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赦されざる者たちは霧の中に

原作: その他 (原作:かつて神だった獣たちへ) 作者: 十五穀米
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それぞれの感覚

 まさに目から鱗状態である。
「たしかに、いい表現だわ。そうね、タイムスリップ、そういう表現もいいかもしれないわね。デジャブとは少し違った気もするし。というより、私はほとんど霧の中にいただけだったけれど」
 女性ふたりが盛り上がると、重い空気と緊張でピリピリした空気が薄らいでいく。
 隊員のひとりが「自分は疎開していた田舎の祖父母と共にいました」と語りはじめた。
 シャールが興味深そうに「話してくれますか?」と聞くと、チラリとジェラルドの様子を確認してから、「自分は……」と話を続ける。
「自分は意識は今のままでありましたが、体型は疎開していた時の年代に戻っていました。過去を疑似体験しているような……次に起こることがわかっていますので、どうにかしてその被害を防ごうと足掻くのですが、子供のいうことだからと聞いてもらえず、間違い……というか悲劇が繰り返されていくんです。結局、自分を庇い祖父がケガをし、疎開していた町が半壊して……もう一度あの苦しみを味わうのかと絶望した時、呼ばれて目が覚めたら軍の医療テントの中にいました」
「なぜ過去を疑似体験したと考えられるかしら?」とライザが問う。
「自分はあの行為が疎開していた時の役割と重なったのだと思います」
「どういうこと?」
「田舎にいけばここよりは安全と両親に言われ自分だけが祖父母のところに避難したのですが、実は都会より田舎の方が悲惨でした。物資の補給は不定期で、若い男手は足りず、使えるものは子供でも老人でも使えという感じで、そんな中、自分の担当は食べられる根っこを掘り起こしたり、木の枝から汁を採取したり。蔦を切って紐にしたりと……やってもやっても終わりがこない、永遠に続く作業で。キリがないな……と思った瞬間、場面が変わりました」
 別の隊員の手が遠慮がちに挙がり、ライザがどうぞと言うと、「僭越ながら」と前置きをして、少し生真面目そうな隊員が実体験を語り始める。
「私は軍に配属される前、訓練生の時の実演現場にいました」
「あなたも記憶はそのままで容姿が若返ったかしら?」
「いいえ、少尉殿。私の場合は客観的に見ている感じでした」
「もう少し詳しく話せる?」
「はい。私が軍に入ろうと思ったのは、先の戦争を少しでも早く終わらせたいという思いからでした。決して裕福とは言い難い小さな町で生まれ育ち、物資が足りないということもなく、戦争は他国のことくらいにしか思いませんでしたが、そんな町にも兵士を募るビラは張り出されていました。志願すれば町と家族に謝礼金もでる。小さい兄弟の今後になればという思いもあり、親の反対を押し切り志願したのはいいのですが、理想と現実の差に打ちのめされたのが、訓練生の戦地を想定した実演でした。クタクタになっても終わらず、ひとりの失敗は班の全体の失態。信頼を築くよりも疑心しか生まれず。そんな中、訓練生しかいない施設が攻撃の的にされたんです。まるで地獄絵図でした。ついさっきまで会話していた相手が目の前でただの肉の塊になっている。忘れてしまいたい、だが決して忘れてはいけない記憶をまざまざと見させられつづけていました」
「つまり、攻撃してくる蔦を切り落とす作業が繰り返される作業、終わりのない作業と重なってしまった……ということね」
「そのとおりであります、少尉殿」
「そう。ほかもだいたいそうなのかしら?」
 ライザが見渡すと、隊員は一斉に頷いた。
 つまり、彼らは同じ作業を繰り返す行為に、辛かった時の記憶が蘇り、その世界で疑似体験、もしくは記憶の映像を見させられていたのだった。
 誰かとともにではなく、それぞれが単体であった。
 少佐とともに外の作業をしていた者たちも、彼ら同様、単体でいわゆる異世界にいるような体験をしている可能性がある。
「ひとつ確認したいのだけど」
「なんでも聞いてください、少尉殿」
「じゃあ、遠慮なく。あなたたちは、異世界、異次元みたいな場所にいるような感じの時、死んだのかしら? つまり、記憶の疑似体験にしろ映像にしろ、いまこうしているのだからリアルの記憶では死んではいないわけだけど、そっちではどうだったの?」
「死んではいません」
「危うい感じはありましたが、呼び起こしてくれたおかげで死ぬという体験はしていません」
 という返事が来た。
 シャールは彼らの話を黙って聞き、そして考える。
「ライザさん。私たちも死というものからは逃れられてますよね」
「ん~、そうね。結構危ない感じはあったような気もするけど」
「ですよね。私とハンクさんはベアトリスさんに助けてもらったということもあり、無事でした。でも、少佐はどうなんでしょう」
 と、シャールはハンクの方を見た。
 クロードを最後に見たのはハンクである。
「ケインと叫んでいた。もしケインを見ていたとしたら、生死は厳しいかもしれん。正直、今の少佐ではケインには勝てない。断言してもいい。擬神兵の力を存分に引き出したとして、そんな俺でも勝てるとは言い難い。とくに夜や闇がやつの力を増幅させる。霧がたちこめる薄暗い空間では、たとえ幻影のケインであったとしても……」
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