「ロナウドが、見事な黄金の髪であったとベタ褒めしていたが、なるほどな。それにその漆黒の瞳の奥に宿る強さにも見覚えがある。そうではないかと言われてしまえばそのように見えなくもない。おまえ、リリシア・カルミラか?」
クラウディアは答えない。
ただ黙ってまっすぐにカーラ二世をみる。
目をそらしてしまってはいけないような気がしたからだ。
しかし体の震えは止まらない。
「体が震えているぞ。俺が怖いか? それとも、これから先に待ち受ける試練を想像して震えているのか? 愚かだな。怖ければ従順でいけばいいだけだ。恐怖政治こそが和平に繋がると、なぜわからない。だからクーデターなど起こされるのだ!」
やはり、カーラ帝国の内部でクーデターは起きていた。
しかし帝王はそのまま、どのあたりがクーデターの対象だったのだろうか。
帝王が恐怖政治を遂行するといい、邪魔な大臣などを罷免、もしくは理由付けの罪をきせて処刑してしまえばいい。
処刑は見せしめとなり、瞬く間に恐怖政治の幕開けとなる。
「……あなたはカーラ帝国でなにをされたの?」
問いかけたクラウディアだが、その問いに返ってきたのは焼けるような痛みだった。
最初はなにが起きたのかさえクラウディア本人にもわからなかった。
じんわりと痛い頬と、カーラ二世の舌打ちによって、彼の機嫌を損ねたのだと理解する。
思いっきり頬を平手うちされたクラウディアの唇かせ血が滲んだ。
「ああ、すまないね。血を流させてしまって。その頬はかなり腫れるだろうね。だがおまえが悪いんだよ? 質問をしているのは俺だ。俺の質問に答えろ。おまえはリリシア・カルミラなのか?」
養父であるケイモスからはクラウディアこそがリリシア・カルミラであると言われたが、彼以外でそれを認めている者はいない。
信じている養父の言葉は信じたいが、クラウディア本人としては信じると断言できないでいた。
だとすれば、この問いかけにどう答えるべきだろうか。
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