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赦されざる者たちは霧の中に

原作: その他 (原作:かつて神だった獣たちへ) 作者: 十五穀米
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幻影の共有

「はい。たぶん、ライザさんが思っていることで合っていると思います。物語と同じ風景を私が見ているのなら、場面が変わればまた別の風景になると思います。つまり、私が物語を進めて強く思えば、その風景や光景になるかなって。その物語は主人公が草原から森の中に入ってしまい迷ってしまうのですが、森の中に館を見つけ、そこで夜を明かすのです。するとテーブルには朝食が用意されていて……主人公は貧しく食べることにも困っていたので、もう一晩、その館に泊まることにします。そして朝になるとまたテーブルに朝食が用意されていて……」
 そう話しているとシャールの視界には森が出現する。
 シャールは変わらぬ足取りで森の中に入り、一軒の館を発見した。
「あ、ライザさん。やっぱりです。館があります」
「入るわよ。今はとにかくどこか落ち着ける場所が欲しい。ハンクの方は?」
「俺の方は洞窟のようなものを見ている」
「オッケー、入りましょう」
 ライザの号令を受け、シャールは館の中に、ハンクは洞窟の中に入った。
 が、ハンクの視界には見たこともない館の中にいる。
「なんだ、これは!」
「ハンクさん? どうかしましたか?」
「ああ。館の中にいる。テーブルがあり、椅子が六脚、暖炉があって、草原の風景の絵画が飾られ……」
「ハンクさん。それは私が見ている光景と同じです」
「そうか……シャールの話を聞き、俺の中にもその物語記憶があったんだな」
「同じ記憶があれば共有できるということですか?」
「ライザで試してみればわかることだ。結末を思い浮かべてしまうと厄介だ。辿るのは森の中の館を見つける、そこまでだ」
「ちょっと待って。その童話の作品名はなに? ハンクが知っていて私が知らないっていうのがしゃくだわ」
「たぶん、俺も孤児院育ちだからだろう」
「待って。童話なら孤児院育ちだからとか、そういうのは関係ないでしょ。私にだって童話にお世話になった時だってあるんだから。待ってて、思い出すわ。たしか、そんな話、あったわね。結末の手前くらいよね、森の中の館に泊まるのは」
「そうだ」とハンク。
「そうです」とシャールの声がかぶる。
「ねえ、その話って館に行く前、森の動物とあっていない? その動物がこの先に泊まれる場所があるから、朝まで身を隠すといいとか言うのよね。なぜなら、その森にはでるから……」
「そうです。その話です」
「オッケー、思い描いたわ。これで私たち三人は同じ光景を共有できるはずなのよね、ハンクの推理だと」
 が、ライザは共有できなかった。
「どうして私とハンクさんはできて、ライザさんはダメなんでしょうか?」
「もうひとり、試してみるか」
 ハンクは気絶したままのクロードを見る。
 数回頬を叩き意識を覚醒させると、目覚めたクロードは咄嗟に防御態勢をとる。
「私は落ちていたのか……どれくらいだ? は! 敵、敵はどうした。ハンク・ヘンリエット曹長、ライザ少尉、報告をしろ。それになぜ民間人がここにいる?」
「少尉、ここには敵はいません。私たちの話を聞いてください」
「民間人の話を聞く暇はない。ここは戦場だ」
 この調子ではハンクが説明しようとしても、ライザが説明しようとしても結果は同じだろう。
 バカな戯言をいうなと言われるのがオチである。
「仕方がないわ。ハンク、実力行使でやっちゃって」
 ライザが許可をすると、ハンクはクロードに向け銃口を向けた。
「なっ……きさま、ハンク・ヘンリエット! やはりきさまは殺すべきなのだ。誰にその銃口を向けている?」
「そう思うならあんたも武器を手にすればいい。あるのならな」
「きさま、愚弄するか!」
 奥底から発した声はピリピリとしている。
 視線を落とさずそこにあるはずの武器を取ろうとしたが、そこにあるはずの武器がない。
 目で確認してもなく、あたりを見渡すと離れたところに銃が置かれていた。
 それを取ろうとクロードが動くが、すぐにハンクによって阻止される。
「あんたに勝ち目はない。ここはこちらの指示に従った方が賢明ってものだ」
 そしてライザもまた、クロードに銃口を向けると、シャールもライフルの銃口を向けた。
 さすがに三人を相手にこの修羅場をどうにかできるほど、クロードは超人ではない。
 軍人として、ある程度の忍耐などは身についてはいるし、簡単に口を割ることもない。
 自害することを美徳とはせず、どんなことがあっても生きて戻る、それが軍人としてあるまじき姿勢であると信じていた。
 生き恥など、個人のささいなプライドでしかない。
 敵に捕まっても、敵の情報をより多く持ち帰った方が祖国の得となるのだ。
 クロードは白旗をかかげる変わりに、小さな息を吐く。
 それを諦めの吐息と解釈するかは、銃口を向けている三人の受け止め方次第だろう。
 両手をあげ、抵抗の意志はないという態度を見せると、先に銃口を下げたのはシャール、続いてライザ。
 ハンクは今もなお銃口を向けている。
「ハンクさん。少佐には抵抗の意志はありません」
「いいのよ、シャール。あれはこちらの質問に答えてもらうための対処だから」
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