チャプター1:何気ない日常
青く澄んだ空を見たのは何年ぶりだろうか。自分の心の中の曇りがスーッと消えた気がした。
熱の篭った鉄の部屋の中で、私は汗を垂れ流しながら外の鮮やかな景色に涙する。
ほんの一瞬の出来事だった。その時から、自分は全くの別人になった気がする。
これは、私が「変身」する物語。
遡ること6時間前、時刻は朝7時。少女は慌てて家を飛び出した。今日は高校の入学式だ。
自転車に乗り、まだよく分かっていない学校への道を走り出す。4月ということもあり、桜がそこら中に咲いているのが目に入るが、そんなのお構いなしでペダルに力を集中させる。
こんな時に限って向かい風が少女を襲う。目から涙がこぼれ、視界がぐちゃぐちゃになる。
それでも遅刻するまいと全速力を出すこと20分、ようやく学校に到着した。
入学式は淡々と終わった。他の新入生と一緒に体育館に集められて、長々と偉い人の話を聞く。そして自分の名前を呼ばれて返事して、たったそれだけの入学式を無気力にやり過ごした。
その後、クラス教室に移動してからが悪夢だった。前に立って自己紹介をするのだが、これが上手くいかない。
まず出だしで噛んだ。少女の名前である「咲坂桃奈(さきさか ももな)」の名前がどもって言えなかった。ささきさかももももな、なんて言い方になった。まるで早口言葉だ。
次にみんなが自己紹介する時に言ったような趣味や特技が言えなかった。何かあったか頭の中で思い出そうとするが瞬時にフリーズしてしまう。そのままその場から逃げ出したい気分だったが、そうもできない。
そうしてようやく発言したのは「趣味は自分の趣味を探すこと」だった。意味不明である。辺りからクスクスと笑いが起きるのを感じて桃奈は顔が真っ赤になった。
桃奈は自己紹介が終わるとすぐさま自分の席へ戻り、腕を組んで顔を埋める。そしてそのままクラスミーティングが終わるまで顔を上げる事はなかった。
何故ここまで物事が上手くいかないのか。簡単な話だ。彼女は自分に自信がないのだ。それ以上に、大したこと、大した経験が全くない。
それどころか趣味も特技も見つけられないまま高校生になったものだから、自分の取り柄のなさに対しては悩み続けているし、それ以上にこれからの人生に希望を持てずにいる。
それが咲坂桃奈という少女の抱える問題だった。
昼の11時。学校という束縛から解放された桃奈は誰とも話すことなく自転車を走らせ、校門を抜ける。
理想的な高校生なら、早速出来た友達と駄弁ったりするものだが、桃奈は自分に自信がないから友達作りなんて諦めていた。
だからこうしてさっさと帰る。家に帰っても何もする事はないけれど、とりあえず外より家のほうが好きだから帰る。
桃奈はあまりのやるせなさにため息をついた。
10分くらい自転車を走らせると、右側に海が見えた。桃奈の住む町は海沿いに位置しており、観光地にもなっている。特に海とそこに隣接する銀色の建物が評判である。
なんでもその建物はARTSとかいうよく分からない防衛組織の基地であり、時折戦艦がやってきては、ミリタリーマニアにその姿を激写されているそうだ。
ただ、このよく分からない防衛組織については桃奈は興味がないため存在くらいしか知らず、何から防衛するための組織なのかはよく知らない。
桃奈は自転車にまたがりながら、何故かぼーっと海を眺めていた。高校のだるさに気疲れしたのか、とにかくその日は海を眺めたい気分になった。
3分くらい眺めていると、桃奈は空に視点を移動させる。変な物体が落ちてくるのが見えたのだ。
流星か隕石か、はたまたUFOか。正体不明のそれは海へと落下した。
ただ落ちただけと分かった桃奈は呆れてさっさと家に帰ろうとした。しかし、次の瞬間強烈な光が桃奈を襲った。
すかさず目を瞑る桃奈。さらき何秒か送れて爆音が聞えた。目を瞑っているので何の音かは耳次第であるが、きっとさっき落下した物体が爆発したのだと推測してみる。
桃奈は驚いて自転車からずっこけた。少し膝を擦って傷ができたので、反射的に傷を押さえる。
桃奈が目を開けると、海に巨大なタコがいた。意味不明である。さっきの爆発から何故タコなのだ。
夢でも見ているんじゃないのか、それも5年に一度見るか見ないかの悪夢を。
桃奈はこの状況から「逃げる」選択肢が一番無難だと判断し、自転車にまたがって全速力でペダルをこいだ。
5分くらい逃げただろうか。体中汗まみれでへとへとだ。
逃げている道中、出会う人が皆スマホを巨大なタコに向けていた。きっと写真を撮るつもりだ。こんな大惨事をSNSにでも上げればすぐさま拡散されてウハウハである。
皆危機感がないのかと桃奈は思った。あれは見せ物でもなんでもない、本物の化け物なのだと桃奈は思っていた。
しかし誰も逃げない。桃奈は呆れてながらも、この状況なら逃げるが勝ちと判断して桃奈は自転車を進めようとした。
それを巨大タコが阻む。奴は自分の触手をフル活用して陸を襲い始めたのだ。
触手で辺りの鉄片やコンクリートを千切っては投げ、千切っては投げ、繰り返す。
これではっきりした。やっぱりあの巨大ダコは見せ物でもなんでもない。危険な存在じゃあないか。
ようやく危機感を感じた人々は狼狽した表情で一目散に逃げ出した。
それに合わせて桃奈も逃げ出した。
熱の篭った鉄の部屋の中で、私は汗を垂れ流しながら外の鮮やかな景色に涙する。
ほんの一瞬の出来事だった。その時から、自分は全くの別人になった気がする。
これは、私が「変身」する物語。
遡ること6時間前、時刻は朝7時。少女は慌てて家を飛び出した。今日は高校の入学式だ。
自転車に乗り、まだよく分かっていない学校への道を走り出す。4月ということもあり、桜がそこら中に咲いているのが目に入るが、そんなのお構いなしでペダルに力を集中させる。
こんな時に限って向かい風が少女を襲う。目から涙がこぼれ、視界がぐちゃぐちゃになる。
それでも遅刻するまいと全速力を出すこと20分、ようやく学校に到着した。
入学式は淡々と終わった。他の新入生と一緒に体育館に集められて、長々と偉い人の話を聞く。そして自分の名前を呼ばれて返事して、たったそれだけの入学式を無気力にやり過ごした。
その後、クラス教室に移動してからが悪夢だった。前に立って自己紹介をするのだが、これが上手くいかない。
まず出だしで噛んだ。少女の名前である「咲坂桃奈(さきさか ももな)」の名前がどもって言えなかった。ささきさかももももな、なんて言い方になった。まるで早口言葉だ。
次にみんなが自己紹介する時に言ったような趣味や特技が言えなかった。何かあったか頭の中で思い出そうとするが瞬時にフリーズしてしまう。そのままその場から逃げ出したい気分だったが、そうもできない。
そうしてようやく発言したのは「趣味は自分の趣味を探すこと」だった。意味不明である。辺りからクスクスと笑いが起きるのを感じて桃奈は顔が真っ赤になった。
桃奈は自己紹介が終わるとすぐさま自分の席へ戻り、腕を組んで顔を埋める。そしてそのままクラスミーティングが終わるまで顔を上げる事はなかった。
何故ここまで物事が上手くいかないのか。簡単な話だ。彼女は自分に自信がないのだ。それ以上に、大したこと、大した経験が全くない。
それどころか趣味も特技も見つけられないまま高校生になったものだから、自分の取り柄のなさに対しては悩み続けているし、それ以上にこれからの人生に希望を持てずにいる。
それが咲坂桃奈という少女の抱える問題だった。
昼の11時。学校という束縛から解放された桃奈は誰とも話すことなく自転車を走らせ、校門を抜ける。
理想的な高校生なら、早速出来た友達と駄弁ったりするものだが、桃奈は自分に自信がないから友達作りなんて諦めていた。
だからこうしてさっさと帰る。家に帰っても何もする事はないけれど、とりあえず外より家のほうが好きだから帰る。
桃奈はあまりのやるせなさにため息をついた。
10分くらい自転車を走らせると、右側に海が見えた。桃奈の住む町は海沿いに位置しており、観光地にもなっている。特に海とそこに隣接する銀色の建物が評判である。
なんでもその建物はARTSとかいうよく分からない防衛組織の基地であり、時折戦艦がやってきては、ミリタリーマニアにその姿を激写されているそうだ。
ただ、このよく分からない防衛組織については桃奈は興味がないため存在くらいしか知らず、何から防衛するための組織なのかはよく知らない。
桃奈は自転車にまたがりながら、何故かぼーっと海を眺めていた。高校のだるさに気疲れしたのか、とにかくその日は海を眺めたい気分になった。
3分くらい眺めていると、桃奈は空に視点を移動させる。変な物体が落ちてくるのが見えたのだ。
流星か隕石か、はたまたUFOか。正体不明のそれは海へと落下した。
ただ落ちただけと分かった桃奈は呆れてさっさと家に帰ろうとした。しかし、次の瞬間強烈な光が桃奈を襲った。
すかさず目を瞑る桃奈。さらき何秒か送れて爆音が聞えた。目を瞑っているので何の音かは耳次第であるが、きっとさっき落下した物体が爆発したのだと推測してみる。
桃奈は驚いて自転車からずっこけた。少し膝を擦って傷ができたので、反射的に傷を押さえる。
桃奈が目を開けると、海に巨大なタコがいた。意味不明である。さっきの爆発から何故タコなのだ。
夢でも見ているんじゃないのか、それも5年に一度見るか見ないかの悪夢を。
桃奈はこの状況から「逃げる」選択肢が一番無難だと判断し、自転車にまたがって全速力でペダルをこいだ。
5分くらい逃げただろうか。体中汗まみれでへとへとだ。
逃げている道中、出会う人が皆スマホを巨大なタコに向けていた。きっと写真を撮るつもりだ。こんな大惨事をSNSにでも上げればすぐさま拡散されてウハウハである。
皆危機感がないのかと桃奈は思った。あれは見せ物でもなんでもない、本物の化け物なのだと桃奈は思っていた。
しかし誰も逃げない。桃奈は呆れてながらも、この状況なら逃げるが勝ちと判断して桃奈は自転車を進めようとした。
それを巨大タコが阻む。奴は自分の触手をフル活用して陸を襲い始めたのだ。
触手で辺りの鉄片やコンクリートを千切っては投げ、千切っては投げ、繰り返す。
これではっきりした。やっぱりあの巨大ダコは見せ物でもなんでもない。危険な存在じゃあないか。
ようやく危機感を感じた人々は狼狽した表情で一目散に逃げ出した。
それに合わせて桃奈も逃げ出した。
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