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ロベリアの種――悪を育てるものとは――

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: 津島結武
目次

5話 リンドウの始動

 殺人課に属するベッグ衛兵――ナイト・テッラシーナは腰を落とし、若い遺体をまじまじと観察していた。


 1963年10月13日、都市ベッグのシャムロ区(古い集合住宅が群れになっている地区)で青年の遺体が発見された。

 被害者の名はケリー・ダビル。ダビル・ファミリーのボス――ローメ・ダビルの息子だ。
 親子の仲は悪かったようだが、彼も相当な不良だったらしい。

 第一発見者はシャムロ区に住むジョルノ・フェッド。偶然にも被害者の同級生だ。しかし、二人の関わることはほとんどなかったらしい。
 朝5時ごろにジョギングをしていたところ、道端に被害者が倒れているのを発見したという。

 被害者の死因はシンプルだ。
 何者かに殴られるか押されるかして、レンガの壁に側頭部を強打。衝撃によって気絶し、まもなく出血多量で死亡したとの鑑定結果。

 土が多少荒れてはいるものの、激しく争った形跡はない。そのため、犯行は不意を突いて行われたもの、もしくは手慣れによるものだと考えられる。
 上の連中は連続私刑人である〈ペルソナ〉の犯行だと目星をつけているらしい。


 ――しかし、テッラシーナはその考えに疑問を感じていた。

 彼は〈ペルソナ〉の犯行には一定のルールが存在することを知っていた。

 ルール1
 犯行は必ず13日に起こされる。
 〈ペルソナ〉は13日しか犯行に及ばない。早朝、昼間、夜中と犯行時刻は限られないが、必ず私刑は13日の間に執行される。
 しかし、今目の前にある遺体は指が既に硬くなりかけている。死後硬直が進みすぎているのだ。この進み方から考えると、今日の未明に殺されたとは限りなく考えにくい。

 ルール2
 犯行には必ずナイフが使用される。
 これまでの〈ペルソナ〉による被害者は、例外なく頸動脈をナイフで切られて亡くなっている。ほかの方法で殺害されたことは一度たりともない。
 ところが今回は撲殺だ。ナイフが使われることはなく、被害者の頭をレンガの壁に打ちつけることによって殺害されている。

 ルール3
 26歳以下は殺さない。
 〈ペルソナ〉が私刑を開始した1956年から今日まで、やつは27歳以上の人物しか殺害していない。殺害された人物のうち、26歳までの間にどれだけ極悪非道な行為をはたらいていたとしても、私刑執行されるのは27歳になった後だった。
 このルールも今回の事件には適応されていない。被害者のダビルはまだ18歳だ。


 テッラシーナは遺体に目を向けたまま立ち上がる。


 これらを踏まえると、この犯行が〈ペルソナ〉によるものだと考えるのはあまりにも早計だ。
 以前、ダビル・ファミリーの端くれが殺害されたときも、「〈ペルソナ〉が犯人だ」とブローダ衛兵府長官が断言していたが、結局敵勢力であるバフィア・ファミリーの犯行だった。
 この被害者もローメ・ダビルの息子だ。バフィア・ファミリーが関与しているかもしれない。


「おい、いつまで遺体を眺めているんだ?」

 背後からやんちゃな色の声が聞こえる。
 ゆっくりと振り向くと、金髪で背の低い若者がつまらなそうな顔で立っていた。
 同僚のレノウエ・ユングクラスだ。

「この事件は〈ペルソナ〉の仕業ではないと思う。やつは子どもを殺したことはないし、ナイフを使わなかったこともない」

 テッラシーナは遺体を横目で見下ろしながら自身の考えを伝える。

「ああ、そのことね。俺も同じことを考えていた」
「そうだよな。別の線を想定して捜査してみないか?」

 ユングクラスは渋った顔を漏らす。

「そうしたほうがいいんだろうけど、ブローダ衛兵府長官が〈ペルソナ〉の仕業だって断定しちゃっているからなぁ。それに……」

「二人でこそこそと何を話し合っているんだ?」

「あー、来たよ」

 陽気な衛兵は困った笑みを浮かべ、声とは逆のほうを向く。
 テッラシーナも誰が来たかを察し、ドライフルーツのように顔を歪ませた。

「また上の方針に逆らって動こうとしているのか?」

 背の高い男が二人の前に立つ。
 その男は馬のように面長で、目の周りには炭でも塗ったかのような隈ができている。
 ベッグ衛兵府殺人課クレイグヘッド班班長――ハリー・クレイグヘッドだ。

「まっさかー! 俺たちはちゃーんと〈ペルソナ〉の犯行とみて捜査していますよー!」
「ええ、今は捜査で得た情報の交換をしていたのです」

 二人は石頭な上司のほうを向き、ユングクラスは屈託のない作り笑顔で、テッラシーナは冷静沈着にクレイグヘッドの応対をした。

「それならいいんだ。エメルダ班の連中は自分勝手で独断行動が多すぎるからな。油断も隙もないってことよ。疑われて恨むなら、自らの日頃の行いを恨んでくれよ」

 クレイグヘッドはそう言い捨てると、くるっと振り返って去っていった。

「ったく、めんどくせぇおっさんだぜ。今度からストーンヘッドと呼んでやろうか」

 ショートゴールドは転がっている石ころを蹴るふりをする。

「その頭の固さであの地位についた男さ。彼の従順さは一種の才能だよ」

 今度は別方向からハスキーな女性の声が聞こえてくる。
 テッラシーナたち直属の上司――レタ・エメルダだ。
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