鹿を追う者は山を見ず
だーっ、ったく。あんなに気合い入りまくりでフル充電したっつーのに、なんでアイツは捕まんないんだか。よりにもよって、先輩を避けるとか何様?ていうか俺、文句いう資格あるよな?あの日から緒方と顔を合わせる時間が全くない。
あんなに毎日顔を見合わせていたのが嘘のようだ。いや、業務は一向に変化がないはずだから、わざと合わないようにしているのか。それとも。
「……。なかったことに、なったってことか? 」
それはそれで、ありがたいことだけど。なんだろう。定位置が決まっている本が本棚に入っていない、みたいな。なんだか、やけにソワソワして淋しい。
「そういえば、さ」
隣の席でお茶をすする三苫がどうでもよさげに、欠伸を噛み殺している。
「佐藤、数日前から出張っすよ?緒方さんあんな仲良さそうだったのに、聞いてないんすか? あ、まぁ。今回のはなんか担当に顔合わせするとか結城さんが言ってたんで、そろそろ一人立ちっすかね」
隣でぶつくさいってる三苫の話は、急な出張の辺りで、当然全く続きは聞いてない。情報は溢れ落ちるばかりで上の空のまま、適当な相づちを打つしかなかった。なるほど、急なアプローチというか行動に合点がく。ここ最近の接近には、うまくもみ消すのにうってつけだったという訳だ。絶対にそうに違いない。あのやろう、絶対わざとだ。うやむやにする気、満々じゃないか。こ憎たらしい笑顔の佐藤を思い出す。
「あのやろ」
いつもなら、冗談ですり抜ける三苫の憶測もつい、真に受けて怒りが口から滑り落ちる。
「おっ。どうしたんすか?緒方さんらしくないっすね」
どこか楽しげな三苫の声は、全く耳に入っていない。三苫自身は気がついてないようで、しきりに話しかけてくる。
「んで、あそういや」
三苫は呆れたように、ふぅとため息を付き、ニヤリと表情を歪ませた。面白そうに、からかい半分の口調でゆるゆると佐藤の話を続けている。こっちは今、アイツの話なんか聞きたくないのに、佐藤佐藤と言われるとどうも落ち着かない。
(結局、どうしたいのか。自分自身がわからない……。クソっ)
落ち着かなくて、あせる気持ちはまるで、砂糖中毒みたいだ。必要もないものなのに身体が必要以上に求めてくる。アイツを求めて、過剰反応しているようだ。急に失うとイライラして苦しくなる。こんな気持ち、知らなかった。
「あー……。佐藤だけに、な……」
薄らぼんやりかましたオヤジギャグは、三苫の話の相づちとなって、会話の中にうまく収まっていく。正直、三苫が鬱陶しいと思うことは多かったけど、ここまでとは思わなかった。いい具合に、イラつかせることがうまい。流石だ。
「……。みぃとまぁ、赤札に変えといて。あ、かちょっ、オレ風邪かも。ちょっと仕事にならんので、今日は帰るね。あ、残りは三苫っちに頼むんでよろしく。んじゃ」
グダグダしゃべる三苫への相づちイラついて、とうとう席を立つ。めんどくさい仕事だけごっそり三苫に押し付けてやった。お前が俺を風邪(仮病)にさせたの。わかる?よろしくぅとやる気のない捨て台詞と三苫の騒ぐ声をBGMに下の階へとおりる。
辺りをキョロキョロしてから会社のロビーで、具合悪いふりして、咳払いをする。くそっ。三苫のやつダラダラ佐藤の話ふってきやがって。イラツイてしょうがないじゃないか。
「病院にでもいきますかね」
仮病でもいちお、風邪だということだから、病院へ行っておこう。会社の近くの耳の遠いじいさんの病院は、ニコチン中毒のかすれ声を風邪だと判断してくれるヤブ医者だ。仮病のときは、いつもお世話になっている。これからだって必要な大事なじぃさんだから、生きてたらいいけど、な。ヨボヨボの体がきしんだからといって、商売をたたんでないことを祈る。やる気のなさが全面に出ている汚れた裏路地を面倒臭そうな顔して歩いていく。タイミングよくふらり、クロネコが目の前を横切った。
「げ。マジかよ」
そう思った途端に、うのつくやからを踏むおまけ付きだ。縁起が悪いこと、この上無い。若干自分勝手な祈りをあげつつ適当な十字をきってみる。
「じぃさん、無事でいろよ」
いい加減な独り言は白々しく、ビルの隙間に消えていく。辛気くさいボロいビルの入り口に申し訳程度に野原医院と消えかけの看板が下がっている。そこの古びたドアがガチャンなって、なかからスーツ姿の……。
「オイ。佐藤」
キノコみたいな髪型で色素の薄い天使みたいなふわふわなヤツは、あいつしかいない。
「おまっ」
仮病か。やっぱり、こんなとこあのじいさんに会いに来るヤツしかいない。層に違いないだろ。辺り一面に響くくらいの大きな声だったハズなのに、佐藤が振り返る気配は見られない。素通りするつもりだろうか。
「佐藤。この」
ちかんやろうと一文字ずつ、深呼吸してからフルスロットルで叫んでやった。耳がキーンと鳴り、働くことを放棄している。年のせいか息が少し弾んで、むせるのがカッコ悪い。だけど、ふりまわそうってんなら、こっちだって意地がある。なにくそ負けるもんか。やってやろうじゃないか。
【続く】
あんなに毎日顔を見合わせていたのが嘘のようだ。いや、業務は一向に変化がないはずだから、わざと合わないようにしているのか。それとも。
「……。なかったことに、なったってことか? 」
それはそれで、ありがたいことだけど。なんだろう。定位置が決まっている本が本棚に入っていない、みたいな。なんだか、やけにソワソワして淋しい。
「そういえば、さ」
隣の席でお茶をすする三苫がどうでもよさげに、欠伸を噛み殺している。
「佐藤、数日前から出張っすよ?緒方さんあんな仲良さそうだったのに、聞いてないんすか? あ、まぁ。今回のはなんか担当に顔合わせするとか結城さんが言ってたんで、そろそろ一人立ちっすかね」
隣でぶつくさいってる三苫の話は、急な出張の辺りで、当然全く続きは聞いてない。情報は溢れ落ちるばかりで上の空のまま、適当な相づちを打つしかなかった。なるほど、急なアプローチというか行動に合点がく。ここ最近の接近には、うまくもみ消すのにうってつけだったという訳だ。絶対にそうに違いない。あのやろう、絶対わざとだ。うやむやにする気、満々じゃないか。こ憎たらしい笑顔の佐藤を思い出す。
「あのやろ」
いつもなら、冗談ですり抜ける三苫の憶測もつい、真に受けて怒りが口から滑り落ちる。
「おっ。どうしたんすか?緒方さんらしくないっすね」
どこか楽しげな三苫の声は、全く耳に入っていない。三苫自身は気がついてないようで、しきりに話しかけてくる。
「んで、あそういや」
三苫は呆れたように、ふぅとため息を付き、ニヤリと表情を歪ませた。面白そうに、からかい半分の口調でゆるゆると佐藤の話を続けている。こっちは今、アイツの話なんか聞きたくないのに、佐藤佐藤と言われるとどうも落ち着かない。
(結局、どうしたいのか。自分自身がわからない……。クソっ)
落ち着かなくて、あせる気持ちはまるで、砂糖中毒みたいだ。必要もないものなのに身体が必要以上に求めてくる。アイツを求めて、過剰反応しているようだ。急に失うとイライラして苦しくなる。こんな気持ち、知らなかった。
「あー……。佐藤だけに、な……」
薄らぼんやりかましたオヤジギャグは、三苫の話の相づちとなって、会話の中にうまく収まっていく。正直、三苫が鬱陶しいと思うことは多かったけど、ここまでとは思わなかった。いい具合に、イラつかせることがうまい。流石だ。
「……。みぃとまぁ、赤札に変えといて。あ、かちょっ、オレ風邪かも。ちょっと仕事にならんので、今日は帰るね。あ、残りは三苫っちに頼むんでよろしく。んじゃ」
グダグダしゃべる三苫への相づちイラついて、とうとう席を立つ。めんどくさい仕事だけごっそり三苫に押し付けてやった。お前が俺を風邪(仮病)にさせたの。わかる?よろしくぅとやる気のない捨て台詞と三苫の騒ぐ声をBGMに下の階へとおりる。
辺りをキョロキョロしてから会社のロビーで、具合悪いふりして、咳払いをする。くそっ。三苫のやつダラダラ佐藤の話ふってきやがって。イラツイてしょうがないじゃないか。
「病院にでもいきますかね」
仮病でもいちお、風邪だということだから、病院へ行っておこう。会社の近くの耳の遠いじいさんの病院は、ニコチン中毒のかすれ声を風邪だと判断してくれるヤブ医者だ。仮病のときは、いつもお世話になっている。これからだって必要な大事なじぃさんだから、生きてたらいいけど、な。ヨボヨボの体がきしんだからといって、商売をたたんでないことを祈る。やる気のなさが全面に出ている汚れた裏路地を面倒臭そうな顔して歩いていく。タイミングよくふらり、クロネコが目の前を横切った。
「げ。マジかよ」
そう思った途端に、うのつくやからを踏むおまけ付きだ。縁起が悪いこと、この上無い。若干自分勝手な祈りをあげつつ適当な十字をきってみる。
「じぃさん、無事でいろよ」
いい加減な独り言は白々しく、ビルの隙間に消えていく。辛気くさいボロいビルの入り口に申し訳程度に野原医院と消えかけの看板が下がっている。そこの古びたドアがガチャンなって、なかからスーツ姿の……。
「オイ。佐藤」
キノコみたいな髪型で色素の薄い天使みたいなふわふわなヤツは、あいつしかいない。
「おまっ」
仮病か。やっぱり、こんなとこあのじいさんに会いに来るヤツしかいない。層に違いないだろ。辺り一面に響くくらいの大きな声だったハズなのに、佐藤が振り返る気配は見られない。素通りするつもりだろうか。
「佐藤。この」
ちかんやろうと一文字ずつ、深呼吸してからフルスロットルで叫んでやった。耳がキーンと鳴り、働くことを放棄している。年のせいか息が少し弾んで、むせるのがカッコ悪い。だけど、ふりまわそうってんなら、こっちだって意地がある。なにくそ負けるもんか。やってやろうじゃないか。
【続く】
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