十三章 政務
昼近くになってやっと解放されたダジュールは、朝食抜きの状態で執務室に閉じこめられる。
夕方から晩餐会が行われ、そこには各国からの大使が参加、王のご成婚へのお祝いの言葉が贈られる。
その晩餐会は夜通し行われることもあり、その前に済ませられる政務は済ませて置こうとアーノルドが提案したからであった。
普段であれば冗談ではないというところだが、ダジュールにとっても忙しくしている方が都合がよかった。
クラウディアと会ったところでなにを言えばいいのかがわからないし、自分の犯した罪への後ろめたさがついて回ることからも逃げたかった。
クラウディアに対して、生涯償うということに偽りはないのだが、全面的に自身が悪いことに対し、どうしていいのかがわからないのだ。
ところがここで問題が起きる。
「この書類へのサインをお願いしたいのですが」
とひとりの役員が執務室へとやってくる。
食糧難になっている地域への援助に対する事案の承諾を得たいというもの。
とても後回しにできる事案ではないので、ダジュールはすぐにペンを取ったのだが。
「すまない、この手ではサインが難しい。王の承認印だけではダメか?」
「議会に提出程度であればよいかもしれませんが、これは王の承諾を得た決定事項になりますので、サインと印を頂かなくては決行できません」
「代行ではダメか?」
「代行といいますと?」
「秘書をしてくれているアーノルドだ」
「まあ、アーノルド様でしたら。しかし、昨日ご結婚され王妃様をお迎えになっておられますし、王妃様のサインと王の印があれば完璧かと思います」
「……っう、なに?」
ダジュールがすごむと、
「ひっ! あ、あの、なにか不都合でも?」
と委員は恐縮したように震えた。
「もう、人を脅すなんて王様のすること?」
と、そこにクラウディアが姿を見せた。
車いすを押しているのはアーノルド。
当然、委員に対しての態度にしかめっ面をダジュールに向けていた。
「遅れてすみません、今、わたしがサインを致しますね。できるだけ早く援助をしてさしあげてください。頼みますね」
と声をかけながら、ダジュールから書類を奪い、サラサラとサインをする。
クラウディア・レイバラルとサインされたその横に、ダジュールが王の承認印を押す。
しかし新しい王妃がお声をかけたのに対し、王は仏頂面のまま無言で書類を突っ返した。
委員がすごすごと退室すると、ダジュールはクラウディアから目を反らす。
「あからさまに避けないで」
声を発したのはクラウディア。
「はじめてだと言わなかったわたしも悪い。一応、知識では知っていたの。だけど、あんなに辛いものだなんて思わなくて」
クラウディアが自分も悪いというと、
「俺を罵ってくれていい。その方が気が楽だ」
「あら、だったら罵ったりしないわ。その方が辛いのでしょう?」
「……っう」
「ふふふっ、そうふてくされるところ、あなたの本心みたいね。わたしの前では飾らなくていい。だからわたしも飾らない。いいたいことは言い合いましょう。まずはわたしからね。晩餐会、できればでたくない。わたしの顔はあまりいろんな人に見せない方がいいと思うの。ちょうどこんな状態だし。ダメかな?」
ダジュールがチラリとアーノルドをみる。
「今夜車いすなしで過ごされるのは厳しいですね。移動には車いすが必要です。そのたびにあなたが抱き抱えますか? しかし、昨夜、男として女性にあのような仕打ちをしたあなたに、クラウディア様が信頼して体を預けるとは思いません」
どうやら、アーノルドもクラウディアの味方らしい。
「アーノルドは夫婦で晩餐会に参加しなくても問題ないと?」
「いいえ、問題ですね。しかし、初夜を楽しんだとでもしておけばよいでしょう。足腰たたなくなるまで王妃を愛したとでもいえば、愛妻として定着しますし、お世継ぎの顔が拝める日も近いとなるでしょうね。変な印象もつくかもしれませんが」
「俺にはそれを甘んじて受けなくてはならないことをしたといいたいのか?」
「どう思われるかは、王自身が決めることです」
「わかった。クラウディアは養生していろ。というか、早く歩けるようになってもらわなくては困る」
「でしょうね。ではそのように致します。それと、意地を張らずにサインは王妃にお頼みください。では」
と、クラウディアをデスクの横に連れて行き、車いすを固定させると、アーノルドは出て行った。
ふたりきりになると、その場の空気が一気に重々しくなる。
「なあ……、悪かったな、本当に」
「ぜんぜん悪かったという気持ちが伝わってこないから、無理しなくていいわ」
「……ったく、かわいくないな。少しは可愛げってものがあった方がいいんじゃないか?」
「かわいいって思われたくて手を組んだわけじゃないもの。それにそういうのって意識して楽しいもの? わたしはひとりの人にちょっとした仕草とかでそう感じてもらえた方が嬉しい」
「そういうものか……」
とまた空気がよどみ重苦しくなる。
こんな空気の場所にやってくる者たちのことを思うと不憫でしかないと、扉の外で様子を伺っていたアーノルドは思うのだった。
夕方から晩餐会が行われ、そこには各国からの大使が参加、王のご成婚へのお祝いの言葉が贈られる。
その晩餐会は夜通し行われることもあり、その前に済ませられる政務は済ませて置こうとアーノルドが提案したからであった。
普段であれば冗談ではないというところだが、ダジュールにとっても忙しくしている方が都合がよかった。
クラウディアと会ったところでなにを言えばいいのかがわからないし、自分の犯した罪への後ろめたさがついて回ることからも逃げたかった。
クラウディアに対して、生涯償うということに偽りはないのだが、全面的に自身が悪いことに対し、どうしていいのかがわからないのだ。
ところがここで問題が起きる。
「この書類へのサインをお願いしたいのですが」
とひとりの役員が執務室へとやってくる。
食糧難になっている地域への援助に対する事案の承諾を得たいというもの。
とても後回しにできる事案ではないので、ダジュールはすぐにペンを取ったのだが。
「すまない、この手ではサインが難しい。王の承認印だけではダメか?」
「議会に提出程度であればよいかもしれませんが、これは王の承諾を得た決定事項になりますので、サインと印を頂かなくては決行できません」
「代行ではダメか?」
「代行といいますと?」
「秘書をしてくれているアーノルドだ」
「まあ、アーノルド様でしたら。しかし、昨日ご結婚され王妃様をお迎えになっておられますし、王妃様のサインと王の印があれば完璧かと思います」
「……っう、なに?」
ダジュールがすごむと、
「ひっ! あ、あの、なにか不都合でも?」
と委員は恐縮したように震えた。
「もう、人を脅すなんて王様のすること?」
と、そこにクラウディアが姿を見せた。
車いすを押しているのはアーノルド。
当然、委員に対しての態度にしかめっ面をダジュールに向けていた。
「遅れてすみません、今、わたしがサインを致しますね。できるだけ早く援助をしてさしあげてください。頼みますね」
と声をかけながら、ダジュールから書類を奪い、サラサラとサインをする。
クラウディア・レイバラルとサインされたその横に、ダジュールが王の承認印を押す。
しかし新しい王妃がお声をかけたのに対し、王は仏頂面のまま無言で書類を突っ返した。
委員がすごすごと退室すると、ダジュールはクラウディアから目を反らす。
「あからさまに避けないで」
声を発したのはクラウディア。
「はじめてだと言わなかったわたしも悪い。一応、知識では知っていたの。だけど、あんなに辛いものだなんて思わなくて」
クラウディアが自分も悪いというと、
「俺を罵ってくれていい。その方が気が楽だ」
「あら、だったら罵ったりしないわ。その方が辛いのでしょう?」
「……っう」
「ふふふっ、そうふてくされるところ、あなたの本心みたいね。わたしの前では飾らなくていい。だからわたしも飾らない。いいたいことは言い合いましょう。まずはわたしからね。晩餐会、できればでたくない。わたしの顔はあまりいろんな人に見せない方がいいと思うの。ちょうどこんな状態だし。ダメかな?」
ダジュールがチラリとアーノルドをみる。
「今夜車いすなしで過ごされるのは厳しいですね。移動には車いすが必要です。そのたびにあなたが抱き抱えますか? しかし、昨夜、男として女性にあのような仕打ちをしたあなたに、クラウディア様が信頼して体を預けるとは思いません」
どうやら、アーノルドもクラウディアの味方らしい。
「アーノルドは夫婦で晩餐会に参加しなくても問題ないと?」
「いいえ、問題ですね。しかし、初夜を楽しんだとでもしておけばよいでしょう。足腰たたなくなるまで王妃を愛したとでもいえば、愛妻として定着しますし、お世継ぎの顔が拝める日も近いとなるでしょうね。変な印象もつくかもしれませんが」
「俺にはそれを甘んじて受けなくてはならないことをしたといいたいのか?」
「どう思われるかは、王自身が決めることです」
「わかった。クラウディアは養生していろ。というか、早く歩けるようになってもらわなくては困る」
「でしょうね。ではそのように致します。それと、意地を張らずにサインは王妃にお頼みください。では」
と、クラウディアをデスクの横に連れて行き、車いすを固定させると、アーノルドは出て行った。
ふたりきりになると、その場の空気が一気に重々しくなる。
「なあ……、悪かったな、本当に」
「ぜんぜん悪かったという気持ちが伝わってこないから、無理しなくていいわ」
「……ったく、かわいくないな。少しは可愛げってものがあった方がいいんじゃないか?」
「かわいいって思われたくて手を組んだわけじゃないもの。それにそういうのって意識して楽しいもの? わたしはひとりの人にちょっとした仕草とかでそう感じてもらえた方が嬉しい」
「そういうものか……」
とまた空気がよどみ重苦しくなる。
こんな空気の場所にやってくる者たちのことを思うと不憫でしかないと、扉の外で様子を伺っていたアーノルドは思うのだった。
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