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ロベリアの種――悪を育てるものとは――

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: 津島結武
目次

15話 ブローディアの苦悩

「傀儡師? それはいったいどういうことだ」

 テッラシーナがピコレットの発したことばを繰り返す。

「お前さんは知っとるかえ。この都市のあらゆる犯罪者が取調べ時に『どうして自分がこんなことをしたのかわからない』って決まり文句見てぇに供述しとるのを」

 真面目な黒髪の衛兵は首を振った。
 その向かいでユングクラスがこう返した。

「そんなのごく普通のことだろ。人は目の前の事柄と受ける罰を天平にかけ忘れたときに罪を犯すもんだ。それで事件を起こしたあとに『自分はなんてことをしてしまったんだろう』と後悔する」

「パツキンの言う通り、普通はそうでさ。だがな、この都市の犯罪者の多くにはこれといった動機がねぇんでさ。ほとんど物に困ってねぇ者が野菜を盗ったり、普段温厚な人物が見ず知らずの人物を突然侮辱したりな」

 ユングクラスは口ごもって馬鹿みたいな顔をした。
 そして今度はテッラシーナがピコレットに尋ねる。
 
「偶然ということはないのか」

「それはありえねぇ。実はこの現象は18年前から続いてるんでさ。それ以前にこんな事件は数件しかなかったらしい。だが、今は全体の約3割がそうなんでさ」

「つまり、この事件の犯人はその〈傀儡師〉に操られた人間、と君は考えているのか」

 ピコレットはそうだとうなずく。
 するとユングクラスが眉をひそめて腕を組んだ。

「なぁ、そいつは確かな情報なのか? 第一、俺らが知らないことを同期のお前がどうして知っている?」

 ピコレットは重たしげに椅子から腰を上げた。

「だから言ったろ。あんたらは頭が堅ぇってな。オイラはあんたらよりいくらかは頭が回るんでさ」

 そう言うと、ずんぐりむっくりの白髪は去っていった。

 その直後、殺人課に頸動脈を切られた遺体が発見されたという情報が伝えられた。


 *


 時は進み、人々が寝静まりかける頃、衛兵府長官ガス・ブローダ宅の電話ベルが鳴った。

 眠ろうとしていたところの突然の電話に、彼の妻がモソモソとベッドから抜け出して電話に手を伸ばす。
 しかしその手を、浴室から出たばかりの衛兵府長官が毛の濃い腕で遮った。

「いい、私が出る」

 ガス・ブローダはそう言って受話器を耳に当てた。
 6回目のベルが鳴ったところだった。

 線の向こうから聞こえてきたのは女性の声。
 ブローダはその声の主が誰なのかすぐにわかった。
 メグ・バフィア、バフィア・ファミリーのボスだ。

「先ほど私の部下が奴に襲われた。今朝の殺しの件でだ。どうにかして〈ペルソナ〉の仕業に仕立て上げろ。さもないと……、賢明な貴様ならこれ以上言わなくてもわかっているな」

 冷たい相手の声がそう告げると電話が切れた。

 ブローダは努めて平静を装って受話器を戻す。

「……何だったの?」

 彼の妻が目をこすりながらそう問いかける。

「何でもない。ただの迷惑電話だ」

「そう……」

 妻はそう言うとゆっくりと寝室に戻っていった。
 ブローダも脱衣所兼洗面所に戻る。

 そして、よく磨かれた洗面台に両手をついて体重を預けた。

 くそ、こんなときに何が起きているんだ――!

 今朝、ダビル・ファミリーのボス――ローメ・ダビルの息子の遺体が発見された。
 そして、この情報がブローダの耳に入ってきたとき、衛兵府内では即座に〈ペルソナ〉による犯行だと噂された。

 しかし、ブローダの頭にはまったく別の可能性が浮かんでいた。
 というよりかは、危惧していたととらえたほうがいいかもしれない。

 バフィア勢力による犯行だ。

 そこで彼は直ちにケリー・ダビル殺しの犯人が〈ペルソナ〉だと断定して捜査を方針づけた。
 そしてマスコミの報道も手伝って、彼は犯行が〈ペルソナ〉によるものだと見せかけられた――かのように思われた。

 犯人が〈ペルソナ〉ではなく、バフィア側の人間だと考えたのは彼だけではなかったのだ。

 それは被害者の父であり、ダビル・ファミリーのボス――ローメ・ダビルだ。

 先ほどの電話によると、ローメ・ダビルはバフィア・ファミリーの下っ端か誰かを襲ったらしい。
 本人か、部下を使ってかはわからないが。

 この殺人事件はやはりバフィア側の人間によるものだったということか?
 それとも本当に〈ペルソナ〉による犯行か?

 こうなったら反社会領域を管轄するクレイグヘッド班を引き上げさせるべきか――。

 ブローダがそのようなことを考えていると、もう一つ嫌なことを思い出してしまった。
 クレイグヘッドの件だ。

 今日の正午頃、かつて都市ベッグを治めていたミストランド伯爵にクレイグヘッドを呼び出せと命令が下された。

 どういうわけかまったくわからなかった。
 理由を聞いても、初代ミストランド伯爵は「話せない」の一点張り。
 仕方なくクレイグヘッドを呼び出せば、初代ミストランド伯爵は極秘の話だからと私を蚊帳の外に。
 話が終わったあとに何の話だったかとクレイグヘッドに尋ねても、奴は「誰にも話さないようにと命じられている」と言って私を拒絶した。
 初めてのことだった。いつもは従順なのに。

 ブローダは洗面台の鏡に向かって顔を上げた。
 顔面蒼白、とまではいかないが、明らかに血色は良くない。
 風呂を上がった直後には大量に噴き出していた汗も、今では完全に引いてしまっている。

 それに気づくと急に寒気を覚えて身震いをした。
 このままでは風邪をひいてしまいそうだ。

 そう思った彼は、そそくさと寝巻に着替えて歯ブラシを手に取った。
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