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腐男子、BLを百合と語り、男におちる

ジャンル: 異世界(恋愛) 作者: kirin
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すべての始まりと終わりのために 4

 大絃の住むアパートは一般的な家具家電付の格安賃貸だった。少し手を加えていて、外出先からでもエアコンを起動させたりできる仕様になっていた。

 部屋に入るまでに大絃が操作していたようで、玄関に入った瞬間ひんやりとした空気に出迎えられて感動を覚えた。

 生駒は靴を脱ぎ捨て、リビングに走り込み、出されたままの座椅子に陣取る。

 クッションを抱えて部屋をじっくりと見渡した。

 間取りはロフト付きのワンルーム。玄関を入ってすぐ右手に流し台とIHコンロが並んだキッチンがあり、少し進んで左手に洗面台と洗濯機置き場、ユニットバスがある。まっすぐ進んだ先のドア向こうにリビング、入ってすぐ左手にロフトに続く梯子がかかっていた。

 ロフトは部屋の3分の1程度の広さで屋根の様にせり出していて、見たところそこから天井の高さまで180㎝程度だろうか。思いの外高い。

 ロフトにも窓があり、日の光が入りやすくなっているようで、昼間は電気をつけなくても十分な明かりを確保できそうだ。



「汐はベッド派?」

「実家でも一人暮らしの部屋でもベッドだけど、布団でも眠れると思う」

「実はですね……俺、横着してずっと寝袋で寝ててさ……」

「本気で言ってる?」

「リビングの床カーペット敷きで普通に寝心地悪くないんだよ~。な、明日ベッドか布団、買いに行かない?」

 いい部屋だと褒めようとした矢先の告白で、気持ちの落差に大きくため息を吐く。

「こういう事は家に招く前にいっておこうよ……、まったく。どの辺に置くつもり?」

「ロフトにしようかと。リビングに置くなら、ソファーベッドでもいいかなって」

「ソファーベッドだと、お客さん招いた時に申し訳ない気分になりそうだから、ロフトを寝室にしよう。あがっていい?」

「いいよ」

 許可を得てロフトに上ると、広さに関しても申し分なさそうだ。

 転落防止用の柵はあるものの、諸々鑑みて、マットレスと布団を同時購入して、布団を友人が来た時の為に予備として置いておくといいのではと大絃へ提案した。

 生駒はおもむろに鞄を弄り始めたかと思えば、メジャーが出てきた。



 手際よくスペースの広さを測ってスマホのメモ帳へ数字を入力していく。

「几帳面さが出るね~」

「家具の購入は失敗しやすいから、こういうのはちゃんとしとかないと」

「ありがとう、すごく助かる」

 隣で作業を見守るだけだった大絃が礼を言いながら、生駒の頭を撫でる。

 擽ったそうに微笑み、一度ちらりと目配せした後、そういえばと話し始める。

「明日さ、選ぶ時間はあるけど、運んだり搬入したりする時間ないんだよね……。運んだり、設置してくれるサービスがあるお店、探しといてもらえる? 時間的には14時から16時が空いてるんだけど、大ちゃんはどう?」

「その時間講義あるけど、まあ大丈夫。代返と内容の録音お願いしとく」

「わかった。お店決まったら現地集合にしよっか。明日の午前中には連絡して」



 ある程度の情報を書き込み終わったメモを再確認している生駒だが、大絃は身じろぎせず、じーっとその横顔を眺める。

「そんなまじまじと……何?」

「……なんか、さ。新婚さん気分になってきた」

 帰ってきた言葉に一瞬きょとんとする生駒。何がどうなって「新婚」に繋がったのか想像できず、しばし悩むが答えは出なかった。

「結婚したことないのに?」

 答えを求めるように声を掛けるが、最初に疑問に思った言葉が口をついて出た。

「例えっつーか、理想のって意味。一緒に家具選びに行ったりするのが夢だったんだよ」

 なんとなく納得してふんふんと頷く。ルームシェアを思い浮かべない辺り、ごく最近まで好野との将来として思い描いていたのだろう。

「じゃあ、俺は大ちゃんの旦那?」

「いや、嫁だろう」

「なんでだよ! 即答って」

「明日からこっちに来るの、なんか通い妻っぽくね?」

「通い妻ね~。じゃあ、それで大ちゃんを狙っちゃいますか」

 口元に手をあて少し考えた後、何かピンと来たようで悪戯っぽい笑みを浮かべて、大絃の方を見やる。

「どういうこと?」

「ゲーム開始してからの楽しみってことで」

「まあ、そうだな。今日で仕掛けられたら後々、ネタなくなっちゃうし」

「そうだよ。さてと~、俺はこれで一旦帰るよ。準備しないといけないし」

「そっか」

 大絃本人は気付いていないのだろうが、寂しそうな気持が表情に出ていた。まだ始まっていないというのに、楽しかったお泊り会が終わってしまうような、そんな気分なのだろう。

 もう少し喋っていたい、一緒にいたい。生駒もそんな懐かしい気持ちがよみがえる。

「大ちゃん、この部屋のスペアキーある?」

「あ、すっかり忘れてた。すぐ渡そうと思ってたのに。はい」

 本当にすぐ渡そうと思っていたのだろう。デニムのポケットから昔好きだったスーパー戦隊のキーホルダーが付いた鍵を取り出し、生駒の手に置かれる。

「すげー、懐かしい!」

「引っ越しの時に幼稚園の頃の宝箱見つけてさ。その中に入ってた。でもこのキーホルダー、俺のじゃなくて、汐のだと思って」

 くるくると手の上で回していろんな角度からヒーローブラックを嬉しそうに眺める生駒に、もじもじした様子で大絃は言う。

「多分そう。俺、このブラックに憧れて、いろいろ集めてたんだよ。でも、幼稚園の夕涼み会かなんかん時に失くしたんだよな。家に帰ったら鞄につけてたはずのこいつがいなくて」

「夕涼み会で迷子になって、泣きそうになってる時に、金魚すくいのスペースにこれが落ちてるの見つけてさ。自分が迷子なの忘れて必死に汐探してたんだよ。でもその後、親が見つかったら安心して泣きじゃくって、眠っちゃってさ……。そっからずっと返し忘れてた。ごめんな」

「謝らないでよ、こうやって手元に戻って来たんだし。預かっててくれてありがと」

 生駒の満面の笑みは心からのもので、幼かった頃の彼の姿に重なった。



「明日、午前中に一回来て荷物置いてくから」

「了解。好きに上がってくだせぇ」

「じゃあ、また明日。バイバイ」

 このやりとりさえもとても懐かしい感じがした。

 恋愛ゲームというよりも、子供の頃の楽しかった日をなぞっているようだ。

 大絃は生駒の背中を見送りながら、このゲームの勝利は自分にあると感じていた。
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