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赦されざる者たちは霧の中に

原作: その他 (原作:かつて神だった獣たちへ) 作者: 十五穀米
目次

シャールの後悔

 つかみ所がない、神出鬼没である、つかめそうで掴めない存在だから、そう連想したのかもしれない。
 だとすれば、これは自分の幻影なのだろうか……

※※※

 寝息をたてているハンクを起こさないよう、クロードはこっそりと部屋を出た。
 なぜかその晩に限り寝汗が気持ち悪く、睡眠が浅かったため、幾度と無く目が覚めていた。
 効力が消えたかどうかの判断の朝、落ち着けないというのも理由のひとつで、なにをもってして効力が切れたと判断すればいいのか、そんなことを考えながら、桶に入っていた水で喉を潤し、布を濡らし汗ばんだ体を拭く。
 さすがに脱いだシャツを再び着る気にはなれず、素肌に上着を羽織った時だった。
 窓に人影が映った。
 ここにいるのは四人だけ、その人影が五人目になるのなら、自分は幻影の虜から解放されたのだ、そう思ったクロードは、窓を開けた。
 そこにいたのは、実兄、ケイン・マッドハウスだった。
「ケイン!」
 怒りが頂点に達する。
 感情を抑え切れず、クロードは持っていた銃を構えた。
 が、ケインは薄笑いを浮かべ去っていく。
「待て、ケイン!」
 クロードは躊躇することなく、窓を飛び越え外へと出て行く。
 その姿をハンクが見、追ってきていることなどまったく気づかないまま。
 飛び出した外は荒野の戦場ではなく、ただひたすらどこまでも続く霧の世界。
 どんなに追いかけてもケインに追いつくことはできないが、しばらくすると追いかけてくるクロードを待つかのように振り返って佇む。
「……ッチ! ケイン!」
 薄笑いを浮かべるケインの顔を見る度に怒りが頂点になる。
 背後からクロードが叫び、呼び止めている声にすら気づかないで。

※※※

「シャール、そっちはダメよ。隊長はそっちじゃないわ」
 シャールはそんな声に歩く足を止めた。
「ライザさん。何かいいましたか?」
 シャールとライザが外にでると、そこにあるのは館に入る前の状況のはずだった。
 だが、実際に外にあったのは無限に広がる霧の中だった。
 霧の中ということで、ライザは元に戻れたと喜んだが、汽車もなければ、軍のテントも、点灯している明かりもないので、たぶん戻れてないと気づくまで、さほど時間はかからなかった。
「いいえ、なにも言ってないけど?」
「そうですか? でも、今、私の名前を呼ばれたような。それに隊長がどうとか……」
「隊長? おかしいわね。誰のことかしら? 隊長って少佐のこと? それてもハンクのことかしら?」
 ライザは軽く小首を傾げた。
「ねえ、シャール」
 少し考えているふりをしながら、ライザが問いかける。
「私じゃないなら、誰だと思う? 幻聴であったとしても、いえ、幻聴だからこそ意味があるのかもしれないと思わない?」
「無自覚な部分を見せられる、聞かされるから……でしょうか」
「そう、それ。幻聴や幻影で恐怖を得るのは、心の奥底に不安や恐怖があることを隠していたり、気づかない素振りをしていたりという事例はかなりあるの。シャール自身で気づいていないこと、あると思わない? 私には聞こえないから、シャールが探っていくしかないんだけど」
 人には言えないこと、隠しておきたいことは多々ある。
 自分を偽ることも少なからずあるし、その偽りは偽善であったり見栄だったり、虚栄であったり。
 それはその場その場で都合よく、無意識に使い分けて人は生きていると思う。
 さらに、過ぎたことと諦めていたつもり、納得していたつもりでも、ふとした瞬間に思い出し苦悩したり落ち込んだり後悔したりするのも人である。
 シャールはひとつだけ納得しようと努力をしても後悔という言葉の割合が占めていることがひとつだけあった。
「ひとつだけ……」
「私に言えること?」
「はい。ライザさんも関わっていることだと思いますから」
「私が? ということは、ハンクや少佐も関係しているのかな?」
「そうですね。特にハンクさんは。少佐は元凶でしょうか」
「え? 少佐が元凶? セクハラでもされた? あの人、ヘタレなくせに結構なハラスメントをさらりとしたり言ったりするのよね」
「いいえ、そういうのではなくて。ただ、少佐としては任務なので遂行しただけのことなんです。でも、私は違うので。その場にハンクさんがいたらどうなっていただろうって、今でも時々思うんです」
「……もしかして、セイレーンのことかしら?」
「……はい……」
 シャールの返答を受けたライザはため息を吐く。
 それはたしかにしょうがないとしかいいようがない。
 ただ擬神兵に対しての後ろめたさというか、申し訳なさのような気持ちはライザにもある。
 狂ってしまう前に処分するというのは、たしかに正しいことなのかもしれない。
 圧倒的な力を持った者の理性が保てない状態は、無関係の者をも巻き込んでの大惨事になりかねないからだ。
 すでに故郷に帰還した擬神兵が問題を起こし、事件に発展しているという情報を得ている。
 だからこそのクロードが率いる部隊が存在している。
 発足者の意図はそこではないにしろ、結果的には困っている者の助けにはなっていた。
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