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いち、にい、さん!

原作: 銀魂 作者: 澪音(れいん)
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36話 「探し屋の記憶」


※「」の表記を、現在と過去の描写で分けています。
「」の場合は現在の会話で、『』は過去にされた会話を示しています。


俺はずっと、「あの子」を探していた。

自分の名前は忘れても、
自分の記憶は忘れても、
それでも唯一失くしはしなかった「あの子」への未練。

死者は現世の未練を持ったまま成仏することは出来ないのだという。
その大きさは、小さかれ、その者にとって些細なものであれ、なんであれ。
少しでも現世に未練が、引っ掛かりがあるまま成仏することは出来ないと。

俺はあの人に拾われ、そして死者として生きる中で、自分の「未練」を探し続けていた。

そんな俺の下へやってきた「あの子」を目に映した時、「あの子」と自分がどんな関係だったのか、それすら覚えていなかったのに、なぜだか「あの頃と変わらない」そう思えた。

あの子と出会うことが俺の未練なのだとしたら、俺は当の昔に消えているはずだというのに、今もうこうしてあの子の記憶探しをしているということは、やはり自分の記憶を思い出さないことには消えることは出来ないのだろう。

この世界にやって来る前に、拾文字さんに報告に行くと、俺の顔を見てすべてを察したのか、苦笑いをしながらその大きな手を俺の頭に乗せて乱暴なくらいに撫で回すとあの人が俺につけてくれた名前を呼ぶ。

『碧壱、お前のしたいようにしてやれ。規則なんて気にすんじゃねぇぞ』

責任は俺が取ってやる、なんて男気溢れる活を入れられ、やって来た世界で後輩である肆谷に不安そうな視線を向けられてしまいながらも、情けない自分を奮い立たせることが出来ずにいた。

拾文字さんが昔、「探し屋」になったばかりの俺に言っていたことを思い出す。
人の記憶というのはまさに宇宙のように広大なチリみたいに広がっている。本人はとうに忘れていると思っていることでも、なんの拍子かに思い出すのは、実際は記憶の奥の奥にしまい込んでしまっているだけで、本人すら意識していない場所に散りばめられているだけなのだと。広大な宇宙に自分ひとりでそれを我武者羅に探し求めたって仕方がない。ほんの少し、何かが組み合わされば何でもないことなのに、その辺人間という生き物は機械類のように上手くできてはいない。だから自分たちは、「探し屋」はそんな記憶の海の中に釣り糸を垂らして、記憶を探す「手伝い」をするんだと話していた。

自分の記憶すら見つけられない俺が、他人の記憶を探し続けてもう随分になる。
けれどその時間は単位にすれば長くそれは恐ろしい時間の流れがあったけれど、体感的な時間で言えば、そう、あっという間な出来事だった。

俺もいつか、あの人のようになりたい。
心の中に居座っている「あの子」に苛まれた俺に、「探し屋」という居場所をくれた十文字さんは間違いなく俺にとっての恩人で、あの人のような人を救う「探し屋」になりたいと弟子入りするのに少しの迷いもなかった。
俺の願いは成仏することではなく、死者のままこの人のように生き続けること。そう思って生きてきた俺は、いつしか自分の記憶を探すことから目を背けていたのかもしれない。

だから拾文字さんは、自分に来た依頼を俺に回したのだろうか。
あの人は、何にも見ていないように見せて、すべてを見るのが上手いから、俺が「あの子」に気付くよりも前に気付くことなんて容易いことなのかもしれない。



「壱橋さん?」

いつの間にか目の前に来ていたらしい「あの子」が不思議そうな顔をする。
「どうした?」と問いかけようとして、目の前に置かれたままのお茶がすっかり冷めてしまっているのに気が付いた。

「ぼんやりしてどうかしましたか?」

そう言えば、考え事をしている間に、お茶を置いておくと言われた気がして、慌てて手を伸ばすと、俺が湯飲みを掴む前に「あの子」が湯飲みを下げて、新しい、まだ湯気が立っている淹れたてのお茶を差し出してくれた。

「今日は肆谷さんと伍谷さんは一旦弐那川さんのところへ戻られると言っていましたよ。参ツ葉さんは別室のほうに」

「参ツ葉のやつも今日は向こうじゃなかったか?」

「?昨日話していたじゃないですか、今日はこちらで用事が出来たから向こうに戻るのは少し先延ばしにするって。…壱橋さん、もしかして疲れているんじゃ」

眉を下げた「あの子」は俺に手を伸ばして、額に触れると、「うーん」と考えながら小首を傾げた。死者の俺達は風邪なんて引くこともないと忘れているのだろうか。額の手を振り払うこともせずに黙ってされるがままになっている俺に「あの子」は「お布団敷きますから、少し休んでくださいね」と立ち上がって背を向けてしまう。

一瞬自分の手が無意識に「あの子」を追うように持ち上がり、慌てて下げると「体調は悪くない」と障子を開ける一歩手前だった彼女に伝えた。

「無理をなさらない方が」

「いや、大丈夫だ。少し考え事をしていて、すっかり忘れていただけだ」

「そうですか?あんまり無理しないでくださいね」

『あんまり無理しないでね』

心配そうにこちらに歩み寄ってきた「あの子」が知らない誰かとダブって見えた。
けれどそれはほんの一瞬で、すぐに記憶にふたをされたように、分からなくなってしまう。
まるで、今は思い出すべきじゃないと誰かに隠されたようで、困惑したまま、それを誤魔化すようにお茶を飲み干した。



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