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赦されざる者たちは霧の中に

原作: その他 (原作:かつて神だった獣たちへ) 作者: 十五穀米
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合流

 だが今の話はどうだろうか。
「隊長はまだ疑っているのね。それもそうね。私はもう肉体を持たない存在だから。だけどね、なにも現世に未練があってさまよっているわけでもないのよ? シャールが最期まで側にいてくれたことはとても幸せなこと。それにね、あちらの世界にいけば、先に向かったかつての仲間がいるもの、寂しいなんて思わない。だけどね、ひとつだけ気がかりがあるの。シャールのこと。隊長が側にいるのなら安心だけど、今はどうかしら? 早く見つけてあげて、隊長。シャールが待っているから」
 声は最後に、「あっちよ」と言って指をさす。
 その姿はたしかにベアトリスの姿だった。
 擬神兵セイレーンの姿ではなく、人の姿。
 かつて歌い手として多くの人を魅了していた時の姿だった。
 ハンクはその時の彼女のことは知らない。
 話で聞き、時々生の歌声を酒の席で耳にしたくらいだ。
「俺は知らない。俺の知っているトリスじゃない」
「当たり前だわ。擬神兵としての私の役目は終わったのだもの。隊長はまだ……なのね」
「……ふっ、どうやら幻影でも幻聴でもないようだな。頼りない俺が気になって帰天できないのか?」
「違うわ。気になっているのはシャールよ。隊長がシャールを見つけられたのを確認したら行くわ。でも、私たち、擬神兵だった者たちが行けるのは天ではないと思うの。帰天……にはならないわ。一度は神と呼ばれていた私たちだけど、神などと呼ばれて罰があたったのね」
「この世に神はただひとり。その神と同等であると自負した俺たちは大罪人というわけか。先に行って待っていてくれ。俺もそう遠くない時に行く。ただ、みんなは俺を受け入れたくはないだろうがな」
「そんなことはないわ。でも、隊長はまだ来ちゃダメよ。ああ、ほら。彼女が間違った方に行ってしまうわ。追いかけて。私の指がさしている方に」
 グイッと腕を引っ張られたような気がした。
 少し前屈みになったハンクの体は自然と足が前にでる。
 ベアトリスが指していた方に歩いて止まり、振り返ったが、もう彼女の姿はなく、どんなに耳をすましても歌も声を聞こえてこなかった。

※※※

「動いちゃダメよ、シャール」
 動こうとしたシャールを阻止する声が耳元で聞こえ、振り返ったが誰もいない。
 横にはライザがいたが、どうも彼女には聞こえていないらしい。
「また声がしたの?」
「ええ。動いてはダメだと」
「なぜ? そう聞いてみたら?」
 ライザに言われ、シャールが聞き返すと、
「ここに隊長を連れてくるから、待っててほしいの」
 というので、そのままをライザに伝えた。
「隊長というのは、ハンクで決まりね」
 そうだとすれば、声の主は……
「ベアトリスさん、なんですか?」
 シャールの問いかけに、声の節は歌で返した。
 その歌は彼女が最後に聞かせてくれた歌。
「どうしてベアトリスさんが……?」
「どうしてからしらね。だけど、そういうのを真面目に理解しようとすると、疲れてしまうわよ? なんてね。ここはね、生と死の狭間の世界。私は肉体を手放し魂だけになってここにきたの。帰天はきっとできないから、裁きを受けることになるわね。でも、まったく恐怖はないの。その先にかつての仲間が待っているから。ジョンとも会えると思うから、シャールは大丈夫だと言って置くわね」
「え、ええ……でも、生と死の狭間って、なんで私たちが? もしかして、私たちも肉体を失ってしまっているの?」
「いいえ。あなたたちは生きている。これからも生きていく肉体と魂を持っているのに、引き込まれている」
「ベアトリスさんは、この不思議な現象の理由を知っているんですか?」
「ごめんなさいね。それはわからないの。でも、意図的なものは感じる。副隊長が……」
「副隊長とはケインさんのことですか?」
「ええ、そうよ。副隊長の影も感じなくはないりだけど、断言はできないわ。意外と敵は近くにいるということもあるし。気をつけて。絶対に隊長とはぐれてはダメよ、シャール」
 と、かすかに呼ばれている声が聞こえ、次第にしっかりと聞こえるようになると、それがハンクの声であることに気づいた。
「ハンクさん? 本当に、ハンクさんが……」
 ハンクの声はライザにも聞こえ、
「なんで外にでるのよ。おかけで、私たちも出てしまってこのありさまよ!」
 と、お先真っ暗、打開策もないと文句をいう。
「はっ、元気そうだな、ライザ。と、シャール、無事だったか?」
 どんな時も本調子のライザに気持ち的なものが救われ、隣にいたシャールの安否を素直な気持ちで聞くことができた。
「ベアトリスさんに連れられたのですか?」
「……ベアトリスだと? シャールもこの霧の中で会ったのか?」
「え? ハンクさんも、ですか? あ、でも。私は会ったと言うよりは声が聞こえて会話をしたというのが正しいです」
「俺は姿を見た。歌も聞き会話もして。シャールが危険だと言っていた。どうなっている?」
 とそこにライザが加わる。
「はい、ちょっと待った。私を無視しないで。どういうことなの? 私にはさっぱりなんだけど。ふたりとも、説明をして」
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