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剣の少年と愉快な世界

ジャンル: ハイ・ファンタジー 作者: 天涅ヒカル
目次

剣の少年と愉快な山の住人たち(前編)①

 世界は確実に堕ちている。
 それは『魔物の門(デビルズ・ゲート)』のせいか?
 はたまた襲ってくる魔物のせいか?
 誰も分からなかった。
 分かるのは確実に堕ちていること。
 それだけだった……。


 山々がそびえ立ち、一年を通して肌寒い日が多い場所。
 ザグルはその山々の一角、『キャロ』の山にいた。
 キャロの山は太陽の光りが当たるので、最悪に寒いところではなかった。
 草木が生い茂り、花まで咲いている。
 ただ、太陽があってもやはり寒い。人が過ごすには一年を通して寒い場所だった。
 半袖短パンを主として、防寒着を着ていない、ザグルは大きなくしゃみをした。
「そんな格好だから寒いんじゃよ」
 見た目青年と壮年の中間くらい、厚着とも薄着とも言えない普通の人では少し寒い格好。
 碧い瞳に白髪の無い金色の長髪が特徴的な男だ。
 その男がザグルのくしゃみに笑っていた。
 名前はハン・クロード。縮めてハンク。
 ザグルの師匠で、元・勇者だ。
 歳を取ったので、勇者を引退し隠居生活をしているのだ。
 ちなみにハンク以降勇者が出現していないので、現・勇者は存在していない。
「五月蠅い! この格好が一番動きやすいんだい!」
 ハンクに対して反論する。
 どうやら、この格好に変なプライドがあるようだ。
 ハンクも薄着で寒くないのが疑問であるが、ザグルよりは厚着なので、ザグルはハンクに対し格好については言及しない。
「まったく、お主も変なところにプライドがあって……。まあ、風邪引くのはお主だし、関係ないけどな」
 笑った姿は青年そのものだった。
 しかし、話し方は歳を重ねていた。
「相変わらず、年齢に対しての威厳と身体があってないな」
「五月蠅いわ!」
 ハンクはこれでも五十代の中年だった。
 刹那的にザグルところに向かい、頭をバコッと殴った。
 しかし、態度はザグルと同級生だ。
「して、今日はどうしてここにやってきたんじゃ?」
 まだ、ザグルがハンクに会ってから、一五分位しか経っていない。
 ちなみにザグルのくしゃみはさっきので五回目だった。
「弟子が師匠に会うのは普通だろ?」
 殴られた頭をザグルは擦っている。
「まあ、そうじゃが、手紙ひとつ寄越さない奴が、お土産なしにいきなりやって来るからな~。わしの弟子はどいつもこいつも……」
「その弟子の師匠はあんただろ? あんたの若い頃だってそうだったろ?」
 ハンクは伝説の勇者なので、歴史の教科書に載るほどの有名人だ。
 ザグルも学校に通っていたし、弟子になる前にも所在を掴むために、少しは調べ勉強したのだ。
 ザグルはそんなハンクに憧れてなんとか弟子入りしたのだ。
 しかし、今や憧れるところがない。
「うっ、そうだったが……」
 図星だったので言葉を詰まらせた。
 それは勇者だった頃、知人、友人、家族にすら連絡が無かったからだ。
 理由は、ただ面倒だったからだ。
 ザグルもルミアも同じ理由で、音信不通だった。
 悪いところが師弟似てしまったのだ。
「ところで、ジェイは元気なのか?」
 誤魔化すために話しを無理矢理摩り替えた。
 ジェイとはルミアの本名だ。ハンクは今でも本名で呼んでいる。
 ジェイ・ウォーカー。
 今やジェイと呼ぶのはハンク位しかいなかった。
 本当に無理矢理、浸透させたのだ。
 ルミアを心配するのは、破門したとはいえ、気になるのは師匠としての僅かながらの愛情だった。
「あーあ、元気だったよ。相変わらず人使い悪くてよ」
 この間のクエストについての悪口を言った。
「なる程……。相変わらずだな。お主らいつまで経っても漫才コンビで……。おい、弟子の立場で石を投げるでない!」
 笑っていたハンクに、ザグルは赤い小石を投げた。
 その石はキャロの山に多くある石で、麓の街では名産品まである位だ。
 その小石はハンクには当たらず、地面に当たって割れた。
「そん時だけ師匠ヅラするな!」
「ヅラじゃなくって、本当に師匠だ!」
「師匠かよ? お腹減ったオレに毒キノコ食わしたり、巨大クマに襲われた時、囮にして一人で逃げたり……」
 まだまだ、言いたいことは沢山ある。
 雪山に登った時、ハンクはザグルの顔面を踏み台にして、登頂をした。
 名もなき剣とは言え、ザグルの剣を無断で使って折ったこともあった。
 やっていることは子供と同じである。
 ザグルにとっては思い出すだけで、腹が立つ話しだ。
「それが、愛情の裏返しだってどうして分からん」
「分かるか!」
 しばらく睨み合ったが、最初に視線を逸らしたのはハンクだった。
「まあ、せっかく来たんだし、ゆっくりしていけばよかろう」
 切り株に腰を掛け葉巻を取り出し、魔法の力を借り、火を付け煙りを吸っていた。
 身体を壊すのは分かっていたが、老後の暇つぶしの一つだった。
 本当になにもすることがないのだ。
 毎日瞑想して、食料調達して、煙を吸って、たまに読書をして一日を過ごす、そんな隠居生活をハンクは送っていた。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 ザグルはハンクの後ろにある木造の小屋に入り、大剣と自分の背中に合わせた、あまり大きくないリュックを置きに行った。
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