第七師団所属主
「何度言ったら分かるの!?
白い物と分けて洗濯してるんだから、回してる途中に色が移りやすい物を入れないでってば!」
「そんなの俺わからないし。」
「だったら回してる洗濯機に入れないでカゴに入れてよ!
見てよこれ!私の白い下着が真っ黒なんだけど!」
「ちょうどいいじゃん。
黒い下着で無い色気を補填出来るよ。」
「うるさいバカ!!」
私と神威の喧嘩を見て、あぁまたかと周りからの視線が突き刺さる。
こんな下らない喧嘩を1日に何度もしていて、阿伏兎に至っては「お前らの喧嘩見ねぇと1日が始まった気がしねぇ。」なんて言うくらいだった。
喧嘩ばかりしているくらいだから嫌い合っているのかと思うかもしれないけれど、そんなことは無い。
…いや、実のところ神威が私を嫌いな可能性もある。
でも私はその逆で、神威のことが恋愛感情として好きだった。
私が鳳仙団長に拾われた後に神威が鳳仙団長に弟子入りしてこの船に乗り始めたから、第七師団の船での生活は私の方がずっと先輩。
生意気を具現化したような神威と私は初めて会った時から言い合いの喧嘩が絶えなくて、それでもいつの間にか好きになっていて、気がつけばこの歳まで神威にひっそりと片思いを続けていた。
付き合いが長い分、今更素直になんかなれなくて。
今日こそは女の子らしく、優しく、と思っていても何かしら怒らせてくる神威に怒鳴っては後からこうして落ち込んでいた。
「はぁ…。」
「つーかお前も俺達の前で自分の下着広げるか普通。」
「それは本当にごめん。
カッとなってそこまで気が回らなくて。
そうだよね、青少年の性教育によろしく無かったよね。」
「安心しろ。付き合いが長ぇお前に今更欲情する奴なんてほぼ皆無だ。
俺が言ってんのは母ちゃんの下着を見る息子の複雑な心境の話で」
「こんなデカい息子持った覚え無いんだけど。」
「例えばの話だっつの。」
阿伏兎とや他の団員とはこうして普通に話せるのに、どうして神威だと喧嘩になっちゃうのかなぁ…。
今も阿伏兎に随分と失礼なこと言われたけれど、私の怒りバロメーターはうんともすんとも動かない。
「もう好きって言っちまえばいいんじゃねーの。」
「…は、え、いきなり何言ってんの!?」
「何って…、お前、団長のこと好きなんじゃねぇの?
異性として。」
おああああああああ!?!
なんで阿伏兎がそれ知ってんのぉおおお!?!
びっくりして阿伏兎を見上げる顔が爆発しそうなくらい熱くなる。
ヤバいヤバい!こんなのそうです!って表情で認めてるのと変わんないよ!!
「ばっ…ばっかじゃないの!」
「え、お前もしかしてバレてねぇと思ってたの?
オイオイ!馬鹿にも程があるだろォ!
団長以外全員気がついてるっつーの!」
「ううううう嘘!嘘だー!!」
「いやいやマジだって。
もう見てて面倒臭ぇから告白してくれ頼むって全員言ってんぞ。」
消えて無くなりたい…!!
え、私が神威に対して素直になれないことも、馬鹿馬鹿言いながら本当は滅茶苦茶好きなことも皆気がついてるの!?!
ああ…どうしよう、顔から湯気が出そう…。
「阿伏兎ー、次のルートのことなんだけ…ど。」
「ん?あぁ、団長。」
びくぅっ!!と漫画みたいにあからさまに大きく体が跳ね上がった。
その反動で軽く舌噛んだもん、最悪。
今の状態で神威と目なんて合わせらんない…!
そーっと阿伏兎の背中に隠れて様子を伺うも、阿伏兎も神威も何故か沈黙していて気まずくてしょうがない。
その重い沈黙を破ったのは、大きくため息をついた阿伏兎だった。
「…団長、違うからな。」
「俺、まだ何も言って無いけど?」
顔を見なくても分かるくらい、神威の声はピリピリしていた。
コツコツと靴音がこちら側に近付いてくる。
な、なんで神威こんなに機嫌悪いのー!?
ここまでピリピリした神威は、普段の私ですら話し掛けるのに躊躇するくらい厄介だった。
「…だから言ったろーが!
あーもうお前ら本当に面倒臭ぇ!」
「ちょちょちょちょ、やめてよ阿伏兎!」
ふわっと足元から地面が消えて、びっくりして上を見上げるのとぶちギレた様子の阿伏兎に片手で持ち上げられていて。
不安定な上に2メートル近く高いことに恐怖で身が縮こまった。
え、え?
っていうかなんで私持ち上げられてんの?
口を開く間もなく、阿伏兎は片手で私を振りかぶり思いっきり投げた。
投げやがった。
パニックで悲鳴も出なかった私を投げつけられた神威は、軽く両手で私を抱き留めてくれた。
「あ、危っ、危ないでしょうが!」
「何すんの阿伏兎。」
「うるせークソガキ共!
夜飯まで二人きりにしてやるからこれっきりにしろ!」
俺を巻き込むな!と激怒している阿伏兎は、飲むぞてめーら!なんて通路に出て声を上げていた。
ええ…っ阿伏兎までなんでそんなに怒ってんの。
わけが分からずぼーっと阿伏兎が出て行った扉の方を見ていると、私を抱き抱えたままだった神威がそっと私の足に地を着けてくれた。
「あ…有難う。」
「珍しく素直だね。」
「…私だってお礼くらいはちゃんと言いますー!」
先程までピリピリしていた筈の神威は、いつの間にか普段通りに戻っていた。
…さっきの不機嫌はなんだったんだろう。
膨れっ面の私の顔を見て笑っている神威は、どことなく嬉しそうに見えた。
「…なんだか嬉しそうだけど。」
「だって、お前が俺に怒ってくれるから。」
「え…いつからそんなド変態になったの…。」
「そうだなぁ、
…お前が俺にとって特別な人になった時からかな?」
「…………は?」
今、特別な人って言った?
それって私が思っている特別として捉えてしまっていいの?
それともからかってる?
その真意を確かめようと神威の顔を見ると、神威はクスクスと笑っていて。
やっぱりからかわれたんだと気がついて、私の怒りバロメーターがぐんぐん上がっていった。
「最低!からかったでしょ!」
「そんなこと誰も言って無いじゃん。」
「顔が言ってる!」
「からかってないよ。」
「うそ!悪党はそうやって人を騙すんだからね!」
私は騙されないから!とビシッと神威に手の平を突き付けるも、神威は不敵に笑ってその手の平に自身の手の平を重ねて私の手を握った。
「か!?かむっ、」
その握った手をぐいっと神威に引き寄せられて、私はすっぽりとその腕に閉じ込められた。
「俺は悪党でもとびきりの悪党だから、
欲しいと決めたら力ずくで奪っちゃうよ。」
「ふぁ…!?」
「……お前を阿伏兎から奪うから。」
ぐっと低いトーンでそう言った神威に、確信した。
先程までの不機嫌は、私と阿伏兎に嫉妬していたんだって。
私の肩に顔を埋める神威に、私は初めて自分の気持ちに素直になれた。
「…奪うも何も、私は最初から神威のものだよ…。」
「…っ!?はあ!?」
「凄い顔。」
目を皿のようにして口をあんぐりと開けている神威に思わず吹き出して笑ってしまうと、神威は暫くの沈黙の後に私の髪を両手でぐしゃぐしゃにした。
「ちょっと!」
「やっぱりお前は怒った顔より、笑顔の方がいいね。」
「…なっ、」
「ああ、でも、怒った顔も捨てがたいかも。」
「…変態!」
また下らない喧嘩の声が船に響き渡る。
でもこれからは、その後に笑い声も混ざっていく。
きっとこれが私達らしい恋の形なのだと、
漸く手にしたその手を握って笑い合った。
end
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