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赦されざる者たちは霧の中に

原作: その他 (原作:かつて神だった獣たちへ) 作者: 十五穀米
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はじめての経験

 だからといって疚しい気持ちは微塵もなく、知られて困ることはないが、ハンクとクロードは志は同じでも敵対しているといっても過言ではなく、その関係をシャールはとても敏感に感じ取るところがある。
 とちらかといえばハンクよりの立場をとるシャールを不利な立場に追い込みたくはない。
 彼女はいずれ、極々一般的な女性の生涯を送るのだ、その邪魔だけはしてはならない、そのためにどう動くのが妥当なのか、ハンクはそれを念頭にいれ考えた。
 すると、汽笛の音が響く。
 一気にハンクの意識が現実へと戻され、窓の外にいたはずのシャールを目で追う。
 商売人に手を振り、こちら側に走ってくる彼女の姿を確認し、ホッと胸をなで下ろすハンクがいた。

「ずいぶんと楽しんでいたな。いいものでもみつかったか?」
 息を切らせ席に戻ったシャールにハンクが声をかける。
 シャールは抱えていた紙袋の中をハンクに見せた。
「これは……!」
「目移りをしてしまって。無駄遣いですよね」
「いや。いいんじゃないか? シャールは少し痩せすぎだ。甘いものでも食べて肥えた方がいい」
 すると、シャールは頬を膨らませ、振り上げた拳をハンクの肩から胸板めがけて振り下ろす。
 叩きのめすというよりはポカポカと肩たたきをする感じの力加減。
「もう、そういうの、デリカシーがなさすぎです、ハンクさん!」
「え? うわっ、ま、待った、シャール!」
 強者のハンクが素人の、しかも女性の拳を避けずに受けてしまっている、とても情けない光景が繰り広げられていく。
 殺気がないからよけられなかったのか。
 それともコミュニケーションのひとつとして甘んじて受けているのか。
 はたまた、自分に非があると自覚してのことなのか……
 みっつめだけは決してないだろう。
 なぜなら、なぜシャールが怒っているのか、理解できないという顔をしているからだ。
「悪かった、俺が悪かったから……」
 振り下ろされる拳が止まる気配がない。
 よくわからないが、自分が失言したのだろう……くらいは理解できている。
 ハンクはとりあえず、自分の非を認めることでシャールの気持ちを静めようとした。
 だが、これがさらに火を注ぐ結果となる。
「嘘です。ハンクさんは、なにがいけなかったのか、ちゃんとわかっていませんよね?」
「え? うわっ、だから、待てって」
「もう! 私だって自分が貧相な体型をしているって自覚はしているんです。発育が悪いのは食べ物のせいだけじゃない。根本的なものが違うんです、ライザさんとは」
「……ライザ? なんで彼女がでてくる?」
「だって、ハンクさんはいつも、あんなグラマーなライザさんと一緒にいるから、あの方が一般的、標準だと思っているんだわ。世の中にはもっといろんな女性がいるってこと、もっと知ってください」
「シャール。なにも俺はライザと比べていったわけじゃなく。そもそも甘味物を食べたからといってライザのようになるとは限らん。そもそも、あれをいい女と思う男はろくでもないと思うぞ?」
「……ハンクさん。確かに私はライザさんと比べないでほしいとは言いましたけど、彼女を蔑んでいいとは言ってません」
「わかっている。俺だってそのつもりで言ったわけじゃなく、世の一般的な成人男性の意見としてだな。というか、シャール。ライザを理想の女性像にしているのか?」
「……っ、もう! だからデリカシーがないって言ったんですっ! もう、知らない!」
 そう言うとシャールはハンクを席に残し、ひとり客室へと戻っていく。
 取り残されたハンクは、「やれやれ」とため息をつきながら、シャールが客室に入り扉を閉めるのを見届けてから、車窓に視線を向けた。

 旅は長い。
 この汽車が最終駅に着くのは明日の夕方くらいだろうか。
 それは順調に走ればという条件付きである。
 この先は未開拓の荒野を抜けていくため、いろいろ問題も起きるだろう。
 問題の箇所にはその土地の警察や軍が待機しているとは思うが、安心はできない。
 夜の走行は危険との隣り合わせ、この汽車は車体の装甲を戦車並にしてあるため、そう簡単にどうこうなるとは思えないが、夜は気を引き締めた方がいいだろう。
 であれば、夜、眠りにつくのはリスクが高い。
 今のうちに仮眠をとっておくか……ハンクは静かに瞼を閉じた。
 閉じたからといって完全に眠っているわけではない。
 感覚がすっかりそれに慣れてしまっているのだろう。
 擬神兵となり戦いに身を置くようになってからは特に。
 優秀な軍人ほど、そういった感覚が研ぎ澄まされていくというが、人であることを手放した擬神兵は並の兵士以上の感覚を得ることになった。
 だが決して不死身ではない。
 ケガをすれば治癒は必要だし、体力も消耗する。
 気力や体力の配分は大事である。
 汽車に揺られながら、次第に張っていたなにかが薄れていく感じを覚え、これで少しは休めるかな……と心と体が感じ始める。
 それでも脳が休むことはなかった。
 ハンクは常に考えていることがあった。
 かつての同士、かつての部下、かつての仲間、どう表現するのが適しているのだろうか。
 誰かが理性を無くしたら仲間同士でとどめをさす。
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